5年前と同じ新宿からの高速バス、15:10発も変わっていなかった。中山湖行きなので富士吉田駅で降りるのは私達だけだった。
そこから富士5合目までのバスに乗って驚いた。乗客のうち日本人は私達だけであとの20人位は外国人で欧米系が多かった。
車内放送は日本語、英語、中国語、韓国語が順次公平に流されるのである。
相変わらずアメリカ人が多く、フジヤマを土産話にでもするんだろう。登山に対する考え方 . . . 本文を読む
ヨタヨタと登りながらこう考えた「富士山に登らぬ馬鹿、二度登る馬鹿」もう3回登った。今度で4回目か・・・・馬鹿の上塗りだナー・・
今日、5年振りに昔の同僚と登ることになった。「蓼食う虫も好き好き」であの辛さ、困難もなんのそのであるが、登り始めて何でこんな所にきたんだ・・・である。
毎年来るという大阪の老人、一人旅のナップザック片手に登り慣れている感じの中年の婦人など、登らなければ夏が終わら . . . 本文を読む
大阪には親戚も知人もいない。全く縁も所縁もないとはこのことである。
馴染みのない所も一度は行っておきたいと途中下車と決め込み一日歩いてみた。漫ろ歩きではなく、現実は早足ウォーキングであった。
突然に歌となるが、何たァって「大阪しぐれ」が代表だと思う。「大阪ラプソディー」よりも古い、花咲き花散る宵も 銀座の柳の下で・・・花の東京ーの「東京ラプソディー」藤山一郎が偲ばれてくる。
エスカレー . . . 本文を読む
地下鉄谷町4丁目で「大阪城」へ、大手門から入り京橋に出た。前に見た記憶があるが、それは単にコンクリートの城壁だけののっぺりしたもので、イメージが全く違う。実際には見ていなかったのだと思う。
秀吉が築城したものを徳川の権威を示すため再建した。落雷で焼失していたのを昭和6年に三代目が再建された。
「通天閣」へと地下鉄天満橋から南森町で乗換え恵比寿町下車、通天閣に出た。午後3時ころだったか人通 . . . 本文を読む
9時前には新大阪駅に着いた。半日は市内巡りの定期観光バスでと思って乗り場を探したら、大阪駅にあるという。大阪駅に行って聞くと3月一杯で廃止になったという。インターネットには搭載されていたのだが・・・・・・
どうでもよかったので御堂筋を歩いてみることにした。梅田から難波まで4、7キロ㍍あるという。これが歌にある御堂筋か、銀杏並木はパリのマロニエと競うとか、淀屋橋、北御堂、道頓堀橋、新歌舞伎 . . . 本文を読む
突然ですが「くいだおれ」が呼んだのか、ぶらり大阪である。
考えてみれば、大阪に行った記憶は40年くらい前に法善寺横丁と阪急デパートの屋上での生ビールぐらいである。心斎橋でかの1枚の写真がある。
郷里へ往復の際の途中下車など考えたこともなかったが、この度、叔母の三回忌法要で帰郷することになったので、1日余裕をもって大阪を歩いてみることにした。
一人で生きてくなんてできないと・・・(2番) . . . 本文を読む
1949年、中華人民共和国の成立宣言がこの天安門楼閣から発せられた。
115元と危険物持ち込み防止のための手荷物預け料を支払って登楼した。
南方を望むと東西500m、南北800mの広大な広場が展開される。
右方に人民大会堂、正面に人民英雄記念碑(冒頭の写真)、その後方には、かってはこの楼閣から宣言をしたが1976年に没し、その遺体が安置されている毛主席記念堂がある。
後方には、かって紫 . . . 本文を読む
もうあまり、先のことなど考えないようになった。
取りあえず今年のことを、そのうち明日のことも考えなくなること必定である。
今年は「岩見銀山」「長崎」「上海」に絞って出来れば三回目の富士山に登ることでチマチマ20万円を計算した。
毎月でも旅行はしたいが諸般の事情からそうもいかず、恥ずかしながら、この辺の予算で手を打って、後は如何に実行するかである。
昔の職場の同僚や老人クラブにも年に1回 . . . 本文を読む
毛利元就・三本の矢の訓えの「萩」にブラッと行ってみた。半日の定期観光バスに乗り5,6人の観光客と松陰神社・松下村塾、萩焼窯元、高杉晋作・木戸孝多允の武家屋敷などを巡ってきた。
そう若くないガイド嬢の案内の中でチョット心にひっ掛ったことがあった。「明倫館」前を通過するとき、「私もここの小学校を卒業しています。いまでも松陰先生の言葉を1年生は暗誦している」とスラスラと「ある言葉」を紹介したのだが . . . 本文を読む
昨年は何かと気せわしく国内外旅行ができなかった。
曾ての同僚と波長が合って、ようやく念願の「四国」に飛行機で漕ぎつけた。
随分前に栗林公園、金刀比羅さん、徳島の阿波踊りなどには行ったことがあったが、太平洋側にも行ってみたかった。当時は宇高連絡線であったのが、今ではシマナミとか何とかの橋が架かり陸続きで車も列車もスイスイである。
空の船で1時間20分、桂浜・坂本竜馬像・坊さん簪買うを見た! . . . 本文を読む
平成17年(2005)6月、かねてから念願の中国四川省「九寨沟・キューサイコウ」に中国語同学们三人で行ってきた。
成田から成都まで約5時間、次の日、九寨沟空港に飛び40分で着いた。この空港が出来るまでは、成都からバスで悪路を8時間くらいかかったようだ。
その日の午後と翌日の午前中を費やして、透き通ったエメラルドグリーンの五彩池、深い青色の長海などを回るハ . . . 本文を読む
平成16年(2004)10月、会社の同僚と何処かに行こうと出かけてみた。
先ず、社会主義市場経済最先端都市「深圳」のミニチャイナで遊び、夜は民族文化村のナイトショーを、ダンサーの数も多かったが馬や象が駆け巡るスケールの大きい豪華なものであった。
10年間前のイギリスから返還前に行きたかった「香港」・世界三大夜景・100万ドルの香港は急斜面をケーブルカー(ビークトラム)で登り初期 . . . 本文を読む
平成12年(2003)2月、ベトナムでホーチミン(旧サイゴン)の統一会堂(旧大統領官邸)、フランス統治の名残漂う郵便局、サイゴン教会などを見てからカンボジアに飛びました。
資本主義から社会主義共和国へ、しかし、相当修正されてきたのか、自由な空気が感じられました。清楚な青色アオザイの女子高校生、白色アオザイの大学生が自転車に乗って通学している姿は端的に平和を物語っています。
3日間40$(約 . . . 本文を読む
平成14年(2002)5月25日、当時テレビドラマ「さくら」の舞台であった高山、世界遺産白川郷、馬籠・妻籠に行ってきました。
木曽路はすべて山の中である。岨づたいに行く崖の道であり・・・・まだあげ初めし前髪の 林檎のもとに見えしとき 前にさしたる花櫛の 花ある君と思ひけり・・・島崎藤村の「夜明け前」と若菜集「初恋」である。高校時代に読んだのを読み返してからのことだった。
藤村の初恋の人とい . . . 本文を読む
平成11年(2001)の暮れから3日までの6日間、台湾(中華民国)に行ってきました。正月料金は通常の3倍でしたが、それほどの価値はありませんでした。
台北から非常時には滑走路になるという高速道路を台南まで直行し、そこから北上しながら各地の観光である。2年前にM7.6の中部大地震があり甚大な被害の余波はなかったが、この寺は倒壊のまま保存するとのことだった。
最後に台北での市内観光。蒋介石が北 . . . 本文を読む