いましがた、子供たち家族を見送りました。お嫁さんの実家に向かったのであります。昨年29日から、三人の子供が連れ合いと一緒にワタシ達の家に参集して、当家では史上最多、11名で年越しをしたのでありました。
ワタシが九州に住んでいた子供の時は、午前中に墓参りや掃除も済ませ、明るいうちにお風呂に入って夕方家族4人で5時頃から大晦日の御馳走を食べ始めました。年越しそばと、かまぼこやエビフライなど滅多にない料理が楽しみでありました。こたつに入ってみかんを食べ、紅白歌合戦を皆で観て、除夜の鐘を聞きながら「行く年くる年」まで起きていたのでした。
それから50年、もはや紅白歌合戦など誰も興味が無くなりました。知っている歌手はお爺さんおばあさんになったわずかな演歌歌手くらいで、あとは見たこともなく聞いたことも無いグループや若者たちばかり。韓国のメンバーもでていたようですが。
もはやテレビでも歌番組はほとんど姿を消し、若者はネットやスマホから音楽を見聴きする時代だそうです。演歌とか歌謡曲というジャンル自体がほぼ消滅しているのです。紅白というのは明らかに男女の差別を想起させるし、歌合戦をやる必然性もありません。もし、NHKが本気で「公共放送」に真面目に取り組む覚悟があるなら、力士の生命・健康を著しく害する前時代の体質の「大相撲」や紅白をやめる、という決断をする時だろうと思います。
以前は子供たちが絶対CHを握っていた「笑ってはいけない」という番組も見ていません。やったのかどうかも知りませんが。自分が好きなボクシング放送は別の部屋で一人で観たものですが今年は時間が前倒しになったらしく見損ねました。格闘技もブームが去ったのでしょう。
年越しそばだけは、今のところ毎年欠かさず頂いております。年末には「細く長く」というそばを食べる習慣は続けていくべきものの一つでありましょうが、それも8時頃には食べ終えてしまいます(このくだりは昨年も書いたような気がします💦)
40歳前後となった子供たちとはだらだら酒を飲み、酔っていい気持ちになる夜九時半には目を開けておれなくなります。家族の誰も0時を待たず「撤収」という静かな年越しでありました。
元旦の朝は、いつも通りの5時起き、早く寝れば早く目覚める、腹が減るということになりますから、家人や他のファミリーには関係なくコーヒーとパン、そしてブログ更新、篆刻印の補刻などをこなしてようやく起き出してきたみんなと「おせち料理」を広げてようやく御年始でありました。
しかし、正月2日となった今になるまで、とうとう口に出来なかったのが「お餅」であります。以前は必ず暮れからお正月には「お雑煮」が用意され、目覚めると「お餅は何個?」と聞かれるのが常でありました。それがもはやここ数年ぱったりと途絶えてしましました。家内と二人だけの生活の中で、食事の内容もずいぶん変わり、手間を掛けない、という基本的なコンセプトが優先されます。また、ワタシの血糖値上昇に伴って、体に悪いと敬遠するようになったのがお餅でありました。あぁー、お餅が食べたい。
好きな磯辺焼きもお汁粉も然り、お餅を食べないので神棚のお供えもいつの間にか「フェイク」の三段重ねになってしまいました。好きなのに食べられないのは苦痛でありますが、若い頃さんざん好き勝手に食べてきた報いであります。
そして無くなったものの最後がお金(笑)。年越し用に奮発したおせち、函館から取り寄せた蟹、焼き肉用に買った2㎏の和牛、ずいぶんと準備にお金をかけたのです。それでも足りぬとばかり、食い意地の張った次男がピザに「銀のさら」まで注文しました。その払いだけで3万円!!!。みんなワタシの家から出て行くお金であります。
また、世の中の常識にとらわれず、平均38歳くらいの大人の子供たちとその連れ合いに「お年玉」をいまだに配っております(笑)。一種の生前贈与と割り切って、ワタシにとってはなかなかの現金をポチ袋に入れて渡すのが恒例になっていて、(おそらく)子供たちはそれが目当てでお正月に集まって来るのではないかと思っております。だいぶワタシのお小遣いが消えていきました。
さきほど帰って行った長男家族が最後でみんな家から消え、いつもの家内と犬だけの日々が戻ってきます。こうしたことが、あと何年続くものか?そんなことを考えながら新年を迎え、そのうちこのワタシが消えていくのであります。