で、ロードショーでは、どうでしょう? 第1236回。
「なんか最近面白い映画観た?」
「ああ、観た観た。ここんトコで、面白かったのは・・・」
『スリー・ビルボード』
アメリカの田舎町を舞台に、娘を殺された母親が、いつまでも犯人を捕まえられない警察に怒りの看板広告を掲げたことで町に混乱が巻き起こるサスペンス・ドラマ。
ダークなユーモアを織り交ぜつつ、予測不能のストーリー展開でスリリングに描き出し、賞レースにも嵐を起こしている。
監督と脚本は、マーティン・マクドナー。
現代アイルランド演劇界最高の戯曲家であり演出家。日本でも何本も公演されています。映画監督デビューの短編『シックス・シューター』(2004)でアカデミー賞の最優秀短編実写賞を受賞。アカデミー脚本賞にノミネートされたデビュー長編『ヒットマンズ・レクイエム』に、怪作『セブン・サイコパス』でも手腕を発揮している。
物語。
現代のアメリカ、ミズーリ州の田舎町エビング。
道路脇に立つ3枚のぼろぼろの立て看板を見て、ミルドレッドははたと閃く。
地元警察への辛辣な抗議メッセージを出そうというのだ。
それは、ミルドレッド・ヘイズが、7ヵ月たっても一向に進展しない殺された娘の犯人を見つけられないことへ業を煮やし、怒りに駆られた思いつきだった。
出演。
フランシス・マクドーマンドが、ミルドレッド・ヘイズ。
ウディ・ハレルソンが、署長のウィロビー。
アビー・コーニッシュが、アン・ウィロビー。
サム・ロックウェルが、巡査のディクソン。
サンディ・マーティンが、ディクソンのママ。
ジェリコ・イヴァネクが、巡査長。
ジョン・ホークスが、元夫のチャーリー。
サマラ・ウィーヴィングが、新妻のペネロープ。
ルーカス・ヘッジズが、息子のロビー。
キャスリン・ニュートンが、娘のアンジェラ。
ピーター・ディンクレイジが、ジェームズ。
ケイレブ・ランドリー・ジョーンズが、エビング広告社の社長レッド。
ケリー・コンドンが、秘書のパメラ。
アマンダ・ウォーレンが、デニース。
ほかに、ダレル・ブリット=ギブソン、クラーク・ピータース、マホ・ホンダ、など。
スタッフ。
製作は、グレアム・ブロードベント、ピート・チャーニン、マーティン・マクドナー。
製作総指揮は、バーゲン・スワンソン、ダーモット・マキヨン、ローズ・ガーネット、デヴィッド・コス、ダニエル・バトセク。
撮影は、ベン・デイヴィス。
『キックアス』、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』、『ドクター・ストレンジ』に加え、『マリーゴールド・ホテルで会いましょう』、『セブン・サイコパス』など強めの色彩に独特の綾をつける。夜の鮮やかさは圧倒的。
プロダクションデザインは、インバル・ワインバーグ
衣装デザインは、メリッサ・トス。
編集は、ジョン・グレゴリー。
音楽は、カーター・バーウェル。
娘の殺人事件捜査の停滞に母が怒りの立て看板を出したことで起こる騒動を描くブラック・ドラメディ。
迷路を進む物語は道標が現れる度にさらに旅の行く先を増やす。
短所の奥に光る長所を見い出す目の開け方、聞く耳にさせる言葉の数々。人間とは見た目が90%でも見えぬ身10%の閃きで見る目を変えさせる。
フランシス・マクドーマンドの暁のごとき震えに共鳴する。ウディ・ハレルソンの黄昏のごとき嘶きに聞き惚れる。サム・ロックウェルの晩のごとき扉は歩を進ませる。ケイレブ・ランドリー・ジョーンズのストローに涙する。全キャラに人生が広がっている。
ベン・デイビスの画は赤の分類棚を増やす。
マーティン・マクドナーの黒光りする演出に黙って一礼。
怒りの炎を消す消火器で殴り合うような世の中で防災頭巾を差し出せるのか。振り上げた拳をじゃんけんで降ろせるか。
飼育された馬と野生の鹿の瞳を見つめる時のよう。
すべての復讐映画の見方が変わってしまう。
他人の中に自分を見つけ、自分の中に他人を見つける。
対峙せず、並んで座り、看板の裏を見る傑作。
おまけ。
原題は、『THREE BILLBOARDS OUTSIDE EBBING, MISSOURI』。
『ミズーリのエビング郊外の三つの立て看板』。
エビングは架空の町です。
英語で、ebbingは、ebbの変化形で、引く、衰退する、引き潮の意味があります。
上映時間は、116分。
製作国は、イギリス/アメリカ。
映倫は、G。
受賞歴。
2017年のヴェネチア国際映画祭にて、脚本賞をマーティン・マクドナーが受賞。
2017年ゴールデン・グローブにて、作品賞(ドラマ) を、女優賞(ドラマ部門)をフランシス・マクドーマンドが、助演男優賞をサム・ロックウェルが、脚本賞をマーティン・マクドナーが、受賞。
2017年の放送映画批評家協会賞にて、主演女優賞をフランシス・マクドーマンドが、助演男優賞をサム・ロックウェルが、受賞。アンサンブル演技賞も受賞。
ルーカス・ヘッジズは、『マンチェスター・バイ・ザ・シー』の甥のパトリック役(アカデミー賞で助演男優賞ノミネート)の役者。昨年は『スリー・ビルボード』だけでなく、『レディ・バード』にも出演している。それだけでなく、端役だが、『グランド・ブダペスト・ホテル』、『ムーンライズ・キングダム 』に出演しており、20歳にして、すでに5作のアカデミー賞で主要賞ノミネート作品に出演している逸材。記号でない若者を表出させています。次のジェシー・アイゼンバーグになるやも。
ややネタバレ。
人々の口の結び方、目だけでなく口に心が出てきている。
アイディアは、マーティン・マクドナーがアメリカに訪れた際に、立て看板に意見広告が出ているのを見て、「出したのは女性ではないか?」と想像し、そこからミルドレッドが生まれたのだとか。
ネタバレ。
『ファーゴ』の妊婦署長役を思い出すなど、コーエン兄弟作品を代表に、映画記憶がオマージュを超えて、肉汁のように物語の味を深くしています。
現役最高峰の戯曲家マーティン・マクドナーの映画愛が隠し味。前作『セブン・サイコパス』では『その男、凶暴につき』を見ているシーンがあったが、今作では映画が登場人物の主張の一部として沁み出てくる。
歯医者のシーンは『アウトレイジ』だったりしてね。
実際の事件を多く取り込んでいるが、映画で描かれた事件という点でも一致している。
カトリック司祭がレイプした事件は世界中で話題になった。映画『スポットライト世紀のスクープ』でも描かれた。
国家機密で言えない砂が多いところはイラクのこと。
イラク戦争時、アメリカ兵がレイプして遺体を焼き殺した事件アメリカ陸軍の兵士達による14歳のイラク人の少女への集団強姦および虐殺、および彼女の家族への虐殺が行われたというマフムーディーヤ虐殺事件。2006年3月12日に起きた。
映画内のミルドレッドの娘の殺し方と同じ。
『リダクテッド 真実の価値』(2007)でドキュメンタリー映画になっている。
ワイオミングでゲイが殺されたのは、1976年にワイオミング州ララミーでマシュー・シェパードが殺された事件でこれを基に『ララミー・プロジェクト』としてテレビ映画になっており、『ブロークバック・マウンテン』の元ネタの一つとも言われている。
1999年のネブラスカ州でブランドン・ティーナが殺された事件をえがいた 『ボーイズ・ドント・クライ』と並べて、ヘイトクライムによる殺害事件として、有名。
キューバでゲイは殺されるというのは、カストロ政権下の差別で、映画に出てきたと言っていたが、不明。『夜になるまえに』ではないかと、ネットで考察されている方がいました。
ゲイ話が出てくるので、多分ですが、ディクソンはゲイなんでしょうね。
聴いている曲はABBAの『チキチータ』でABBAはゲイ好きの記号に使われるミュージシャン。
バレたくないというか(自分でも認めたくないのかも)野で、ことさら男性っぽいふるまいをするんじゃないのかな。
署長は気づいていて、手紙にもそれとなく書いている。で、たぶん、ディクソンは署長へ愛を抱いていたのではないか。だからこその怒りと覚醒。
署長は、自分の許容を示すためにも差別主義者をあえて子飼いにしているのか。
あと、ネットで見かけた記事で、彼は『Incorruptible』というアメコミのファンらしい。読んでるシーンにTシャツも着ている。このアメコミの主人公Max Damageはは、スーパーヴィランからスーパーヒーローに転向するキャラらしい。
ユニフォームは、この映画の肝の一つ。
それは見た目と中身の違いがテーマだから。
そして、同じ服を着るということは同じチームであり、連帯責任を持つ。
だから、ディクソンはミルドレッドと仲間になるためには、制服を脱ぐ必要があり、犯人は軍服に守られている。
そして、ミルドレッドは劇中、ほぼ一着の繋ぎ姿。
フランシス・マクドーマンドと言えば、『ファーゴ』の妊婦署長が当たり役で、これも元ネタなのではないか。逆に、がんの署長がそれを抱えながら事件を解決できないで、娘を失ったフランシス・マクドーマンドに責められる。
今作は、現代西部劇という言われ方をするのだろうな。ミズーリは中西部だし。
音楽はもろにそのテイストだしね。
ペネロープがしおりに載っていた警句として言う言葉が、「怒りは怒りを来す」。英語では”Anger begets greater anger.”と言っていて、直訳すると「怒りは大いなる怒りを生む」となります。「来す」に当たるのは「begets」。ことわざでよく使う言葉。「Love begets love.(愛は愛を生む)」や「Truth begets hatred.(真実は憎悪を生む)」など。
「来す」は、(結果として)ある事柄・状態を生じさせる、招く、という意味です。
元ネタがちょっと不明。しおりに載っていたから文学作品に出てくるのかな?
モチーフはいくつかありますが、メインは2つ。
まずは赤。
赤は、看板、炎、血、消火器、ミルドレッドの袖、ディクソンのイヤホン、ストローなど、いろいろなところで感情を見せる色として使われています。
社長やミルドレッドの名前にもある。
劇中で見ている映画はどうやら『赤い影』(ネットで言及している方がいました)だそうですよ。
もう一つは座ること。
座る位置はかなり重要で、画面における人間の位置関係だけでなく、心の状態を見せる時、言葉としても騎乗位などを使って、丁寧に使用しています。
タイトルは、三枚の立て看板のことを示していますが、署長の遺書も妻アン、ミルドレッド、ディクソンと三通で、ここにも込められているのではないかと。
3はこの映画の基本構成になっており、しかも、その一つが欠けるということも印象付けられている。
ミルドレッド、署長、ディクソン。
ミルドレッド、娘アンジェラ、息子ロビー。
ミルドレッド、チャーリー、ペネロープ。
ディクソン、犯人らしき二人。
などなど。
相似の構図になってもいる。
ミルドレッドは夫が出て行っていて子二人。署長は自分がいなくなり、妻と子二人に。
ミルドレッドは娘を失くし、息子と二人暮らし。ディクソンのママは夫がおらず、息子ディクソンと二人暮らし。
これにより、ミルドレッドと署長とディクソンは同じ立場であることが示され、お互いの中にお互いがいるはずなのに、対立するという痛みが浮かび上がる。
他にも、ウィロビーとペネロープが馬を飼う人として相似になる。ミルドレッドは鹿に出会う。
ミルドレッドは立て看板で、ウィロビーは手紙で、ペネロープはしおりの言葉で、相手に思いを伝える。
ミルドレッドが訪ねて来た時にレッドは、フラナリー・オコナーの短編小説集の『善人はなかなかいない』を読んでいます。
目には目を、歯に歯ではなく、「仇を恩で返す」ような病室のシーンのストローでこんなにも揺さぶられる。そして、そうしてしまった後で、自分を納得させるレッドの座り。彼が応じなければ、あの看板は出なかったのだから。
鹿など、ところどころにアンジェラの影がある。
ラストの「向かいながら考えよう」が素晴らしい。
そういえば、ミニマム復讐映画の『ブルーリベンジ』でも近いシーンがあったなぁ。
だが、あれもまだ行動の中での決断だった。
どう行動するか、考える時間を持つ。
これはきっと今後の復讐映画を変えてしまう力があるとも負うのだが、それこそ、今後映画を見ていく楽しみになる。
そして、現実に活用できる教訓となる。
娘を差別していた母と母に依存していた差別主義者の息子が、愛を育む話で、最後の度はまさにハネムーンでもある。
ミズーリからアイダホまでは、約1500マイル(約2500Km)で、北海道の宗谷岬から鹿児島県の大隅半島までが約2600kmなのでこれぐらい。ほぼ日本縦断(日本の全長は約3000キロ)です。車で法定速度だとだいたい約35~40時間かかるそうで、アメリカなら30時間くらいで行けるようです。約一日。この間に考えるわけですね。正義と愛について。
もしかして、鹿は『スタンド・バイ・ミー』へのオマージュかしら?