みかんの部屋

自分の趣味(映画・漫画など)に関しての雑記ブログです。

『清州会議』観ました。

2018-01-13 16:00:00 | 邦画
2003年:フジテレビ+東宝。 監督:三谷幸喜。 WOWOWからの録画。
今年のお正月に横山光輝氏の『豊臣秀吉』(全7巻、歴史漫画)を読み、
この映画を録画したままになっていたのを思い出して、それじゃあ観てみようか、となりました。
公開当時、けっこう話題になった映画でした。
まず最初に、登場人物が多すぎて混乱してしまいました(^^;
戦国歴史に詳しい人にとっては、織田信長に対する明智光秀の裏切りの話など
常識中の常識で、いちいち説明など加えては映画の流れが停滞する、
ということなのでしょうか。
けれど自分のような歴史音痴だと、せめて主要人物の名前表示(字幕)くらいは
欲しかったです。

 
光秀は本能寺の信長を襲う。            信雄を総大将に据え、光秀をあっけなく片付ける。

信長の命により中国・毛利氏を鎮定しようと秀吉はじめ多くの武将たちが国を留守して
いる間に「敵は本能寺にあり」とばかりに、光秀は信長を襲撃、亡きものとする。
戦地で悲報を受けた秀吉は直ちに敵側と和睦。電光石火の素早さで都に駈け戻り、
逆賊・明智光秀をあっさり征伐。

 
招集状を一読、秀吉は官兵衛(参謀)と密議。    清州城での評定がはじまる。

今後の織田家の行く末を決定するべく、重臣・柴田勝家の肝いりで清州城で評定(会議)
が開催されることになり、主だった実力者・関係者に招集状がかかる。
一番の議題は信長の後継者を誰にするか。当然ながらそれぞれが自分に得になる
意見を述べるのみで、会議は膠着。
場外戦というか、色々なメリットを約束して自分の意見に同調させようと各陣営は
水面下で苦心する。
後継者候補としては、小心者の信雄(のぶかつ)。そして呑気な性格の信包(のぶかね)。

 
評定の間の息抜きに旗取り合戦を開催。       秀吉は信長直系の幼子・三法師に出会う。

しかし秀吉の本音を言えば、どちらも信長の後継者の器ではない。
どうしたものかと悩んでいると、ある時、自ずと正解が転がり込んでくる。
信長と命運をともにした嫡男・信忠の遺児=三法師の存在だ。
信長直系の孫であり性格も利発で聡明。これ以上の適任者はいないだろう。
そこに気づいて以降、秀吉は三法師の推挙に全力をつくすが。

 
お市の方と勝家。                 秀吉と寧々。思いは同じではない。

お市の方には秀吉のすることは何もかもが気に入らない。
彼女には父(織田信秀)と夫(浅井長政)を秀吉に殺されたという思いがある。
戦国の習いとして、殺し殺されは日常茶飯事。
おたがい納得づくの戦争の結果であり、いちいちそれを恨んでも仕方がないのだが、
人間の感情は単純に割り切れるものではない。勝家と結んで、秀吉を陥れようとする。

秀吉の妻・寧々は「いまのままで十分幸せ」というが、
彼の本心では織田体制の長期的持続など考えてはいない。
本音はいつか自らが天下人として世に号令をかけたい。

それにしても、役者さんの顔ぶれは豪華です。ともかく大勢の有名な俳優さんが
画面狭しと続々登場。それにしてもいわゆる戦国劇らしくない。
どうしてなのかと訝っていたが、しばらくして理由に気がついた。
登場する役者さんの顔つきの多くが現代(いま)っぽいのだ。
そもそも三谷監督の狙うところも重厚な時代劇などではないようですし。
まあこういう作りの時代劇も否定はしないけど、
古い自分などは「なんか違う」と思ってしまいました。
浅野忠臣、役所広司あたりだと、流石にハズすことはなかった感じでしたが。

『山本耳かき店』読みました。

2018-01-10 16:00:00 | 漫画
2010年:小学館刊。 著者:安倍夜郎。 アマゾンで中古をポチリ。
漫画ファンにとって、安倍夜郎氏といえば何といってもあの『深夜食堂』が
一番にあげられれるでしょう。
テレビドラマや映画化もされているので、特別に漫画ファンではない人でも
知っている作品かもしれません。
自分の場合も安倍夜郎氏の代表作といえば、やはりこの『深夜食堂』ですね。


久々に『山本耳かき店』を読みました。

ただ彼のデビュー作品となると、この『山本耳かき店』ということになります。
もうずいぶん以前の話になりますが、ビッグコミックO誌で初めて本作を目にした時は
独特の個性、その鮮烈さに接して、軽いショックさえ受けたのを憶えています。
ただ自分はその頃から漫画週刊誌を定期的に購読するようなことはなくなっていきました。
なので第一作以降どうなっているのかは全く知らないままで時間が推移していました。
あれからも作品はポツリポツリとながら描き続けられていたこと、
一冊の単行本として出されていたことなど今回初めて知りました。

それで久しぶりに読んでみました。第一作は、いま読んでも可なり高水準な作品と思いました。
しかし話数を重ねるにつれ、徐々に<普通の漫画>水準にパワーダウンしていると感じます。
言ってみればあの『深夜食堂』の水準なんですね。もちろん『深夜食堂』は大好きだし
(単行本を全巻もっているくらいです)否定的な意味でもないんですけど、
第一作のような”独特に不思議な世界”をみせてくれた高いレベルには届かず、
言わばありふれた世間話レベルだなと感じてしまいました。
ちょっとした良い話、ストーリーというか。
特別な傑作をパワーダウンせずに出し続けることを期待されても、そうそう出来ることでもない
でしょうから、ある意味仕方ないんですが、やはりちょっぴり残念でしたね。
『山本耳かき店』=2004年~2010年、ビッグコミックオリジナル誌に掲載。

『ペルセポリス』観ました。

2018-01-07 16:00:00 | 劇場用アニメ
2007年:フランス。 監督:マルジャン・サトラピ、ジャン・パルノー(共同)。 
WOWOWからの録画。

これは観る者に、非常に訴えかけてくるものがある傑作アニメと感じます。
パーレビ王政を打倒したのちに、イラクとの戦争をくぐり抜けてきたイランの
苦難の時期。これはマルジ(愛称)という一人の女性の半生記でもあります。

 
パリの空港待合で。 ふと少女時代を回想。     ブルース・リーに熱中していた幸せな子ども時代。

いまはフランスに住み、アニメ作家として生きているマルジャン。
彼女が子どもだった頃、故国イランは未だ王政をとっていた。
王パーレビは米国を後ろ盾にして、民衆を力で押さえつける。
国民の不満が頂点に達したとき、王政打破のうねりがイラン全土で起こった。
王は国外へ逃げ、革命は成就したが。

 
王政打破を訴える民衆デモ。           パーレビ王は国外へ逃亡したが、現実は....。

新政府はかつての旧勢力を一掃するべく、かつての有力者をことごとく銃殺。
あるいは密告を推奨して大量の逮捕者をだし、不安と恐怖に満ちた世情となる。
結果としてイランの国力は大きく衰退。
その様子を耽々と注視していた隣国イラクが(当時フセイン大統領)攻撃してくる。

 
隣国イラクからの攻撃を受ける。          ひたすら防空壕で爆撃に耐える民衆。

クウェート侵攻に端を発したイラク軍の勢力は大きく、イラン側は防戦一方に傾きがち。
国民は連日の空爆に耐える。だが義勇軍が多く組織され、イラン側の戦意は高い。
やがて膠着状態となるがイスラエルやシリアなどの助力を得て、戦況は好転。

 
叔父は共産主義者ゆえに投獄され銃殺に。      両親は娘を心配してウィーンへ留学させる。

マルジをたいへん可愛がってくれたアヌーシュおじさん。
彼は筋金入りの共産主義者だったため、王政の時も新政府の時も投獄されて
結局は銃殺の憂き目にあう。
しかし世の中で何が正しいか、何を信じるべきかをおじさんは繰り返し話してくれた。
おじさん同様に曲がったことが大嫌いなマルジ。
学校内でも教師たちの保身と偽善を容赦しない。
これはとても危険なことだ。アヌーシュおじさん同様、いつ警察に逮捕されても
おかしくない行為なのだ。
両親はそんなマルジの身を案じて、急いで彼女を欧州に留学させることにする。

ここまでがマルジの少女時代。ウィーン留学以降は、さまざまな体験を積んで
傷つきながらも一人の女性として成長していく様子が描かれます。
ただ戒律の厳しいイスラム系の国家で一般庶民の娘が外国への留学するなどは、
経済的な意味からも、やはり簡単にできることではないでしょう。
マルジが王族に連なる家庭の子女だからこそ可能だったともいえます。
(パーレビ王族とは異なる、別系統の王族の一員)
ディズニーやドリームワークスなどの米アニメとは全く異なる肌あいの作風は、
アニメ愛好家として、やはり一見に値すると言えます。

『ぼくのおじさん』観ました。

2018-01-04 16:00:00 | 邦画
2016年:東映。 監督:山下敦弘。 WOWOWからの録画。
原作は故・北杜夫氏による同名小説。かつて”ドクトルまんぼう”シリーズ(軽いユーモア小説)で
かなり有名だった人ですが、自分の場合『楡家の人々』の分厚い小説が記憶に残っています(^^;
故人となってもう数年以上が経過しています。月日の経つのは早いです。

 
そうだ、おじさんのことを作文に書こう。      左から おじさん、妹、智子おばさん、僕。

主人公はぼくこと雪男(ゆきお)。小学生です。
ぼくのおじさんは大学で哲学を教えています。でもその私生活はぐうたらそのもの。
ぼくの家に居候を決め込んで毎日の大半をぶらぶらと無為に過ごしている。
ある日、学校から作文の課題が出る。周りにいる人間を題材にして書くようにとのこと。
ぼくはお父さんお母さん、あるいは妹を題材にすることも考えたが、結局おじさんを選択。
「大変面白く書けています」こう先生から励まされ、僕はさらに作文を書きつぐことにする。
ところでおじさんがただ一人苦手にしているのが気の強い智子おばさんだ。
その智子おばさんが、おじさんに縁談を持ってきた。

 
おじさんはエリーさん(中央)に瞬恋。      「ハワイにぜひ遊びに来て」とエリーに言われ一大決心。

なんとかお見合いを断ろうとするが、結局は押し切られてしまうおじさん。
しかし実際に会ってみると、意外にも相手のエリーさんは大変な美人で即気に入ってしまう。
エリーさんは亡き祖母が始めたコーヒー農園を継ぐために、近々ハワイに移住するようだ。

 
有り金はたいて三つ星コーラ、ビールを購入。   「なぜだ」 ハワイ旅行は夢と消える。

おじさんには、ハワイにいくお金なんてこれぽっちも無い。
それならばアルバイトでもしてお金を稼げばいいと思うのだが、そんな努力はしたくない。
思いついた方法は、なけなしの財布をはたいて三つ星社のコーラやビールを買い、シールを集め
ハワイ旅行プレゼントに応募すること。
しかし余程の強運の持主でもなければ、そう簡単にハワイ旅行など当たる筈がない。
当然ながら抽選にはずれてしまい、失望のあまり寝込むおじさん。

 
ついに憧れのハワイビーチに。           真珠湾を一望。 僕、エリーさん、おじさん。

しかし神さまはおじさんを見捨てなかった。僕の作文がコンクールで特賞をとったのだ。
その副賞としてハワイ旅行(ただし大人1名の付添が必須)がついてきたワケ。
おじさんはハワイに来てからも相変わらずスチャラカな行動で周囲に迷惑をかけつづける。
あろうことか、日本から”エリーさんの婚約者”と名乗る男が現れた。
エリーさんを懸けて、婚約者とおじさんは血闘をすることになるのだが。

ダメな、どうしようもない人物を中心にストーリーが展開する....
何となくこんな映画って他に観たかな?と思ってたら、
これは寅さん映画によく似てると気がつきました。
日本の”ユーモア映画”にありがちな、ヌルイ、ベタな展開。
そういう意味で自分は寅さんシリーズが好きになれないのですが、
この映画もヌルイ、ベタな点をキッチリ踏襲しているなと感じました。
もっともそんなことばかり考えているとこの映画を楽しめないので、
あまり気にしないで観るようにはしましたが。
ユーモア映画というならば、個人的にはもっと乾いたユーモアの方が好みです。

おじさん役は松田龍平。役柄が役柄なんで、悪くはないがこれ以上どうともできない感じ。
ぼく役の大西利空は対照的にしっかり者のキャラが与えられていますが、時折りみせる
素直な子どもらしさは好感を持ちました。

『麦秋』 観ました。

2018-01-01 16:00:00 | 邦画
1951年:松竹。 監督:小津安二郎。 NHK-BS103からの録画。
66年も前に公開された邦画です。モノクロの画面にスタンダードサイズ。
それだけでも今どきの映画とは全く違う雰囲気ですね。
ストーリーの流れ方にもいかにもな昔あった「静謐さ」が感じられます。
自分の小さいころには、世の中には現在とは異なるゆったりした感覚が
まだ残っていたので、少なからず当時を思い出すことしきり。
もっともあの当時に人々がゆったりした空気を感じていたというわけではなく、
あくまで”いま思いかえしてみれば”ということなのですけど。
いつだって生活というものは、どんな時代でも同じく大変。それは変らないと思います。

 
いつもの慌ただしい朝の風景。           近所の矢部氏と駅のホームで挨拶を交わす。

ひとつ屋根の下で暮らす父母、紀子(=ヒロイン)、兄(=勤務医)、
兄嫁、そして二人の甥たち。
彼女も28歳。そろそろ結婚を真剣に考えるべき年齢だ。

 
専務秘書として有能な紀子。            専務から見合相手の写真を渡されるが。

そんな時に会社の直接の上司・佐竹専務から見合いの話が持ち込まれる。
どうやら相手は専務の親しい友人のようだ。
少し年齢は高めで満40歳。四国の旧家の次男坊とのこと。
世間一般の基準から考えても、悪い話ではなさそうだ。
紀子の様子を見る限り、彼女自身も満更でもなさそうだ。
それで周囲もすっかりそのつもりでいたのだが、ある時を境に事態は急転する。

 
「紀子に良縁が来た」と喜ぶ兄と兄嫁。       紀子の出した意外な結論に、急遽 家族会議。

兄の同僚の矢部医師が秋田へ転勤することが決まった。
彼には母親と幼い娘が一人いる。妻にはかなり以前に先立たれて今は独身。
長い間矢部医師に密かに好意をもってきた紀子は、彼の母親から懇望された
こともあり、彼との結婚を決意。
この突然の成り行きは周囲=家族にはすんなり受け入れられず、
可なりの悶着が起きてしまう。
だが紀子もなかなか強情だ。結局は自分の意志を通してしまう。

むかしの作品なので、色々な意味で「現在の映画とは違う」のですが、
そのあたりを納得して観るのならば、それなりに楽しめると思います。
冒頭にも描きましたが、作品に流れる「静謐な」空気が、今となっては
なかなか貴重なものと感じられました。
ところでタイトルの『麦秋』ですが、”初夏を表す季語”なんだそうです。
麦の収穫時期が初夏のころなので。
もちろんご存知の方も多いでしょうけど、老婆心ながら(^^;