MARU にひかれて ~ ある Violin 弾きの雑感

“まる” は、思い出をたくさん残してくれた駄犬の名です。

密雲を貫く星の煌めき

2010-07-08 00:00:00 | 私の室内楽仲間たち

07/08 私の音楽仲間 (182) ~ 私の室内楽仲間たち (162)




      Beethoven『ラズモーフスキィ』第2番




         これまでの 『私の室内楽仲間たち』




 「この楽章のアイディアが生まれたのは、星を見つめながら、
天体のハーモニーを思い浮かべていたときだった。」

 弟子のチェルニ―に、Beethoven が語ったと言われる一節
です。 (信憑性の点では疑問が残りますが。)




 しかし、そこに散りばめられていたのは星ならぬ、創意工夫
と克己勉励の数々でした。 どの小節にも、新たに登場した
モティーフ
が埋め込まれているのです。

 最初は ViolinⅠだけがこれを奏でていますが、やがて他の
パートも唱和し始めます。

 この動機は大変短く、たった2つの音符からなっているから
こそ、他の要素との組み合わせが幅広く可能なのでしょう。
この単純さは、一体何なのでしょうか?



 そして、これを取り囲んでいるのが、「ロシアの主題」に由来
する動機の数々です。




 これらすべてのモティーフが、互いに呼び交わしています。
まさに "星々の織り成すハーモニー" ですね。

 そう言えば、これを書いているのは七夕の夕刻です、偶然にも。



    [譜例






 そしてこの音楽に、さらに深い奥行きを与えているものが
ありました。 で示した二つの線のことで、各パートの
歌い始めの音符を結んだものです。



 まず冒頭の青い線上では、各音符間の音程は完全4度
関係にあります。 この音程はとても純粋で、聞き取りやすい
上、周囲には邪魔な音の密雲がありません。

 また赤い線は "Si"、"La"、"Si" と、お隣り同士の近い音程
から成っています。 しかしその配置が "長度"、"短度"
という広い間隔なので、これも大変印象的です。



 この二つは、いずれも "特徴的な音程" の連続から成っ
ているので、バラバラの音としてではなく、「ひとまとまりの
イメージを頭の中で結びやすい」と言えるでしょう。

 あたかも、「星々を星座として把握する」ようにです。




 ところで作曲者の目論見では、これらのは "耳に
残りやすい音程" として、効果的に機能するはずでした。

 しかし実際には、その計算どおりにはなかなか聞こえて
くれません。 なぜでしょうか?

 それは、Beethoven は、この曲もやはり「ピアノを元にして
作曲した」と思われる反面、最終的には "複数の弦楽器
ための作品" となっているからです。




 楽器にはそれぞれ特質がありますね。 その中の一つに
"音の立ち上がり" があります。 この点では、弦楽器は
とてもピアノには敵いません。

 また長い音符を見れば、弦楽器奏者は "音の持続" の方
を意識します。 ほぼ反射的に。 危険な "白玉の音符" で、
発音のタイミングは、ただでさえがおろそかになりがちです。

 と言って、不自然に鋭いアクセントを加えたところで、作曲者
が望んだ "奥行きの深さ" は得られないでしょう。



 その上、個々の奏者が目にしているのはパート譜であり、
全体を把握しやすいスコア (総譜) ではありません。

 (本来は個々の奏者がスコアを研究すべきなのでしょう。 オーケストラ
音楽においても。)




 さらには、楽器間の "音量バランス" に対する、精密な
配慮も必要になってきます。




 「これらの難点が克服されない限り、作曲者の意図が正確に
伝わりにくい」と言えるのは、まことに残念な現象です。

 逆に言えば、「書かれた音符をそのまま正確に演奏しさえ
すれば、音楽は伝わるはずだ」と満足してしまう風潮が、昨今
は強過ぎるように思われるのですが…。



 またそもそも、「正確に」とは何を指すのでしょうか。

 音楽によっては、「音符は読めてもその意味が解らない場合」、
また「楽譜に書かれていない事の方が多い場合」すらあります。




 自分の音楽に、さらに深い奥行きを加えようと Beethoven が
試みた、独創的な手法。 それはヴェーベルンの管弦楽曲
に先立つこと百数十年前の、"点描" でした。

 作曲者の思い描いた光景は、"オーケストラの宇宙" とまでは
行かずとも、"四つの星々" の交わす "親密な語り合い" です。




 ところがこれに対して、私は "現場のしがらみ" などという、
まことに矮小な事象を持ち出してしまいました。



 それも七夕の夜に…。 外では雨が音を立てています。




 作曲者からは、またしても "抗議の電話" が来そうです…。




  (続く)




 音源はこれまでと同じものです。



ブダペスト弦楽四重奏団:1951年5月録音

バリリ四重奏団      :1956年録音

音源ページ




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