トロのエンジョイ! チャレンジライフ

「人生で重要なことはたった3つ。どれだけ愛したか。どれだけ優しかったか。どれだけ手放したか」ブッダ

連載小説「アーノンの海」最終回

2018-07-17 18:43:11 | 小説・アーノンの海
 勝部はジャンパーを脱ぎ捨て、拳を固めた。
「おやおや。何のつもりだい」
「お前のようないかれたヤツに、智ちゃんはやれん」
「力ずくで、ということか」
 勝部は、大野に向かって突進した。
 大野は、片手で軽く払いのけた。砂に叩きつけられ、勝部の全身に衝撃が走った。
「年寄りの冷や水だね」
 大野は、勝部の顎をつかみ、ひょいと持ち上げると、
「このまま海に投げ込んでやってもいいが、それは寒かろう」
 大野は、ポケットから注射器を取り出して、
「智美の祖父か。そのよしみで、苦痛なく逝かせてあげるよ」

「善さん!」

 大声で呼びかけたのは、絵里だった。
「ん? あのガキは」
 大野の手の力が、一瞬ゆるんだ。
 勝部は、強引に振りほどき、砂の上を後退った。
「絵里ちゃん! ここへ来てはだめだ!」
「善さん、逃げて! アーノンが……!」
 その時……
 突然、海が、まぶしい光を放った。
 そして、すさまじい勢いで、海水の塊が、大野に襲いかかった。
 それは、津波のようだったが、明らかに攻撃する意志を持っていた。
 大野は、ひとたまりもなく、水に呑まれた。

 水しぶきで、何も見えなくなったが……
 しばらくすると、水の勢いは治まった。
「これは、いったい……」
 波打ち際に、智美がずぶ濡れで、横たわっていた。
「智ちゃん!」
 勝部と、絵里が駆け寄ると、智美は眼を開けた。
「怪我はないか、智ちゃん」
「おじいちゃん……」
 岸から5メートルほどの海面に、大野が浮いていた。
 両眼が飛び出し、背骨が妙な具合に折れ曲がり、死んでいるのは、明らかだった。
(……アーノンの怒りを買ったな。哀れな野郎だ)
 アーノンは、恐るべき力を秘めていた。
(そうだよな、怒るさ、そりゃ)
 勝部は思った。
(仲間が、殺されたんだもんな……)

「善さん、アーノンが……」
 絵里は言った。
「なにか、言ってきたかい」
「さようなら、だって……」
「……そうか」
 人間とアーノンが関わりを持つことは、もうない、そんな気がした。
 人間は人間、アーノンはアーノンで、別々の道を行くのだ。
(助かったよ。ありがとな)
 勝部は海に向かって呼びかけた。
 そして、
「絵里ちゃん、片桐巡査を呼んでくれるか」

 やがて年が明け、数カ月が経った。

「善さん、まだー?」
 制服を着た絵里が、玄関から呼びかけた。
 繁子は、勝部を急かして、
「ほら、あんた、早くしないと。式に遅れるよ」
「うーむ……なぜ今頃になって、ドイツから帰ってきた?」
「智ちゃんの晴れの舞台だよ」
「……どうも、納得いかん」
 勝部はぶつぶつ言いながら、白ネクタイをしめた。
 玄関の前では、白い車が、勝部を待っている。
 運転席には、髪がやや薄くなった、高道がいた。




(完)


最後まで読んでいただき、ありがとうございました!



コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

連載小説「アーノンの海」第12回

2018-07-16 19:02:31 | 小説・アーノンの海
 智美が絵里を乗せて車を出してから、2時間が経過していた。
(遅いな)
 絵里の家でお茶でも飲んでいるのか、と思ったが、心配になってきた。
 と、その時、携帯が鳴った。
(お、智ちゃんからだ)
「もしもし」
 勝部は電話に出た。
「やあ」
 聞こえてきたのは、男の声だった。
 勝部は一瞬で、何かまずいことがあった、と理解した。
「……誰だ。お前は」
「お忘れかね。大野さ」
「どうして智ちゃんの携帯で電話してるんだ」
「智美はいま、電話が使えない状態でね」
「お前……まさか」
「面白いものを見せてやる。海岸まで来い。君がアーノンと出くわした場所に」
「命令口調だな」
「いやかね? 智美がどうなってもいいのか」
「なにっ!」
 勝部はジャンパーを羽織ると、外へ駆け出した。

 絵里は、突然、アーノンの激しい感情が、流れ込んできたのを感じた。
(これは……怒り)
 いままで経験したことのない、嵐のような、感情の波動だった。
(アーノンが、怒っている……!)

 勝部が、現場までたどり着くと、大野が海を背にして立っていた。
(ん? こりゃ、どういうことだ)
 それは確かに、大野の姿ではあったが、背筋はしゃんと伸び、足腰はしっかりと砂を踏んでおり、とても自分と同じくらいの老人には見えなかった。
(気のせいか? 身体つきも、ひと回りでかくなったような……)
 そして、そのすぐそばに、智美が横たわっていた。
(智ちゃん!)
 勝部は砂浜に降り、大野と対峙した。
「やあご苦労。ここまで来るだけでも大変か。年は取りたくないねえ」
「智ちゃんに何をした!」
「心配するな。眠っているだけさ」
 大野は、芝居がかった口調で、
「それはさておき……僕を見て、何か気づかないかね」
 勝部は、今度こそ真正面から、大野をにらみつけた。
 すると、異変に気づいた。
 髪の毛が、黒くフサフサとして、顔からはシワが消えている。
 そして何よりも違うのは、眼に宿る、若く、凶悪な光だった。
「まさか……お前」
「そのまさかさ」
 大野は、唇を歪めて笑った。
「僕は若返った。驚いたかい。僕は、アーノンを食ったのさ」
「げっ……」
「正確には、アーノンの生体から抽出したエキスを、静脈注射した。その結果がこれさ。それまでの僕は、ガンに冒された哀れな老人だったがね」
「そりゃ驚きだが、そんなことはこの際、どうでもいい。おれは智ちゃんを連れて帰る」
「そうはいかん。智美は、僕の妻となるのだからね」
 勝部は、自分の脚が震えているのに気づいた。
「この、イカレ野郎が……!」
「僕と智美の子が、新たな人類の歴史を作るだろう」

 絵里は家を飛び出し、海岸へと向かった。
 アーノンの怒りは、いまや、明確な殺意に変化していた。





(つづく)









コメント (6)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

連載小説「アーノンの海」第11回

2018-07-15 18:54:25 | 小説・アーノンの海
 勝部の家にて……
 勝部、智美、絵里、繁子の4人は、テーブルを囲んだ。
 テーブルには、スーパーで買ってきたお総菜や、繁子の作った料理が並べられた。
「さあさあ、始めよう」
「すいません……本当にいいんですか?」
「じいちゃんと孫の間で、なにを遠慮するかね。はい、智ちゃん、ビールだ」
 勝部はビールの缶を智美に渡した。
「絵里ちゃん、あんたはオレンジスプライトな」
「えー、あたしもビール飲みたい」
「だめだめ」
 勝部は、4人に飲み物が行き渡ると、
「まずは、アッちゃんのために黙祷を捧げよう」
 4人は手を合わせ、黙祷した。
「では、来年はいい年でありますように。乾杯!」
「かんぱーい!」
 4人は、杯を合わせた。

「智ちゃん、あんた、けっこういけるね」
「ふふっ、鍛えてますから」
「ふだん、誰と飲んでるんだい?」
「女の子ばっかりです」
「本当かい、そりゃ?」

「ねえ善さん、きいてよー」
 絵里は、オレンジスプライトだけで、酔った気分になったらしく、
「あたし、男を見る眼がないのかしら」
「んー? ボーイフレンドか」
「いたけど捨てられちゃったよ」
「そうか、男なんぞいくらでもいるんだ。焦るな焦るな」
「そーいえばさ、智美さん、彼氏はー?」
 智美は話を振られると、
「んふふ、実は、いるのよー」
 勝部は、
「……そうなのか?」
「いるけどね、私を置いてドイツに行っちゃって」
「ありゃま」
「いつ帰ってくるかわかんないから、もう、新しいの見つけちゃおうかなー」
 絵里は、オレンジスプライトの缶を突き出して、
「いえー、男運がないどうし、かんぱいっ!」

 宴たけなわも過ぎ、ペースダウンしてきた頃……

 外はすっかり暗くなっていた。
「智ちゃん、絵里ちゃん、一緒の部屋で寝てくれるか」
「はーい」
 繁子は、
「あんた、いいの? 絵里ちゃんまで……ご両親が心配するよ」
「大丈夫。帰りの車の中で、滝沢さんには連絡しといた」
「でも……」
「これから2人で、積もる話があるのさ。ガールズトークってやつだよ」

 翌朝……
「じゃあ、絵里ちゃんを送っていきます」
「よろしく頼むよ」
 絵里は車の中から、手を振って、
「善さん、繁子さん、ありがとう!」
 車は、絵里の家へと向かっていった。
(楽しかったな)
 これで、丸く収まった……のだろうか。

 絵里を下ろした帰り道、智美は運転しながら、
(おじいちゃんに今度、ご飯でも作ってあげようかな。だいぶ、お世話になっちゃったから)
 すると、携帯が鳴った。
(あれ。誰だろ?)
 智美は、車を左に寄せた。
「もしもし」
 突然、フロントガラスが突き破られ、何者かが、智美の首をわしづかみにした。
「うっ!」
 抵抗しようとしたとき、なにかの薬品の匂いのする布を、口に押しつけられた。
「……」
 眼がかすみ、意識がぐんぐん遠くなった。




(つづく)











コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

連載小説「アーノンの海」第10回

2018-07-14 15:28:53 | 小説・アーノンの海
「私、様子を見てきます!」
 智美は、絵里を追いかけて、出て行った。
 勝部は、大野をにらみつけた……つもりだった。
「あんた、いい年して、人の心というものがわからんのかね」
 勝部は言った。
「なにが? アーノンを殺したことが、ですか?」
 大野は、水槽を軽く叩くと、
「生態の説明を、したまでですがね。まあ、こいつは人間の脳に干渉できる。きわめて危険だが、中には、ある種のコミュニケーションが成り立つ人間もいるかもしれない。今の女の子が、そうなんでしょうね」
「……」
「しかし、アーノンを殺すのが残酷だというなら、ハエやゴキブリを殺すのは残酷ではないのですか。人間とは、歪んだセンチメンタリズムを持つものでしてね。ひどいのになると、それを自分の攻撃願望を正当化することに利用する場合だってある」
 学術的なことをまくし立てられると、どうにも反論できない。勝部は、自分に学がないことを恨んだ。
「……歪んでいるのは、あんた自身だろう」
「ほう?」
「その年になって、人から愛されたことも、人を愛したこともない。だからそうやって、理屈をこねまわして、心の空隙を埋めてるんだ」
「何がわかるというのだね、あなたに」
「あんたの話など、もう聴きたくない。ここでの用事は、もう終わりだ」
 勝部は部屋を出ると、後ろ手にドアを閉めた。

 平日の水族館は空いていた。3人は、ベンチに座っていた。
 絵里は、智美に肩を抱かれ、うつむいていた。
 勝部は無言で、どうしたものか、悩んでいた。
 やがて、智美が口を開いた。
「私……命というものを、軽く見ていました」
「……」
「私が……もっと早く、情報を提供していたら」
「……」
「敦美は、死なずにすんだかも……」
「それは違う」
 思いのほか、勝部は強い口調になっていた。
「あ……いや」
 勝部は言った。
「おれも驚いたよ。まさか、あそこまで研究が進んでいたとはな」
「……」
「だが、アッちゃんが死んだのは、不幸な偶然が重なっただけだ。あんたのせいじゃない」
「……」
「智ちゃん、あんたは、アーノンを守りたかったんだな。それで、アーノンについては、知っていることをすべて言わなかった。言っていたら、すぐにアーノンは全滅させられていただろうからな」
「おじいちゃん……」
「あんたは、おれの命を救ってくれた。服が台無しになるのにも構わず、冬の海に飛び込んでくれた。そんな人が、命を軽く見ているなど、おれは思わん」
「……」
「さあ、帰るとするか」
「おじいちゃん、ありがとう……」

 帰りの車の中……
「絵里ちゃん、大丈夫かい」
「うん……大丈夫だよ」
 智美は、
「やはり本当のことを、村の皆さんに、言うべきでしょうか」
「いや……村の連中には黙っていたほうがいい。アーノンの件はもう終わりにしたほうがいいだろうな」
「……」
「あとは、あの大野のような科学者の仕事だ。いけ好かないやつだが、有能なんだろうよ。きっとうまくやるだろう」
「……そうでしょうか」
「まあ、それはさておき、智ちゃん、帰りにちょっと、スーパーに寄ってくれないかね」
「え?」
「ちょっと早いが、忘年会をやろう」
 勝部は言った。




(つづく)










コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

連載小説「アーノンの海」第9回

2018-07-13 18:58:52 | 小説・アーノンの海
 智美の運転する車は、N市の郊外に着いた。
「N大学の海洋研究所……なるほどねえ」
「水族館のとなりにあるんだね。あとで水族館にも行こうよ」
 絵里は、子供のようにはしゃいでいた。
(なんか、孫がもう一人できたみたいだな)
 勝部も浮かれていて、智美がなんとなく沈んだ様子なのに気づかなかった。
 
 3人は、研究所のビルに入った。
 智美が、ドアの一つをノックした。
「はあーい」
 間延びした男の声が聞こえてきた。
「失礼します。勝部です」
「おー、智ちゃん」
 3人は部屋に入った。研究室というよりも、書類がたくさんある資料室、といった感じの部屋だった。
 パソコンに向かっていた白髪の男が、立ち上がった。
 一見すると、勝部と同じくらいの年齢のようだ。
「やあやあ、智ちゃん、こちらはボーイフレンドかい?」
 男は勝部の方を見て、そのあと絵里を見た。
「それと、こちらは娘さんかな?」
 絵里はむっとした表情を浮かべた。
「じょーだんだよ、いくらなんでもこんなシブ好みのわけないよね」
(くだらんことを言うやつだ)
 勝部も、イヤな印象を持った。
「智ちゃんのおじいさん、私は大野武(おおのたけし)といいます。よろしく~」
 大野が手を差し出してきて、勝部は形ばかり、その手を握った。

「さてと……用件は聞いてます。こちらへどうぞ」
 大野は別室へ続くドアを開けた。
 絵里のようすが、どこか変だった。気分でも悪いのだろうか、と勝部は思った。
「これを、ご覧ください」
 まず眼に入ってきたのは、大きな水槽だった。
 その中に、無数の、オタマジャクシのような、小魚のようなものが泳いでいた。
 いや、うごめいている、と言ったほうがよかった。
「百聞は一見にしかず、ですな」
 大野は水槽を軽く叩くと、
「これが、アーノンです」

「アーノン……これが、全部そうなんですか」
「そうとも言えます。しかし、それと同時に、これだけ集まって一つの個体でもあるのです」
「……」
「驚くべき、生命の形態だ」
 大野は、金魚をすくう時に使うような、小さな網を取り出した。
「泳ぐのは遅いので、採取するのは、比較的簡単です。これは、そちらの村とは別の海にて採取した個体です」
 大野は、網を水槽に入れて、いくらかのアーノンをすくい上げると、
「このように空気に触れても、死ぬことはありませんが……」
 水槽の近くに置かれていたガスコンロに、鍋が乗せられていた。
「このように、熱を加えるとすぐ死にます」
 大野はコンロに点火し、鍋の中にすくい上げたアーノンをぶちまけた。
 そのとたん、絵里が叫んだ。
「やめてーっ!」
 勝部と智美は、振り返った。
 絵里の顔は、涙と冷や汗でグショグショになっていた。
「ん……この子は?」
 大野は不思議そうに絵里を見た。
「ひどいよ……! なにも、火で焼かなくったって……」
 絵里は今にも倒れそうだった。
「大野さん、この子は、アーノンと交信できるんだ」
 勝部は言った。
 大野は、
「かわいそう、と思うのかね? じゃあ君は、フライドチキンを食べたことがないのか」
 絵里は部屋の外へと駆けだした。
「もう、やだ! 帰る!」
 勝部と智美は、呆然としていた。
「おやおや、感受性の強い子だ」
 大野は平然としていた。




(つづく)




コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする