昨日、名古屋市の事業仕分けで廃止と判定され、市としては運営を民間に渡す方向性となったランの館。閉館後の民間に渡すにしてもその問題点や課題などを整理する「ランの館」活用検討委員会が発足し、その初会議が開かれ傍聴に行って来まして、それを弊ブログ記事にしました。
→http://blog.goo.ne.jp/mitake3067/d/20120804(昨日の記事)
記事最後に「常連客として問題を認識している」と書きましたので、私が感じている、そして新たに分った問題点です。今回の記事はネガティブな、些かきつい言葉が出てくるかもしれません。
私がランの館、年間観覧券(年パス)を購入したのは、2005年秋のこと。今年で7年になります。この間に肌で感ずる運営の変化を見てきました。年パス購入の動機は、ここが
- 落ち着いた寛ぎ空間であること
- 欧風庭園で都心の喧騒と切り離された空間
- ゆったり出来、ここなら暫くいて本が読める
- 時々演奏会がある
でした。最後の演奏会は2005年はイベント期間中だけ、その後2006年~2009年(2010年6月まで)はほぼ毎週の開催。このブログで出てくるピアノ演奏者さんたちは、この期間に知り合えたものです。毎度来ていれば覚えられますからね。演奏会はアトリウムと呼ばれている大温室で開かれていました。花に囲まれた演奏会。これはホールでは絶対に真似が出来ないことです。最近はそれが無いので、寂しい想いです。
昨日の会議で配布された資料に、開館以来の入館者数の推移と、開館以来の収支状況の表があります。1998年(年度)は11ヶ月で36万8千人入ったのですね。当然物珍しさからでしょう。しかしどうもこの数字を元に、文章に記される比較級の考察があり、これと比べられればそりゃ今は少ないはずです。
よくよく見れば2003年度は12万7千人の入館者で、以降はこのベースが続いています。昨年事業仕分けとされましたが、その前年2010年度は14万3千人入館されています。しかし収支を見れば2006年~2008年は支出が収入を上回る赤字となっており、この頃に市の内部では何らかの考えを持ち始めたのでしょう。しかし2009年は一点黒字に転じています。
ランの館は、名古屋市緑政土木局所管です。昨日の委員初会議もここが主催したものです。会議後、委員の一部はランの館へ視察に出かけました。ランの館ではなにやら大勢の見慣れぬ顔が並んでいました。委員の視察案内役の本庁の人間だそうです。
そして会議にもいた本庁の人。私がランの館で再び見かけても知らん顔。そうなんです、私は市からみれば単なる客にすぎず、傍聴に来ようともランの館で見かけようとも、あくまでも蚊帳の外。フランクに「どう思う?ランの館」と聞けば色々話せますが、所詮、市はお役所仕事。あくまで事務的に機会的に「粛々」と進めるのみ。そこには情などありはしません。
そこなんですよ!名古屋市よ。スマイル運動(図書館など)とか言って、見かけは親切丁寧ですけど、どうも冷たい印象が残ります。これは奥底に流れる人の情が感じ難いからでしょう。そのような職場雰囲気では、いくら業務指示でスマイルだの笑顔だのいうても、それは「仏作って魂入れず」。形ばかりの世界です。(行政の)名古屋市にはこの仏、形ばかりが多いんだな。
緑政土木局は街中の公園も所管です。ちなみに東山植物園もここの所管です。最近東山植物園で感じることですが、どうも手入れがきちんと出来ていない。同じ事がランの館でも感じます。園路からはみ出ない様に柵みたいなのがありましたが、今はそれが無く、そのため園路の周囲には土がむき出しのところも。街中の公園と大して変わりません。もし東山もランの館も、手入れを公園と同じと考えたら大きな間違いです。そもそも有料と無料の施設、そして東山とランの館ではコンセプトの違い。この辺り十把一絡げでは、ランの館の存在意義は無きに等しくなります。
結局、今の(行政の)名古屋市施設であるうちは、どうしようもないだろうな。職員さんもいい人はいますが、役職がついてくると「成果」とか、一方で「大過なく」を目前の標とし、数年で次のポストに就いたりするそうで、そんな風潮の世界では、コンセプトだの魂だの、無縁の世界だろうな。
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ところで最近、弊ブログ、ランの館の記事が少ないのにお気づきになりませんか。たしかに訪問するの、減っています。私が勝手に書斎にしているモデル展示棟。この時期は中庭でビアガーデンを営業して、そのショーの音が煩いんです。なので早めの時間だったら行きますけど、遅い時間は足が遠のいています。