トロのエンジョイ! チャレンジライフ

「失敗するのが怖ければ、たぶん失敗するだろう」誰が言ったのか不明

連載小説「アーノンの海」第4回

2018-07-08 19:00:28 | 小説・アーノンの海
「た、た……たすかった……よ」
 うまく喋れない。思いのほか長く、冬の海に浸かっていたようだ。
 勝部は、不覚にも女に背負われて、岸にたどりついた。
 恥もなにもない。あやうく死ぬところだったのだ。
 それにしても、なんだったのだ。あれは。
 女は、海岸近くに停めてあった車まで勝部を運び、助手席に座らせた。
 勝部が小柄だとはいえ、驚くべき体力といえた。
 車の中は、暖房が効いていて、心地よかった。
 女は、自分は運転席に座った。
「あ…あんたの、車かい」
「そうです。暖かくしていれば、すぐ良くなると思います」
 女は、ポットに入った熱いお茶を、勝部に差し出した。
「これ……飲めますか?」
「あ、ああ……」
 身体が徐々に、回復していくのがわかった。

 30分ほど、そうしていただろうか。
「すまんな。あんたの車がびしょ濡れだ」
 勝部は、ようやくまともに話せるようになったが、それでもまだ、震えが止まらなかった。
「いいんですよ、そんなこと」
「あんた……アッちゃんの通夜に来てくれてたね」
「あ……はい」
「名前はなんていうんだい?」
「トモミって呼んでください」
「じゃあトモミさん、あんた、アッちゃんがなぜ死んだのか、なにか知ってるかね」
「アーノン……」
「なんだって?」
「アーノンが……現れたんです」
「なんだい、そのアーノンってのは」
「その前に、きちんと自己紹介させてください」
「ほえ?」
 思わず、間抜けな声が出ていた。
 トモミは、勝部の方に向き直り、頭を下げた。
「申し遅れました。私、勝部智美っていいます」
「え……おれと、同姓か」
「同姓というか、私、高道の娘です」
「は?」
 智美は、にっこり笑いかけた。
「はじめまして。おじいちゃん」

 おじいちゃん……?

 智美の運転する車は、勝部の家に向かっていた。
「本当にいいんですか?」
「あんたは命の恩人で、だいじな孫だ。車の中でなんて寝かせられないよ」
「……」
「この村にしばらくいるつもりなら、おれの家に泊まってくれ。大したもてなしは、出来ないが」
「ありがとう、おじいちゃん」
 自然と、口元がほころんでくる。
(おじいちゃん、か……)
 初めは驚いた。しかし、よく考えてみれば高道だって50歳近いのだ。娘がこれくらいの年になっていても、おかしくはない。
「ああ、その家だ」
 智美は車を停めた。

「まあ、高道の子が、こんなに綺麗になって……」
 繁子も大喜びだった。
「いま、お風呂の用意をしてるからね」
 なるほどな、と勝部は改めて思った。
 智美を初めて見たとき、何とも言えない、不思議な感覚があったのだ。
 血のつながり、というものは争えない。



(つづく)




コメント (6)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする