天璋院展を見たついでに、50年前に勤務していた浅草へ足を延ばしてみることにした。
墨田区石原にある白波五人男で有名な日本駄(左)衛門首洗い池と碑文がある神社に立ち寄った後、歩いて吾妻橋際に来た。
アサヒビールのウンコを仰ぎながら、もう午後1時を過ぎており、ここで軽くビールでもと思ったが、目指す天丼屋もあったので我慢して吾妻橋を渡った。
バスで吉原大門へ、老舗「天麩羅伊勢屋」は満席で断 . . . 本文を読む
昨年の今頃開催された「江戸城展」を見逃した。
今年は「篤姫展」が4月6日まで開催されるので、混雑する前にと、江戸東京博物館に出かけた。久し振りの「上京」である。
10時から2時間半ぐらい見て回ったが、結構混んでいて、興味深い数多くの展示の手紙なども何んとか読み通すことができたが、これ以上混んでくるとダメだったと思う。車椅子の人もいたが、殆んど見れなかったであろう。
おそらく来週は満員御礼 . . . 本文を読む
誰に惚れた訳ではない・・私ゃあなたに「法蓮草」などよく言ったものだ。
猫の額ほどの家庭菜園でホウレンソウなどを作っている。
子供のころ、ほうれん草の根っこの部分、赤いところが甘くて、最初に食べていたものだ。
最近、これを食べてみたが、甘くない、不味いのである。これは私の作った物だけなのだろうか。
玉葱も切るとき涙が出たものだが、今は出たことがない。大根も辛いと感じたことはない。
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昭和35年(1955)、職場の同僚達が自動車運転免許教習所に通いだしたので人並みに右へ倣い、運転免許を取得した。
あれから、48年間、一度も紛失せず、大した違反、事故もなく更新してきた。 退職後は毎日運転し、ガソリン代は月1万円に至っている。
次の更新は、平成23年(2011)で72歳のときである。どんなに優秀運転者でも次回更新はは3年後になる。
あなたはもうお年のようですので免許証 . . . 本文を読む
そのうち お金がたまったら
そのうち・・・たら
そのうち・・・・たら
そのうち・・・・・たらと 出来ない理由をくりかえしている内に
結局何もやらなかった・・・・
そのうち そのうち 日が暮れる いま来たこの道 かえれない
相田みつをの「そのうち」である。味のある言葉である。
「宝くじが当たっタラ」と捕らぬ狸の皮算用をしたもの . . . 本文を読む
明日は明るい日と書く・・・歌か何かで聞いたことがある。今日の次の日でもある。
中国語では「明天」明後日は「后天」である。
英語では「tomorrow」明後日は「the day after tomorrow」である。
古いなーもう!!昔「俺たちには明日はない」ポールニューマンの「明日に向かって撃て」などこんな洋画をみた記憶がある。
邦画では「明日は明日の風が吹く」昭和38年の裕次郎であ . . . 本文を読む
タイトルの意味は、年月は人の都合にかかわらず過ぎていく、少しの間も止まらない、待ってはくれない。今の時を大切にせよという。
「及時当勉励、歳月待人」(陶淵明、雑詩)Time and tide wait for none.
限りある人生を無為に、何をするでもなく、どうしたいでもなく、ただ、自然にまかせて流されているだけ、将に川に浮かんだ笹舟のような感じでもある。
あれもしたい、あそこに行っ . . . 本文を読む
3月16日まで9日間のツアーに参加しました。
ロスアンゼルス経由リマ着、クスコ、マチュピチュ、クスコ、ナスカ、ニューヨークと忙しかった。 幻の空中都市、世界遺産マチュピチュ、世界遺産クスコ市内、近郊遺跡、世界遺産リマ市内観光、世界遺産ナスカのセスナ機での地上絵観光などでした。
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数時間、数日、数か月、数年、数十年と「数」をよく使う。
「数日」はどれ位のことをいうのか、2~3から4~5、5~6ほどの日数をいう。
曖昧と言えばあいまいであるが、いい加減な無精者には都合の好い言葉でもある。
私などは、4~5の意味と教えられ理解してきたし、今でもそんな感覚でいる。
先日、テレビのクイズでこの問題が出たが、若年層などは2~3が一般的で、高齢になるほど5~6になってい . . . 本文を読む
私が上京する昭和33年まで我が家では「麦飯」であった。正月やお祭り位しか「白飯」を炊かなかった。炊ける余裕がなかったのである。
おお!今日は「銀シャリか」こんな言葉が懐かしい。
当時、農家では殆んど白飯である。非農家で貧しい我が家では麦飯で、学校への弁当も麦入りは恥ずかしいので、出来るだけ米の多いところを装って貰っていたものだ。
戦後からのこの麦の割合が3割、2割、1割と減ってきて3 . . . 本文を読む
「寸志」「粗品」「不味いものですが」「詰らないものですが」は謙譲語というものである。
社長が帰社する、秘書が「ご苦労様でした」と言った。社長は「ご苦労は上の者が下の者に言う言葉だ」と怒ったという。
現在ではそんなことをに気にしないで使っているのではと思うが、秘書たちは心得ているのだろうか、また、そんな教育を受けているんだろうか。「お疲れ様でした」も芳しくないようだ。
言葉は生き物であ . . . 本文を読む
「人間万事塞翁が丙午」故青島幸男の直木賞作品を思い出し図書館で借りてきて読んでいた。
今日は3月10日、東京大空襲の日である。昭和20年、B29の襲来により、完膚無きまで空爆され、これまで半年にわたり空襲を受けていた東京下町は焼け野原となった。都民10万人以上が焼死した。63年前のことである。合掌
文中、丁度、この空襲の場面の記事に直面した。奇遇と言えば奇遇である。
主人公ハナの、日本 . . . 本文を読む
終戦直後の小学1、2年のころか、父が買っていた「日米日常会話集」を読んだことがある。ザラ紙に印刷の粗末な物であった。
夕方になるとラジオで、カムカム エベリバデイ ・・・ハワユー(come come
everybody・・・how are you )で始まる英会話講座の放送があった。
中学になると、英語の科目があり、教科書は「Jack and Betty」であった。
2年生の最初が「T . . . 本文を読む
時の首相犬養毅は官邸で海軍将校達に射殺された。昭和7年5月15日(5.15事件)のことである。
その時「話せば分かる」と発したが、問答無用、バン!バン!と撃たれた。
読売新聞の「日本人・国家観」アンケートをみて唖然とした。
「国の役に立ちたい」73%「生まれ変わるならまた日本人」85%は日本人なら当然と納得したまでは良かった。
「日本が他国に侵略されたら」の問いに「武器を持って抵抗す . . . 本文を読む