敦美の死は、またたく間に村中の知るところとなった。
敦美のような若者が変死するというのは、この村始まって以来の、衝撃的な出来事だった。
その日の夜、敦美の通夜が執り行われ、片桐巡査が、警察の見解を村人に報告した。
「このたびはご愁傷様です」
集まった村人は、静まりかえって、片桐の言葉に耳を傾けた。
「えー、飯田敦美さんの死亡事案に関しましては……」
片桐は村人を動揺させないよう、慎重に言葉を選んで、説明しているようだった。
「とりあえず、死因は溺死で、事件性はないと思われます。現在、自殺と事故の両面から、捜査を進めております」
勝部は、なにかが妙だ、と感じていた。
あのとき、車道に停まっていたのは、敦美が普段から乗っていた車だった。
車をあんな所に乗り捨てて、自殺するやつがあるだろうか?
敦美は車をいったん降りたが、また乗るつもりだったのに違いない。
「どこかのヤツに殺された、ということはないんですか」
村人の一人が質問した。
「ない、と思われます。身体に外傷はなく、骨折もありません。それと、肺の中は海水でいっぱいで、間違いなくあの海で溺れて、亡くなられたものと思われます」
事件性がないとなると、警察はそれほど本気では動くまい。一体なにが敦美の身に起こったのか、うやむやのまま、終わってしまうかもしれない。
片桐の説明が終わろうというとき、勝部は、ふと、見慣れない顔に気づいた。
敦美と同じくらいの年の女で、隅のほうに立って、じっと正面を見据えている。
眼鏡をかけた、なかなかの美女だったが、この村の者ではなかった。
(誰だろう?)
勝部は、なにか不思議な、説明のつかない感覚を味わった。
(あとで声をかけてみるかな)
しかし、通夜振る舞いの席になると、その女はすでにいなかった。
そして、葬儀の翌日……
勝部は、何も手につかず、午前中から酒をあおってみるが酔いもせず、ただ、時間をもてあましていた。
敦美の両親の泣き崩れる姿が、眼に焼き付いて離れない。
誰を恨むわけにもいかないが、あまりに、理不尽といえば理不尽だった。
せめて、なぜ死ぬことになったのか、それだけでもはっきりさせてやりたい。
「あんた、飲んでるのかい」
繁子がいつの間にか近くにいた。
「……ふん」
「これだから、男ってやつは……」
「……」
「アッちゃんが泣くよ。情けないねえ」
その時、電話が鳴った。
繁子は電話に出ると、深刻な顔をして、
「あんた……電話。高道(たかみち)からだよ」
なんだって?
「オレオレ詐欺だろう。とっとと切っちまえ」
「馬鹿いうんじゃないよ。母親のあたしが、聞き間違うもんかね」
なに……本当なのか。
勝部はがばっと身を起こすと、受話器を受け取った。
太い声が聞こえてきた。
「……親父か?」
「ああ、そうだ。高道」
「ひさしぶりだな」
「ああ、ひさしぶりだ」
ひさしぶりの親子の会話は、ぎこちない。
「なんで急に電話してきた。飯でもおごってくれるのか」
「勘違いするな」
悪い父親だった、と思う。
息子の人生を、親の目線でしか見ようとしなかった。
結果、高道はこの家での居場所を失ったのだろう。大学を中退して、デザイナーとやらになるんだと言って、家を飛び出してしまった。
それ以来、ほとんど会っていない。
「敦美が死んだそうだな」
「ああ」
「妙なことに、首を突っ込むなよ」
電話は切れた。
それでも、心配してくれた、ということか。
(大人になったもんだ)
(つづく)
敦美のような若者が変死するというのは、この村始まって以来の、衝撃的な出来事だった。
その日の夜、敦美の通夜が執り行われ、片桐巡査が、警察の見解を村人に報告した。
「このたびはご愁傷様です」
集まった村人は、静まりかえって、片桐の言葉に耳を傾けた。
「えー、飯田敦美さんの死亡事案に関しましては……」
片桐は村人を動揺させないよう、慎重に言葉を選んで、説明しているようだった。
「とりあえず、死因は溺死で、事件性はないと思われます。現在、自殺と事故の両面から、捜査を進めております」
勝部は、なにかが妙だ、と感じていた。
あのとき、車道に停まっていたのは、敦美が普段から乗っていた車だった。
車をあんな所に乗り捨てて、自殺するやつがあるだろうか?
敦美は車をいったん降りたが、また乗るつもりだったのに違いない。
「どこかのヤツに殺された、ということはないんですか」
村人の一人が質問した。
「ない、と思われます。身体に外傷はなく、骨折もありません。それと、肺の中は海水でいっぱいで、間違いなくあの海で溺れて、亡くなられたものと思われます」
事件性がないとなると、警察はそれほど本気では動くまい。一体なにが敦美の身に起こったのか、うやむやのまま、終わってしまうかもしれない。
片桐の説明が終わろうというとき、勝部は、ふと、見慣れない顔に気づいた。
敦美と同じくらいの年の女で、隅のほうに立って、じっと正面を見据えている。
眼鏡をかけた、なかなかの美女だったが、この村の者ではなかった。
(誰だろう?)
勝部は、なにか不思議な、説明のつかない感覚を味わった。
(あとで声をかけてみるかな)
しかし、通夜振る舞いの席になると、その女はすでにいなかった。
そして、葬儀の翌日……
勝部は、何も手につかず、午前中から酒をあおってみるが酔いもせず、ただ、時間をもてあましていた。
敦美の両親の泣き崩れる姿が、眼に焼き付いて離れない。
誰を恨むわけにもいかないが、あまりに、理不尽といえば理不尽だった。
せめて、なぜ死ぬことになったのか、それだけでもはっきりさせてやりたい。
「あんた、飲んでるのかい」
繁子がいつの間にか近くにいた。
「……ふん」
「これだから、男ってやつは……」
「……」
「アッちゃんが泣くよ。情けないねえ」
その時、電話が鳴った。
繁子は電話に出ると、深刻な顔をして、
「あんた……電話。高道(たかみち)からだよ」
なんだって?
「オレオレ詐欺だろう。とっとと切っちまえ」
「馬鹿いうんじゃないよ。母親のあたしが、聞き間違うもんかね」
なに……本当なのか。
勝部はがばっと身を起こすと、受話器を受け取った。
太い声が聞こえてきた。
「……親父か?」
「ああ、そうだ。高道」
「ひさしぶりだな」
「ああ、ひさしぶりだ」
ひさしぶりの親子の会話は、ぎこちない。
「なんで急に電話してきた。飯でもおごってくれるのか」
「勘違いするな」
悪い父親だった、と思う。
息子の人生を、親の目線でしか見ようとしなかった。
結果、高道はこの家での居場所を失ったのだろう。大学を中退して、デザイナーとやらになるんだと言って、家を飛び出してしまった。
それ以来、ほとんど会っていない。
「敦美が死んだそうだな」
「ああ」
「妙なことに、首を突っ込むなよ」
電話は切れた。
それでも、心配してくれた、ということか。
(大人になったもんだ)
(つづく)