ふーだお通信

2010年までは中国での生活日記。2010年以降は福島(中国語でfudaoと発音)での事。

補習校 作文の宿題

2006-11-28 11:43:16 | こども関係(~2010年3月)
11月初めの補習校、作文の宿題が出た。
400字以内でテーマは自由。上手に出来た人の作文は、12月にNHKラジオ「地球ラジオ」の中で発表されるそうだ。

息子は、未だかつて400字もの長さの作文を書いたことがない。
夏、日本の学校に体験入学した時、絵日記を書いたりしたが、日本の小学1年生はすでに経験しているだろう読書感想文などは書かずじまい。
文章を書かせようと思って、「日本のおばあちゃんにお手紙書いたら?」など、機会がある毎に話してはいるが、「めんどくさいよ~。」と言って書きたがらない。

そんな中、補習校の授業で作文の指導が始まり、そして今回の作文。
宿題ともなると、嫌々ながらも書く気になった息子に、

私「何について書こうか?中国の事とか、学校の事とかいいんじゃない?」

息子「うーん、めんどくさいなあ・・・。ぼくの一日にしようかなあ?」

私「えーっ、なんか日記みたいじゃない?作文って、ぼくはどう思いました、とか書くんだよ。」

息子「(怒りはじめる様子)いいのっ!ぼくの一日でっ!!」

・・・怒って書かなくなったら困るので、息子が主張する’ぼくの一日’に題名が決定。

息子「えーっと、ぼくはあさの六じはんにおきます・・・。」

そうそう、習った漢字を使って書いてね。

息子「そのあとは、六じ四十五ふんにあさごはんをたべます。こんどは七じ十五ふんにいえをでて、七じ二十五ふんにバスにのります・・・。」

なんか、やけに細かい・・・。ここまでで改行など入れ約100字。これでぼくの一日が400字にまとまるのか不安・・・。

その後、学校で昼ごはんを食べて掃除してバスに乗って帰ると続く。

私「学校の勉強の事とか書いたら?」

息子「学校は勉強するの当たり前なんだから書かない。」

そうなんだ・・・。

息子「うちにかえったら、まずちょっときゅうけいして、それからテレビをみて、そしてばんごはんをたべて、それからしゅくだいをして、それからおふろにはいって、こんどは九じにねます。ぼくの一日でした。」

ここで約400字。これで終わってしまったか・・・。
なにか、ぼくの気持ちとか入れてもらいたかったけど、仕方あるまい。

接続詞の使い方とか、いろいろ言いたい事はあるけれど、ここで言ったらまた怒るので、あえて何も言わず。書く事に意義があるのだろう。

次の土曜日の補習校に、作文を持って行った息子。1時間目に各自書いてきたものを自分で読んで発表したらしい。

帰ってきてから、
「おかあさん、ぼくの作文がラジオで読まれるかなあ?」
と言う。
内心、ぼくの一日じゃあちょっとねえ、と思いながらも「そうだねえ。」と返事する。

後日、出品する作品は、小学2年生の女の子と4年生の男の子と決定したと連絡があった。
息子はちょっとがっかりしたようだ。
私は、こういう事があると子ども達にとっても励みになるし、良い機会を与えてもらったなあ、と嬉しく思う。

選ばれた無錫の補習校の作文は、12月16日(土)日本時間18時20分過ぎのNHKラジオ第一放送「地球ラジオ:ぼくたちわたしたち元気だよ」で放送されるそうだ。海外でも周波数9750で聞けるらしい。

そして、放送翌日から1週間だけ、番組HPでも聞くことができるという。

地球ラジオHP
http://www.nhk.or.jp/gr/


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

無錫でインフルエンザ予防接種

2006-11-22 15:32:28 | 生活(~2010年3月)
10月も後半になると、そろそろインフルエンザの予防接種受けなくちゃ、と思うのだが、今年は10月末に娘が幼稚園で、11月なかばに息子が小学校で接種してきた。

我が家は去年までわざわざ上海や蘇州まで出向いて打っていたのだが(なぜわざわざ遠くまで行ったのかというと、どこで注射できるのかわからなかった事と、ワクチンが上海あたりの日系病院だと外国製だと聞いたから。実際中国産のインフルエンザワクチンの中で2年程前だったか問題があるものがあったようだ。)、去年、無錫の疾病予防控制中心という場所で打てるという事がやっとわかって、よし、来年は無錫で打つぞ!と思っていた。
そして子ども達は早々に済ませてくれたので、私一人、疾病予防控制中心新区分室に行き、チャレンジしてきた。

新区管理委員会のバス停近く、ちょっと奥まった場所にあるこのセンター。受付で「我要打予防感流」というと、すぐにワクチンを片隅の冷蔵庫から取り出してきてくれた。
ワクチンは中国製か外国製か?と聞くと、「上海製」という。
なんだなんだ、上海製は中国製と違うのか??
ワクチンの箱を見せてもらうと、ドイツの製薬会社が上海で作ったものらしい。中国製でも、外資が作ったのならまあいいだろう。
お値段85元。子ども達はちょっと安くて80元。学校で打ったものと同じワクチン?と聞くと、ワクチンは同じで、学割らしい。

うちのアイさんなどは、「流感(インフルエンザ)は、予防注射を打っていてもかかるというじゃないか。それならやってもやらなくても同じだから私はやらない。」と話している。中国の人はそんな風に考えるだろうなあ、と私も思っていたのだが、2003年のSARS、その後の鳥インフルエンザの発生で、「予防注射打ったほうがいいよ~。」という考えを持つ人が増えてきたよう。疾病予防控制中心の人は、「私たちは全員打った」と言っていた。(それは病院関係者だからか?)

あっという間に打たれて、おしまい。
ちなみに、3歳以上の子どもは大人と同じ扱いで、同じ量のワクチンを1回打てばそれでいいんだそうだ。(2歳以下は子どもワクチンで2回に分けるそう)
ほんとに子どもにそんなんでいいのか?日本は小学生でも2回に分けて打っていなかったか??とはいえ、ここではそれでいいと言われているので、それに従う他なし。

無錫で予防注射が打てる場所。市中心地ヤオハン近くに疾病予防控制中心あり、新区旺庄路に分室、それに新区では太湖花園2期でも打てるよう。もしかして各地区に分室があるのかもしれない。
日本と違って、普通の病院では出来ないみたいで、それがよくわからない・・・。
でも虹橋病院ではやってるようだ。ワクチンは無錫ではみんな同じらしい。



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

無錫旅情20周年イベント出演報告

2006-11-19 20:57:08 | こども関係(~2010年3月)
18日の土曜日、いよいよ「無錫旅情20年 中日友好歌会」が開催された。

この日、午前中は補習校の平常授業。授業が終わる12:30に補習校のバスで子ども達と先生は会場の人民大会堂へ直接行き、親達は人民大会堂に午後1時に集合、子ども達に昼食を食べさせ、13:30からのリハーサルに参加、17:00に主催者側の用意した夕食を食べ、20:00からの本番に備える、といったスケジュール。
子ども達は大忙しだ。

私も集合時間の午後1時前、昼食と息子のステージ衣装(チノパンに街で見つけたネクタイ付き綿シャツ)と、自分のワンピースを持って向かう。
人民大会堂に着くと、中国と日本の国旗がたくさん飾られ、友好ムードいっぱい。

このイベント、無錫市政府主催なのだが、知ってる人は知っているけど、私の周りでは「そんなのあるんだ~。」といった反応が多く、どの程度の規模のイベントなんだろう?と思っていたが、たなびく国旗を見ていると、おおっ、本当にイベントがあるんだなあ、とちょっと緊張。

親達も集まり、子ども達と先生も到着。昼食を食べ終えた頃、舞台に上がって練習。
会場は1F・2F席のなかなか立派なホール。ライトが照って暑い。広いので声が響かないように思う。立ち居地など直されて、とりあえず練習終了。この時点で2時半頃。
それからは、他の出し物のリハーサル風景を見たりして、結構自由に過ごす。

プログラムを見ると、日本人による演目は私たち補習校の「世界にひとつだけの花」合唱以外に、演歌2、歌1、舞台劇1、ロック1と書いてある。中国方の演目は、歌舞2、舞踊3、歌2、カンフー1、それに結びで無錫旅情のみんなでの合唱だそうだ。

プログラムを見て、「やっぱり森○良○とは書いてないね。」と一同ガッカリ・・・。どこからでたのか、この有名日本人歌手の名前。彼女は明日取手でコンサートだそうだ。来る訳ないと思いながら、もしやと思っていたけれど、やっぱりだった。
実際の日本人出演者の方々は、申し訳ないけど「どなたでしょう?」といった名前。
そしてどうしてオリジナルを歌ったあの方の名前がないのか?

その中で、’舞台劇:熱烈な恋’という演目の’FICE’という方。
話題の「アキバ系」というのだろうか、メイドのコスチュームで、うしろにファンとおぼしき4人の男性を従え、さらに客席にも2人の男性ファンがペンライトを振り回し踊り狂うとという、今日の演目の中で一際目を引くものがあり。
リハーサルを客席で見ていた私たちも子どももビックリ。まさか無錫でこんなものを見ることができるとは・・・。
’舞台劇’とプログラムでは唯一分類されていたが、これは歌なのに、中国方には理解されなかったのかなあ、と思う。

思ったよりも早く時間は過ぎ、午後8時の本番を間近に控え、子ども達も男の子はシャツにネクタイなど、女の子は着物やドレスに着替え、親達も着替える人は着替える。この時着付けができるお母さんが大活躍。それにお化粧上手、髪の毛セット上手なお母さんなどがそれぞれ助け合いながらワイワイガヤガヤ。だんだん準備が整ってきた。

そしてプログラム10番の私たちは、7番の演目が終わったら準備、ということで会場の席に座っていると、着物を着た補習校の女の子達が大人気!テレビ局のインタビューを受けたり、記念撮影にひっぱりだこで、海外での着物パワーを実感。

そしていよいよ本番スタート。最初に無錫市副市長の挨拶、それに中日友好協会の方や経済交流会の方などの挨拶。どなたも中日友好、とおっしゃる。そうそう、仲良くやっていきましょうよ、と心の中で思う。

そして演目開始。
リハーサルを見ていた子ども達も、本番のきらびやかな衣装や照明に飽きずにそれぞれの演目を楽しそうに見る。
気になるアキバのメイドさんは、中国人もビックリといった雰囲気。
コスプレ、これも日本の立派な文化なのか。
後ろのダンサー4人組は、本番でもジーンズにエプロンだった。それを見ていて、私たちが衣装に散々気を使ったのがなんだかバカバカしく思えた。

そしていよいよ出番。
子ども達と「緊張する~!」と言いながら、舞台に上がると、客席の真ん中に、日曜ごとの練習に一緒に出てきて前で指揮をとってくれた、学生時代グリークラブだったというTくんのお父さんが立っていて、やっぱり手を振り上げて指揮してくれた。あれでみんなかなり緊張がほぐれたと思う。練習より大きな声で唄いきることができ、大きな拍手を頂いた。

終了後、みんなで記念写真を撮り、解散。
無事唄えて本当によかった。
この歌会も、子ども達にとって、本物の舞台に自分が立ったり、直に歌劇のステージを見たりなど、普段とは違った経験ができて、良かったと思う。

それから、着飾った我が子を嬉しそうに写真におさめるお父さん達の姿が印象に残った。
家族が離れて暮らしていたら、運動会や学芸会など、我が子の晴れ姿を目にする機会が少ないだろうお父さん達。
この歌会は、家族のアルバムに、貴重な1ページを残してくれた。




コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

無錫旅情20周年記念イベント

2006-11-13 14:32:42 | こども関係(~2010年3月)
11月18日の土曜日、無錫市政府主催で、無錫旅情の歌ができて20年を記念するという、日中友好イベントが開催されるそう。

補習校に、そのイベント内で行われる日中歌合戦への出演依頼がやってきた。

ホントかどうかわからないが、某有名日本人歌手が出演予定、とか、日本のテレビでも放送される、とか。
それで、私たち保護者は「いい記念だよね。」などといいながら、曲目や練習予定などを決め、日曜日に子ども達も親も先生も集合し、一生懸命練習を続けている。

昨日の日曜、無錫のテレビ局の人が練習を見に来て、曲はどんな風に最後に切るか、とか、何人くらい舞台に上がるのか、とか話をしたのだが、当日の衣装について、私たちの考えとかなりの隔たりがある事が判明。

テレビ局の人は、舞台栄えするように、すごーく派手にしてくれ、という。中国方の出演者は、お化粧バッチリ、キラキラギラギラの衣装だそう。
かたや私たちは、どうせ子どもなんだし、と、ちょっとは小綺麗な格好にはするけど、そんなお化粧なんて全く考えてもいなかった。
女の子はまだしも、特に男の子の場合なんて、我が家も含めてジーンズにTシャツがちょっといつもよりキレイかな、程度の服しか考えていなかったので、本番1週間前にして途方にくれている。
しかも人数が少ないので親も一緒に舞台へ上がろうと言っているので、親も何を着ていいのかわからない。

しかし中国式で考えると、正式な場所なんだから、キチンとした格好じゃないとすごく失礼なのだそう。ジーンズなんかで出ていったら「中国をバカにしている!」と誤解されてしまうのだろうか。それはまずい。

当日の土曜日は、夜の8時から開幕するそうだが、午後1時半からリハーサルで、そこからずっと会場から出られない、なども判明。
最初に考えていたより、なんだかすごーく大変な事になりそうだ。

本当に某有名日本人歌手はやってくるのか?無事に歌い終えることができるのか??衣装がみすぼらしいとか言われて出演部分カット、なんて事にならないか???

子ども達は本当に一生懸命歌の練習をしている。貴重な良い体験となってほしい。

本当に、どうなることやら!?
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

こちらもよろしく・・・

2006-11-08 12:26:34 | 本の活動(~2010年3月)
このブログを読んでいただいている皆さまの中では、すでにお気づきの方もいらっしゃるかもしれないが、このブログのカテゴリー<本の活動>の記事を転載、その他もろもろを付け足して、『無錫さくらんぼ文庫ブログ』という新しいブログを開設した。

今後、本の活動関係は、さくらんぼブログへ書いていくので、興味のある方はそちらの方もたまにのぞいてみて下さい。

とはいえ、本の数もまだ全然少なくて、児童文庫と名を語るのも恥ずかしい状態なのだが、ここまでの経過も文章で残っているし、悪い事をしている訳ではないので、恥ずかしいけど、厚かましくPRしていこうと思っている。知名度を上げないと、活動自体活発にはならないので・・・。

『無錫さくらんぼ文庫ブログ』
http://blog.goo.ne.jp/wuxisakuranbo/


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ものさし

2006-11-05 15:33:43 | こども関係(~2010年3月)
先日の補習校、蘇州日本人学校から先生方がいらした。
授業の合間の1時間程、私たち保護者との懇談会でいろいろお話を伺い、考えさせられた。

私たち親は、日本に帰った時に困らない学力を、と求めがち。しかし日本人学校でもなかなか難しいのに、現地校やインター校に通っている場合はまず無理な話だという。
では、日本に帰った時に困らない学力、というのは何か?それを計る物差しとして、基準がいろいろある訳で、その一つが例えばテストで何点とれるか、という事になる。

しかし、それはある方面である基準まで達しているのかを調べるだけの物差しであって、テストで何点とれるかが目的なのではないという。

では目的は何か?というと、いったい何だろう??

良い成績を納めなければ、受験がうまくいかない。良い成績でなければよい高校・大学にはいけない。
しかし、日本のレベルの高い大学に入るのが目的なのか?そこから先は?

今の社会、大学に行って大きな会社に入ったからといってそこで一生安泰という訳ではもちろんないのだが、大学に入った方が職業の選択も幅が広がるし、専門的な分野の勉強ができたりするので、大学に行くというのは一つの目的ではあるのかもしれない。でも、それは日本以外でも可能。

でも、日本人である限りはどこかで学校の評価、日本の社会の中の評価、会社の評価などを受ける機会はある訳で、評価をするには物差しがあって、それは日本の観念の中でだいたい決まっていて、それでいったら海外で日本の教育を受けていない子ども達はすでにそこからはずれているらしい。

しかし、物差しにどうしても合わせなくてはいけないのだろうか?
結果として、子ども達が大人になった時に社会に役に立つ人間になり、幸せだと感じる人生を送れればそれでいいのだから、途中の段階の物差しにそんなに左右される必要はないのではないか。

物差しがテストの結果や、途中で入る学校での評価なのだとしたら、それで自分はダメなんだと思う子どもではなく、自分は自分だと、少数派の自己を肯定できる強い心を持ってほしい。

そうなのだ。我が家はすでに日本の物差しでは測れないのだから、日本のレベルをあまり気にしていても仕方ない。

それから母国語は何か?という話で、バイリンガルを目指しても、セミリンガルで終わってしまう中途半端な子どもは、物事を深く考える事や分析する事が苦手、という。
家庭の中で、子どもの教育方針をどうするのかという事をしっかりしていかないと、すべてが中途半端なまま。
それから、親の思惑とは別に、子どもがそれを受け入れなかったら言葉は身につかないという。

幼稚園から現地校やインターに通わせている保護者の中で、話を聞いた後、日本の子と同レベルの日本語を期待するなと言われて、もううちはここにいる間は日本語は話せればいいかと思った、という人もあり。
私自身も、甘かったか、と思い知らされる。1年生の今はまだいいが、これから2年、3年と学年が上がっていくにつれ、子ども達に日本語で考えるより中国語で考える方が楽だと言われてしまうのだろうか。

そりゃ、日本の子と同レベルの日本語力は絶対無理だと思うけど、私が子ども達に望むのは、日本語にしても中国語にしても、本を読んで自分で調べたり考えたりする力をつけてほしいという事かな、と思う。
学生のうちだけが勉強ではないのだから。日本語力がその学年相当ではなくても、いつでも勉強したり調べたりする姿勢を持ち続けていてくれれば、きっと道は開けてくるのではないかなあ。

と、今は思うのだが、数年後の私はどう思っているのだろうか?


コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

小籠包

2006-11-03 12:35:00 | 生活(~2010年3月)
最近の無錫、最高気温は23度前後で日中はまだまだ暖かい(暑い?)が、最低気温は15度前後になり、朝晩は結構寒くなってきた。

中華料理は元々温かいものが多いのだが、寒くなってくると、包子やワンタン、焼餅など、安くて手軽に食べられるB級中華が食べたくなる。

私はそんなB級中華の中では小籠包がいちばん好きだ。

ワンタンや包子は日本でも、多少日本式にアレンジされているがメジャーな食べ物だ。しかし小籠包は私は中国に来て初めて食べた。そして一番よく食べたのが、大学の学生食堂の小籠包。

2002年の2月から6月まで、上海師範大学で中国語を勉強するクラスに通った。
ほとんど20代のクラスメートに混じって、その当時2歳だった息子を自転車で幼稚園へ送り迎えしながら、毎日午前中は授業、午後息子を迎えに行く3時半まで予習復習をするという毎日は、本当に忙しかったが、今思えばとても充実した楽しい毎日だったと思う。

お昼はいつも大学の学生食堂だったが、食堂が構内に5箇所くらいあり、中にはイスラム教徒の為の豚肉抜きの食堂なんかもあって、毎日食堂の場所を変えたりしながらいろいろ試したが、その中で、生まれて初めて食べた小籠包がとっても気に入り、週に1度は食べていたような気がする。
1つのセイロに確か8個か10個あって、5元もしなかったような・・・。
街のちょっときれいな中華料理店では15元とか20元とかしていたのに、安くておいしくて、息子も連れて学食に食べに行った事も何度か。

その後、上海を離れる事になり、今はここ無錫に住んでいるのだが、無錫の小籠包は上海より甘くて、上海にたまに行った時に小籠包を食べては当時の事を思い出しているのだが、先日無錫の『王興記』で小籠包を食べた時、それほど甘くなくて、なんだかとても嬉しかった。
しかしこちらは4個で10元。やっぱり学食には敵わない。



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

無錫さくらんぼ文庫開設!

2006-11-01 16:03:19 | 本の活動(~2010年3月)
過去2回開催した古本市の収益金で購入した児童書と、御好意で寄付頂いた本、それに我が家のもうあまり読まなくなった本などを集めて、無錫図書館4F友好文庫内の一画に置き、『無錫さくらんぼ文庫(無錫櫻桃文庫)』と名付けて児童文庫を開設する事になった。

無錫図書館の友好文庫内には、以前にもブログに書いたが(1/9,2/27,5/10ブログ参照)、日本の本がたくさんある。
これらの本と、古本市の収益金で買い集めた本、それに、もしも無錫にお住まいの方で、家にあるいらない絵本などを寄付してもいいと言ってくださる方が今後いらしたら、そういう本を一つの場所にまとめて設置した方が良いなあ、と思っていた。

無錫図書館側の快諾で、それがなんとか実現。
友好文庫の本は館外持ち出しはできないが、さくらんぼ文庫の本は、毎月第2火曜13:00~14:00,第4日曜16:00~17:00に貸出時間を設け、1ヶ月間家に持ち帰って読む事ができる。

現在さくらんぼ文庫の本は全部で68冊。
68冊の本は、まだまだ本棚の半分しか占領せず、やっぱりまだまだ少ないなあ、と思う。
でも、その中でもとっても良い本もあるし、これから少しずつ、少しずつ増やしていこうとも思う。

第1回目の貸出日は、10月22日(日)に行われた。
私は娘を連れて行き(この時は熱もなく元気だった)、友好文庫の中の絵本を4冊ほど読んであげた。
改めて友好文庫の本を見ると、ほこりをかぶっているものの、絵本や日本の名作・世界の名作、図鑑などたくさんあって、もっと活用すべきだと思う。
娘が自分で選んだ本は、五味太郎さんの『みんなうんち』など、よく知られている絵本。ずっと読みつがれている本が多く、娘も楽しそう。

この日はお子さんは連れてこなかったというママ友が来てくれたが、今度は子どもと一緒に来て、ここで読んできかせたい、と言っていた。
私も自分の子ども達と一緒に来た時は、読み聞かせするので、その時来てくれた子ども達も一緒に聞いてくれれば、また楽しいと思う。

次回は11月14日(火)13:00~14:00。

火曜日はわたしの子ども達は学校へ行っているのでいないが、こどもの代わりにササッと借りたいというおかあさん、是非こちらへどうぞ。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする