10月6日 編集手帳
小紙の先輩記者に、
俳人の前川紅楼(こうろう)さんがいる。
昨年いただいた句集『火喰鳥』(文學の森刊)に好きな一句がある。
〈夜学教師いつも力みて白墨折る〉。
白墨を握る指先からほとばしる熱血が目に見えるようである。
のちの学究ぶりから想像するに、
その人も一句の先生と同じく、
白墨を折るほどの情熱家であったにちがいない。
北里大学特別栄誉教授の大村智さん(80)は、
夜間高校の教壇に立ちながら大学院に通った苦労人である。
寄生虫病の新しい治療法を発見した業績により、
今年のノーベル生理学・医学賞に選ばれた。
大学院を出たあとも、
受賞へ直線コースを歩んだわけではない。
助手の職を得た山梨大学ではワイン醸造の研究に取り組み、
そこで微生物の魅力 に引き込まれたという。
人徳だろう。
夜学の窓に映るともしびといい、
甲州の葡萄(ぶどう)畑といい、
人生の回り道に沿う風景はどれも美しい。
ワインですか?
承知しました。
病み上がりでグラスに緩めの封印をした小欄だが、
ノーメル…もとい、
ノーベル賞の快挙となれば日本人として知らん顔はできない。
今宵(こよい)は飲まざらめやも。
酔わざらめやも。