昨日と打って変わったうそ寒い霧雨の奈良の一日であった。
ホテルの朝食を済ませて駅にある定期観光バス案内所へ、午前中「奈良公園周辺」東大寺大仏殿、春日大社、興福寺など、午後「法隆寺西の京」法隆寺、薬師寺」の2コースのチケットを買った。
60年前、小学校の修学旅行に来た。大仏のミニチュアを買って飾った記憶がある。
40年前、子供が小さい頃に定期観光バスで半日観光して以来である。
外観では . . . 本文を読む
暇にまかせてぶらり京都である。
定期観光バスの窓口でコースを選んでいると、大河ドラマ「龍馬伝」放映記念、龍馬が駆けた京の史跡めぐり・・今日まで・・・があった。すぐに飛びついた。
寺田屋騒動と龍馬が襲われた寺田屋、近江屋で暗殺された龍馬と中岡慎太郎の墓がある霊山護国神社、幕末維新ミュージアム霊山歴史館、日記に龍馬に関する記述がある実相院をメインに京の町を駆け巡った。
昼食は老舗「左阿彌」 . . . 本文を読む
深夜放送を暇にまかせて聞いていたら流れてきた曲がこれであった。
タンポポの「嵯峨野さやさや」であった。初めて聞く歌であったがなかなか綺麗なハーモニーで早速、INで検索して何回か聴いてみた。
京都嵯峨野の・・・嵯峨野笹の葉さやさやと・・子供の頃には竹藪に入ったことはよくあったがこんな感じはなかった。勿論、あんな大きな竹林はなかった。
嵐山の竹林と同じだと思うが「嵯峨野」にはまだ行っていな . . . 本文を読む
総括と言うほど大袈裟なものではないが、中国は大きな国で、人口も13億に垂んとである。
「一人っ子政策」も徹底しているようであるが、ギャップも出て来ている。見直しもあるんかいな~年寄りの率が増えるのは日本と同じである。
日本は「少子化対策」担当大臣もいるようだが効果など出ているのだろうか、自分が産んでも追いつかない・・・子供を貰ってくる訳にもいかず「自助努力」しかない。
戦時中は「夜は子作 . . . 本文を読む
朝食前の5時、ホテルの周りを散歩した。餃子屋があった。
地下鉄に乗ったが、北京と同様にお年寄りの姿を全く見かけない。早朝、市内を散歩した時、体操やウォーキングをしているのを見ただけで家に籠っているのか?
乗り込むと、私の姿を見た若者に席を譲られたことが二回あった。一度はすぐ近くの人がスーと座ってしまった。私も座りたくもなかったが、何処でもそんなもんだなア~素早いのがいるよ~
車内のテ . . . 本文を読む
1日フリータイムで、杭州か朱家角と七宝でもと計画していたが、杭州は丸1日を要するので、結局、一番近い「七宝」にして地下鉄を乗り継いで辿り着いた。
午後は市内に戻り、小吃街、呉江路、南京西、東路を歩いてみた。
銀座四丁目(銀座通り)に相当する南京東路は歩行者天国で、観覧車が2元で往き来している。土曜日でもあったが人出は最高で、暑いのによく出ているものだと感心した。
上海の人口は、東京の . . . 本文を読む
上海に5、6日位と、格安航空券を狙ったが旨くいかず、ツアーに申し込んだ。出発1週間前に「新型流感」が大阪などで発生し、7千円ほどのキャンセル料で・・・
暑くなったので風邪もなかろうと、10前に滑り込み申込でツアーに参加した。
数年前、中国主要都市ツアーで立ち寄った上海では外灘(バンド)夜景の記憶があるだけなのでもう少し観るため、市内観光、次の日は自由行動の3泊4日の安いツアーに参加した。 . . . 本文を読む
7、8年も前のことだろうか、ベトナム社会主義人民共和国ホーチミン(旧サイゴン)に行ってみた。
1975年劇的なサイゴン陥落、ホーチミン市に改名されたのである。経済は資本主義に近いのではないかと思うぐらい活性化が著しい。
「ドミノ理論」に固執したフランス、アメリカの悪夢の果ては、大統領官邸に戦車が入り、ゴージエンジェム等はアメリカに亡命し「ベトナム戦争」は終結した。
長いフランス統治の . . . 本文を読む
長崎は天然の入江で安全な港であったことから、ポルトガル船などが来航した。 鎖国時代は出島で唯一西欧との窓口としてオランダ人と貿易してきた。
都市の発展、キリスト教の布教と禁止弾圧の歴史、原爆、終戦の数奇な運命を辿ったのも長崎である。
滞在24時間、観光などは12時間でサーッと流しただけでの予定より一日早く切り上げ故郷に寄ってくることができた。
長崎は市電・バスの多い町だとの印象があ . . . 本文を読む
朝7時に宿を出た。今日は原爆の浦上地区、平和公園へ、どれくらい時間がかかるか見当がつかないので早めにと・・・・電車の一日乗車券500円を買いあっちこっちと行く予定であった使わなかった。
原爆資料館、平和祈念館に8時前に着いたが開館は8時半であり後回しとしてグランドゼロ(grounnd zero)原爆落下中心地点、浦上天主堂へ・・・・
永井隆博士の如己堂を見ていたら、そばの記念館が開いた . . . 本文を読む
思案橋跡の交差点を「丸山」の方に入っていくと突き当たりに交番がある。その斜め前に見返り柳がある。
今は昔、三大遊郭、江戸の吉原、京都の島原とならぶ丸山である。見返り柳、思い切り橋など味があり昔の遊郭には付き物のようである。「思案橋」も行こか戻ろかから付いた名だろう。吉原のも渡る人よりくぐる人の「地方橋」がある。
そういえば、吉原大門を真っ直ぐ入っていくと新吉原京町交番に突き当りにあったっ . . . 本文を読む
のぞみ号・東京6:00発博多経由長崎着12:53なんと7時間で自宅を出てから8時間である。すぐビジネスホテルに荷物を置いて「出島」へ・・・・鎖国時代の唯一オランダと交易を許された埋立地、史跡「出島和蘭商館跡」の復元建造物には興味をそそられた。
市電に乗りグラバー園へ、大浦天主堂、孔子廟そして新地中華街へ、その日はそれぐらいにしてホテルで風呂で汗を流してからブラリ~近くの飲み屋でビール・ホッピ . . . 本文を読む
今日から四日ばかり行事予定もないので、予てから行ってみようかなぁ~の「ダーツの旅」である。
飛行機を検討したが新幹線にした。行き先の天候を見て出発を決行出来るのがメリットである。
「出島」「原爆・平和祈念施設」「グラバー園」「中華街」「眼鏡橋」「永井博士記念館」は踏破したい。軍艦島は無理かしら・・市電の一日乗車券・施設観覧券があればこれを利用するのも手だ。
卓袱料理は高価で無理かしら・・ . . . 本文を読む
下山しながらこう考えた。「何でこんなに辛いんだろうか、どうでも良いことをやってる。兎角この世は住み難い」
人の一生は重荷を負うて遠き道を行くが如し・・徳川家康が言ったそうだが、軽いバックを背負っているだけなんだかキツイキツイ!!!!
午前10時半に休み休みで下山し始めてから、6合目あたりで急に吐き気がしてきた。吐くものもなく粘液のようなものだけが少し出た。
考えてみると、もう午後4時だと . . . 本文を読む
頂上にどうにか這い登った。下を見ると皆さんが喘ぎ喘ぎ、休み休み「胸突き八丁」を這っている。
ここで驚いたのは欧米人が凄い。大柄で腰回りも太い、一見メタボの若い女性が杖も持たずサァーサァーと登って行くのが印象的である。これは筋力、脚力が相当鍛えられていることが明白である。
若者は杖を持たないで登っているが、これにも感心、感嘆させられる。こちらは杖とで3本足、さらに鉄鎖やロープに掴まりやっと . . . 本文を読む