かつてAV界には、長岡鉄男氏という個性的な評論家が存在していた。
物故されてから、もう随分になる。
氏のAVに対する評論には独特な視点があり、また長岡教信者などと
称せられる多くの信奉者を生んだりもしていた。
自分も長岡氏の書かれた記事を読むことに当時少なからず興味・共感
を覚えていた一人だ。
しかし氏の推奨する製品を実際に自分の耳で確認しても首をひねることが多かった。
何度かそういう経験の後に、誰が何を推薦しようが所詮は他人の意見なのだ
という当然の事実に思い当たった。
音に対する好みというものは、やはり一人一人のものでしかない。
....................................................................
それはさておき。
いちど方舟を訪問する機会を得たことがある。
試聴室内はすべて氏の設計による自作スピーカーで固められていた。
そのすべては雑誌等で紹介済みのものである。
そこから出てくる音は、予想通り使用していたフォステクス(のユニット)の
音調そのものだった。
同じSPユニットを使っていても、組み合わせるハコ(キャビネット)によって
スペック的にはかなりの差異を生じるのは確かだが、ユニットの音調まで左右
できるものではない。
使用しているSPユニットの音のキャラクターはどうしても最後まで残ってしまう
ものなのだ。
(自分にも自作の経験が多少あるから、そういうことは分る)
そして方舟の空間内にはフォステクスの音調が目一杯に展開されていた(^^;
長岡氏にとっては、心地よい音の饗宴だったのでしょうね。
物故されてから、もう随分になる。
氏のAVに対する評論には独特な視点があり、また長岡教信者などと
称せられる多くの信奉者を生んだりもしていた。
自分も長岡氏の書かれた記事を読むことに当時少なからず興味・共感
を覚えていた一人だ。
しかし氏の推奨する製品を実際に自分の耳で確認しても首をひねることが多かった。
何度かそういう経験の後に、誰が何を推薦しようが所詮は他人の意見なのだ
という当然の事実に思い当たった。
音に対する好みというものは、やはり一人一人のものでしかない。
....................................................................
それはさておき。
いちど方舟を訪問する機会を得たことがある。
試聴室内はすべて氏の設計による自作スピーカーで固められていた。
そのすべては雑誌等で紹介済みのものである。
そこから出てくる音は、予想通り使用していたフォステクス(のユニット)の
音調そのものだった。
同じSPユニットを使っていても、組み合わせるハコ(キャビネット)によって
スペック的にはかなりの差異を生じるのは確かだが、ユニットの音調まで左右
できるものではない。
使用しているSPユニットの音のキャラクターはどうしても最後まで残ってしまう
ものなのだ。
(自分にも自作の経験が多少あるから、そういうことは分る)
そして方舟の空間内にはフォステクスの音調が目一杯に展開されていた(^^;
長岡氏にとっては、心地よい音の饗宴だったのでしょうね。