勝部はジャンパーを脱ぎ捨て、拳を固めた。
「おやおや。何のつもりだい」
「お前のようないかれたヤツに、智ちゃんはやれん」
「力ずくで、ということか」
勝部は、大野に向かって突進した。
大野は、片手で軽く払いのけた。砂に叩きつけられ、勝部の全身に衝撃が走った。
「年寄りの冷や水だね」
大野は、勝部の顎をつかみ、ひょいと持ち上げると、
「このまま海に投げ込んでやってもいいが、それは寒かろう」
大野は、ポケットから注射器を取り出して、
「智美の祖父か。そのよしみで、苦痛なく逝かせてあげるよ」
「善さん!」
大声で呼びかけたのは、絵里だった。
「ん? あのガキは」
大野の手の力が、一瞬ゆるんだ。
勝部は、強引に振りほどき、砂の上を後退った。
「絵里ちゃん! ここへ来てはだめだ!」
「善さん、逃げて! アーノンが……!」
その時……
突然、海が、まぶしい光を放った。
そして、すさまじい勢いで、海水の塊が、大野に襲いかかった。
それは、津波のようだったが、明らかに攻撃する意志を持っていた。
大野は、ひとたまりもなく、水に呑まれた。
水しぶきで、何も見えなくなったが……
しばらくすると、水の勢いは治まった。
「これは、いったい……」
波打ち際に、智美がずぶ濡れで、横たわっていた。
「智ちゃん!」
勝部と、絵里が駆け寄ると、智美は眼を開けた。
「怪我はないか、智ちゃん」
「おじいちゃん……」
岸から5メートルほどの海面に、大野が浮いていた。
両眼が飛び出し、背骨が妙な具合に折れ曲がり、死んでいるのは、明らかだった。
(……アーノンの怒りを買ったな。哀れな野郎だ)
アーノンは、恐るべき力を秘めていた。
(そうだよな、怒るさ、そりゃ)
勝部は思った。
(仲間が、殺されたんだもんな……)
「善さん、アーノンが……」
絵里は言った。
「なにか、言ってきたかい」
「さようなら、だって……」
「……そうか」
人間とアーノンが関わりを持つことは、もうない、そんな気がした。
人間は人間、アーノンはアーノンで、別々の道を行くのだ。
(助かったよ。ありがとな)
勝部は海に向かって呼びかけた。
そして、
「絵里ちゃん、片桐巡査を呼んでくれるか」
やがて年が明け、数カ月が経った。
「善さん、まだー?」
制服を着た絵里が、玄関から呼びかけた。
繁子は、勝部を急かして、
「ほら、あんた、早くしないと。式に遅れるよ」
「うーむ……なぜ今頃になって、ドイツから帰ってきた?」
「智ちゃんの晴れの舞台だよ」
「……どうも、納得いかん」
勝部はぶつぶつ言いながら、白ネクタイをしめた。
玄関の前では、白い車が、勝部を待っている。
運転席には、髪がやや薄くなった、高道がいた。
(完)
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
「おやおや。何のつもりだい」
「お前のようないかれたヤツに、智ちゃんはやれん」
「力ずくで、ということか」
勝部は、大野に向かって突進した。
大野は、片手で軽く払いのけた。砂に叩きつけられ、勝部の全身に衝撃が走った。
「年寄りの冷や水だね」
大野は、勝部の顎をつかみ、ひょいと持ち上げると、
「このまま海に投げ込んでやってもいいが、それは寒かろう」
大野は、ポケットから注射器を取り出して、
「智美の祖父か。そのよしみで、苦痛なく逝かせてあげるよ」
「善さん!」
大声で呼びかけたのは、絵里だった。
「ん? あのガキは」
大野の手の力が、一瞬ゆるんだ。
勝部は、強引に振りほどき、砂の上を後退った。
「絵里ちゃん! ここへ来てはだめだ!」
「善さん、逃げて! アーノンが……!」
その時……
突然、海が、まぶしい光を放った。
そして、すさまじい勢いで、海水の塊が、大野に襲いかかった。
それは、津波のようだったが、明らかに攻撃する意志を持っていた。
大野は、ひとたまりもなく、水に呑まれた。
水しぶきで、何も見えなくなったが……
しばらくすると、水の勢いは治まった。
「これは、いったい……」
波打ち際に、智美がずぶ濡れで、横たわっていた。
「智ちゃん!」
勝部と、絵里が駆け寄ると、智美は眼を開けた。
「怪我はないか、智ちゃん」
「おじいちゃん……」
岸から5メートルほどの海面に、大野が浮いていた。
両眼が飛び出し、背骨が妙な具合に折れ曲がり、死んでいるのは、明らかだった。
(……アーノンの怒りを買ったな。哀れな野郎だ)
アーノンは、恐るべき力を秘めていた。
(そうだよな、怒るさ、そりゃ)
勝部は思った。
(仲間が、殺されたんだもんな……)
「善さん、アーノンが……」
絵里は言った。
「なにか、言ってきたかい」
「さようなら、だって……」
「……そうか」
人間とアーノンが関わりを持つことは、もうない、そんな気がした。
人間は人間、アーノンはアーノンで、別々の道を行くのだ。
(助かったよ。ありがとな)
勝部は海に向かって呼びかけた。
そして、
「絵里ちゃん、片桐巡査を呼んでくれるか」
やがて年が明け、数カ月が経った。
「善さん、まだー?」
制服を着た絵里が、玄関から呼びかけた。
繁子は、勝部を急かして、
「ほら、あんた、早くしないと。式に遅れるよ」
「うーむ……なぜ今頃になって、ドイツから帰ってきた?」
「智ちゃんの晴れの舞台だよ」
「……どうも、納得いかん」
勝部はぶつぶつ言いながら、白ネクタイをしめた。
玄関の前では、白い車が、勝部を待っている。
運転席には、髪がやや薄くなった、高道がいた。
(完)
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!