智美が絵里を乗せて車を出してから、2時間が経過していた。
(遅いな)
絵里の家でお茶でも飲んでいるのか、と思ったが、心配になってきた。
と、その時、携帯が鳴った。
(お、智ちゃんからだ)
「もしもし」
勝部は電話に出た。
「やあ」
聞こえてきたのは、男の声だった。
勝部は一瞬で、何かまずいことがあった、と理解した。
「……誰だ。お前は」
「お忘れかね。大野さ」
「どうして智ちゃんの携帯で電話してるんだ」
「智美はいま、電話が使えない状態でね」
「お前……まさか」
「面白いものを見せてやる。海岸まで来い。君がアーノンと出くわした場所に」
「命令口調だな」
「いやかね? 智美がどうなってもいいのか」
「なにっ!」
勝部はジャンパーを羽織ると、外へ駆け出した。
絵里は、突然、アーノンの激しい感情が、流れ込んできたのを感じた。
(これは……怒り)
いままで経験したことのない、嵐のような、感情の波動だった。
(アーノンが、怒っている……!)
勝部が、現場までたどり着くと、大野が海を背にして立っていた。
(ん? こりゃ、どういうことだ)
それは確かに、大野の姿ではあったが、背筋はしゃんと伸び、足腰はしっかりと砂を踏んでおり、とても自分と同じくらいの老人には見えなかった。
(気のせいか? 身体つきも、ひと回りでかくなったような……)
そして、そのすぐそばに、智美が横たわっていた。
(智ちゃん!)
勝部は砂浜に降り、大野と対峙した。
「やあご苦労。ここまで来るだけでも大変か。年は取りたくないねえ」
「智ちゃんに何をした!」
「心配するな。眠っているだけさ」
大野は、芝居がかった口調で、
「それはさておき……僕を見て、何か気づかないかね」
勝部は、今度こそ真正面から、大野をにらみつけた。
すると、異変に気づいた。
髪の毛が、黒くフサフサとして、顔からはシワが消えている。
そして何よりも違うのは、眼に宿る、若く、凶悪な光だった。
「まさか……お前」
「そのまさかさ」
大野は、唇を歪めて笑った。
「僕は若返った。驚いたかい。僕は、アーノンを食ったのさ」
「げっ……」
「正確には、アーノンの生体から抽出したエキスを、静脈注射した。その結果がこれさ。それまでの僕は、ガンに冒された哀れな老人だったがね」
「そりゃ驚きだが、そんなことはこの際、どうでもいい。おれは智ちゃんを連れて帰る」
「そうはいかん。智美は、僕の妻となるのだからね」
勝部は、自分の脚が震えているのに気づいた。
「この、イカレ野郎が……!」
「僕と智美の子が、新たな人類の歴史を作るだろう」
絵里は家を飛び出し、海岸へと向かった。
アーノンの怒りは、いまや、明確な殺意に変化していた。
(つづく)
(遅いな)
絵里の家でお茶でも飲んでいるのか、と思ったが、心配になってきた。
と、その時、携帯が鳴った。
(お、智ちゃんからだ)
「もしもし」
勝部は電話に出た。
「やあ」
聞こえてきたのは、男の声だった。
勝部は一瞬で、何かまずいことがあった、と理解した。
「……誰だ。お前は」
「お忘れかね。大野さ」
「どうして智ちゃんの携帯で電話してるんだ」
「智美はいま、電話が使えない状態でね」
「お前……まさか」
「面白いものを見せてやる。海岸まで来い。君がアーノンと出くわした場所に」
「命令口調だな」
「いやかね? 智美がどうなってもいいのか」
「なにっ!」
勝部はジャンパーを羽織ると、外へ駆け出した。
絵里は、突然、アーノンの激しい感情が、流れ込んできたのを感じた。
(これは……怒り)
いままで経験したことのない、嵐のような、感情の波動だった。
(アーノンが、怒っている……!)
勝部が、現場までたどり着くと、大野が海を背にして立っていた。
(ん? こりゃ、どういうことだ)
それは確かに、大野の姿ではあったが、背筋はしゃんと伸び、足腰はしっかりと砂を踏んでおり、とても自分と同じくらいの老人には見えなかった。
(気のせいか? 身体つきも、ひと回りでかくなったような……)
そして、そのすぐそばに、智美が横たわっていた。
(智ちゃん!)
勝部は砂浜に降り、大野と対峙した。
「やあご苦労。ここまで来るだけでも大変か。年は取りたくないねえ」
「智ちゃんに何をした!」
「心配するな。眠っているだけさ」
大野は、芝居がかった口調で、
「それはさておき……僕を見て、何か気づかないかね」
勝部は、今度こそ真正面から、大野をにらみつけた。
すると、異変に気づいた。
髪の毛が、黒くフサフサとして、顔からはシワが消えている。
そして何よりも違うのは、眼に宿る、若く、凶悪な光だった。
「まさか……お前」
「そのまさかさ」
大野は、唇を歪めて笑った。
「僕は若返った。驚いたかい。僕は、アーノンを食ったのさ」
「げっ……」
「正確には、アーノンの生体から抽出したエキスを、静脈注射した。その結果がこれさ。それまでの僕は、ガンに冒された哀れな老人だったがね」
「そりゃ驚きだが、そんなことはこの際、どうでもいい。おれは智ちゃんを連れて帰る」
「そうはいかん。智美は、僕の妻となるのだからね」
勝部は、自分の脚が震えているのに気づいた。
「この、イカレ野郎が……!」
「僕と智美の子が、新たな人類の歴史を作るだろう」
絵里は家を飛び出し、海岸へと向かった。
アーノンの怒りは、いまや、明確な殺意に変化していた。
(つづく)