それから3日後の夜、勝部は敦美の家を訪ねた。
「よく来てくれたね、善さん」
敦美の父親の紀之(のりゆき)が、勝部を迎え入れた。
勝部は仏壇に手を合わせ、敦美のために祈った。
(ほんとうに、お別れなんだなあ、アッちゃん)
敦美がもういない、という実感が湧いてくると、涙がこみ上げてきた。
「なにやら、わけのわからん憶測も、あるようだが」
紀之が言った。
「それがわかったところで、敦美は帰ってこないからな。もう、交通事故にでも遭ったと思って、あきらめることにしたよ」
「そうか」
たったひとりの娘を亡くしたのだ。そんなに簡単に割り切れるものではないことは、勝部には痛いほどわかった。
「そういえば、昼間、敦美の友達が来てくれてね」
「ほう」
「眼鏡をかけた、頭の良さそうな、なかなかの美人だったよ」
「……」
通夜の席で見かけた、あの女だろうか?
敦美の家からの帰り道、勝部は、敦美の死体を見つけた場所へ立ち寄った。
誰かが、敦美のために花を供えてくれていた。
近くには、にわか仕立ての看板があり、「水難事故に注意!」とある。
(ここだったな)
何事もなかったように、波の音だけが響いていた。
敦美は、なぜ海で溺れたりしたのか。
海を身近に育った娘だ。海の恐ろしさも、よくわかっていたはずなのに……
(結局、わからんままか……)
勝部はため息をついた。そのまま、しばらく海を見ていたが、やがて、寒さがこたえてきた。
(ここにいても、仕方ないだろうな)
そう思って、帰ろうとしたとき……
沖のほうで、なにかが光った。
(ん?)
岸から10メートルほどの海面に、半径1メートルほどの、巨大な蛍のような光があった。
(なんだろう?)
勝部は、好奇心に駆られ、浜へ下りていった。
波打ち際までやって来ると、その光の中に、まるで映像のように、動くものがあった。
それは、一人の女の姿だった。
(まさか……)
間違いない。
死んだはずの敦美が、光の中に立っていた。
(夢を見てるのか……おれは)
あっけにとられて見ているうちに、痺れるような快感が、全身をつらぬいた。
勝部は、自分の足が少しずつ、前に進んでいることに気づかなかった。
光の中の敦美は、ゆっくりと、勝部に手をさしのべた。
(アッちゃん……)
勝部がその手を取ろうとした、その時、敦美の姿は消え、今度は2人の人間が、光の中から現れた。
それは若い頃の高道と、初めて見る女の姿だった。
(高道……!)
女は、赤ん坊を抱いていた。
勝部は、さらに近づこうとした……
「あぶない!」
腕をぐいと引かれ、我に返った。
光は消え失せていた。
勝部はゆっくりと、後ろを振り返った。
懐中電灯を持った誰かが、しっかりと勝部の腕をつかんでいた。
「しっかりしてください!」
闇に、浮かび上がっていたのは……眼鏡と、長い髪。
通夜で見かけた、あの女だった。
気がついてみると、胸のあたりまで、海水に浸かっていた。
(つづく)
「よく来てくれたね、善さん」
敦美の父親の紀之(のりゆき)が、勝部を迎え入れた。
勝部は仏壇に手を合わせ、敦美のために祈った。
(ほんとうに、お別れなんだなあ、アッちゃん)
敦美がもういない、という実感が湧いてくると、涙がこみ上げてきた。
「なにやら、わけのわからん憶測も、あるようだが」
紀之が言った。
「それがわかったところで、敦美は帰ってこないからな。もう、交通事故にでも遭ったと思って、あきらめることにしたよ」
「そうか」
たったひとりの娘を亡くしたのだ。そんなに簡単に割り切れるものではないことは、勝部には痛いほどわかった。
「そういえば、昼間、敦美の友達が来てくれてね」
「ほう」
「眼鏡をかけた、頭の良さそうな、なかなかの美人だったよ」
「……」
通夜の席で見かけた、あの女だろうか?
敦美の家からの帰り道、勝部は、敦美の死体を見つけた場所へ立ち寄った。
誰かが、敦美のために花を供えてくれていた。
近くには、にわか仕立ての看板があり、「水難事故に注意!」とある。
(ここだったな)
何事もなかったように、波の音だけが響いていた。
敦美は、なぜ海で溺れたりしたのか。
海を身近に育った娘だ。海の恐ろしさも、よくわかっていたはずなのに……
(結局、わからんままか……)
勝部はため息をついた。そのまま、しばらく海を見ていたが、やがて、寒さがこたえてきた。
(ここにいても、仕方ないだろうな)
そう思って、帰ろうとしたとき……
沖のほうで、なにかが光った。
(ん?)
岸から10メートルほどの海面に、半径1メートルほどの、巨大な蛍のような光があった。
(なんだろう?)
勝部は、好奇心に駆られ、浜へ下りていった。
波打ち際までやって来ると、その光の中に、まるで映像のように、動くものがあった。
それは、一人の女の姿だった。
(まさか……)
間違いない。
死んだはずの敦美が、光の中に立っていた。
(夢を見てるのか……おれは)
あっけにとられて見ているうちに、痺れるような快感が、全身をつらぬいた。
勝部は、自分の足が少しずつ、前に進んでいることに気づかなかった。
光の中の敦美は、ゆっくりと、勝部に手をさしのべた。
(アッちゃん……)
勝部がその手を取ろうとした、その時、敦美の姿は消え、今度は2人の人間が、光の中から現れた。
それは若い頃の高道と、初めて見る女の姿だった。
(高道……!)
女は、赤ん坊を抱いていた。
勝部は、さらに近づこうとした……
「あぶない!」
腕をぐいと引かれ、我に返った。
光は消え失せていた。
勝部はゆっくりと、後ろを振り返った。
懐中電灯を持った誰かが、しっかりと勝部の腕をつかんでいた。
「しっかりしてください!」
闇に、浮かび上がっていたのは……眼鏡と、長い髪。
通夜で見かけた、あの女だった。
気がついてみると、胸のあたりまで、海水に浸かっていた。
(つづく)