「恥ずかしながら帰還致しました」昭和47年グアム島から横井伍長である。その後、参議院議員選に立候補して恥ずかしながらである。
その2年後、ルパング島から小野田中尉が「上官の命」を受けて帰国した。
神国日本の勝利を信じ「生きて俘虜の辱めを受けず」の実践もこれ程徹底浸透していた。今の若いものは・・・こんなことを言える歳でもないが・・・
どの面下げて・・・もよく使われていた・・恥知らずメ~恥 . . . 本文を読む
子供の頃、そんなに高くはない裏山に登って下界と言うほどでもないが、駅や民家や田圃、学校など結構広い範囲を一望し、暫し見惚れていたものである。
山裾の方から蒸気機関車が汽笛を鳴らし煙を吐きながら眼下を通過して遠ざかっていく光景は今でも浮かんでくる。
地図と言うものは勿論あったが、世界・日本と・・・しかし、何故か地元の村の地図は関心もなく見たことがなかった。
小学校5年の時に、身近な私鉄 . . . 本文を読む
ポステング(posting)は職業なのか?
天下国家のためにやっている訳ではない。単に私利私欲の為である。
「チラシお断り」が弐百軒に一軒位ある。どちらかと言えば嫌われ者でもある。知人の主婦は「ゴミ入れに直行よ!」である。
偶には、寿司や食事の割引券が付いていたり、新規開店スーパーの売り出し超安などがあるぜョ!
殆んど家の人と顔を合わすことはないが、千軒に一軒位は「御苦労さま」のお . . . 本文を読む
それぞれの家に相応しく設けられているのが「ポスト」である。
「門構えの立派な家」などと表現することがあり、その家の格式の一面を表すことがある。
門を入って50mで玄関に辿り着いた・・・江戸時代は武家の住居は階級により、門、敷居、畳の縁、坪数まで細かく定められていたという。郵便受けは無かっただろう。
私がポステイングする地域は一般家庭の密集地で土地100坪位の所が多く、ポストも建築時に . . . 本文を読む
Postingって・・・ここではポストマン・郵便集配達人のことではない。各戸に宣伝チラシを配ることで幾許かの収入を得るのである。2、3種の抱き合わせで単価は最低50銭のもある。
今の子供は「千」は知っていても「銭」は知らないだろう。
一家、一戸に一つあって二つないもの何~んだ~
答 郵便受けである。
これが、又、しかし、偶にではあるが、二つある家があるのである。
これが無い家もある . . . 本文を読む
「食が進む」という言葉もあまり聞かなくなった。涼しくなったから~とか、今日は病人の食が進んだと一喜一憂することはある。
・・この子は食が細いなどはよく使われる。小食は今様で、大食漢はひもじい御幼少時代を送った御方に多いようである。
食が進むもの・・・塩辛、塩昆布、海苔・ご飯ですよ、梅干し、沢庵・タクワン、 野沢菜、ハリハリ漬け、キムチなど数々あるが概ね塩味のものが良いようで・・・血圧が上が . . . 本文を読む
「チョットお茶する?」こんな機会が最近増えた。
お年寄りの集まりなどの帰りに「お茶」である。100円コーヒーやファミレスのドリンクコーナーだけで一時間位グダグダぐだ・・・である。3杯も飲めば腹一杯、ビールだとそんなことはないのだが。
現役中は仕事帰りに「チョット一杯やってくか!」と駅近くになると誰かが口を切るのが常であった。まあ、焼鳥屋か、大衆酒場で約しいものであったが懐かしい。
「ミス・ . . . 本文を読む
ラジオで放送していた。今人気沸騰中の化粧品「BBクリーム」である。
6つの効果を強調していた。ファンデーション、UVカットetc.などなどこれ一本で良いらしい。
オカマのIKKOさんから始まったのか・・・韓国女優ユン・ソナ・・これに「乗る」のが面白い。
イッコーさんになるか、ソナさんになるか、土台の問題であると思うのであるのだが、一向に判らないから売レルノカイナ~・・2~4千円はする . . . 本文を読む
総括と言うほど大袈裟なものではないが、中国は大きな国で、人口も13億に垂んとである。
「一人っ子政策」も徹底しているようであるが、ギャップも出て来ている。見直しもあるんかいな~年寄りの率が増えるのは日本と同じである。
日本は「少子化対策」担当大臣もいるようだが効果など出ているのだろうか、自分が産んでも追いつかない・・・子供を貰ってくる訳にもいかず「自助努力」しかない。
戦時中は「夜は子作 . . . 本文を読む
朝食前の5時、ホテルの周りを散歩した。餃子屋があった。
地下鉄に乗ったが、北京と同様にお年寄りの姿を全く見かけない。早朝、市内を散歩した時、体操やウォーキングをしているのを見ただけで家に籠っているのか?
乗り込むと、私の姿を見た若者に席を譲られたことが二回あった。一度はすぐ近くの人がスーと座ってしまった。私も座りたくもなかったが、何処でもそんなもんだなア~素早いのがいるよ~
車内のテ . . . 本文を読む
1日フリータイムで、杭州か朱家角と七宝でもと計画していたが、杭州は丸1日を要するので、結局、一番近い「七宝」にして地下鉄を乗り継いで辿り着いた。
午後は市内に戻り、小吃街、呉江路、南京西、東路を歩いてみた。
銀座四丁目(銀座通り)に相当する南京東路は歩行者天国で、観覧車が2元で往き来している。土曜日でもあったが人出は最高で、暑いのによく出ているものだと感心した。
上海の人口は、東京の . . . 本文を読む
上海に5、6日位と、格安航空券を狙ったが旨くいかず、ツアーに申し込んだ。出発1週間前に「新型流感」が大阪などで発生し、7千円ほどのキャンセル料で・・・
暑くなったので風邪もなかろうと、10前に滑り込み申込でツアーに参加した。
数年前、中国主要都市ツアーで立ち寄った上海では外灘(バンド)夜景の記憶があるだけなのでもう少し観るため、市内観光、次の日は自由行動の3泊4日の安いツアーに参加した。 . . . 本文を読む
阿久悠・悪友は、小学校2年生だった昭和20年8月15日、天皇陛下の「玉音放送」を聞いた。 もう少しだから頑張れのことかと思ったが、終戦・敗戦であった。誰も泣く者はいなかった。
あのとき空は青かった・・・こどもの空が訪れたと・・・
中学3年でこの日を迎えた篠田正浩は、生きて俘虜の辱めを受けずの軍国少年であった。この日のことをグラマンの空襲もなく静かだったが不安の夜でもあったと・・・・
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明治時代に、北大路魯山人という陶芸家などで美食家、料理家がいた。食と器の融合を目指し美食道楽三昧の人であったようである。
料理は器で食う、器は料理の着物であるらしい。そんな陶磁器などは重みがあって触るだけでも価値があるような気がする。
かの有名な吉兆、冶作など等には、ご招待にもご相伴にも預かったことがない・・・・つきじ田村があったか、1万円位のコース・・・つい貧乏人は値段を出す。いと恥 . . . 本文を読む
ホームグランドから一歩も出たことがないのは幸せかそれとも不幸せ・・・
都はるみの「大阪しぐれ」一人で生きてくなんて出来ないと・・・
(3番)幸せそれとも今は~不幸せ 酔ってあなたは曽根崎 曽根崎あたり・・・ああ大阪しぐれ
外に出たって大したことはない。内にいるのが一番である。アアダコウダも面白いが、その場限りのことでもある。
内にいったてどおって事はないが・・・よしておくれよ気休めなん . . . 本文を読む