MARU にひかれて ~ ある Violin 弾きの雑感

“まる” は、思い出をたくさん残してくれた駄犬の名です。

永遠のテーマ

2010-06-26 00:00:00 | 私の室内楽仲間たち

06/26 私の音楽仲間 (174) ~ 私の室内楽仲間たち (154)



     ソルクスキィ歌劇「ボリス・ゴドノフ」
             (リース・ガドゥノー)




         これまでの 『私の室内楽仲間たち』




 序曲は、低音の木管楽器の歌から始まります。 どことなく
悲しげな調べです。  ゆったりとした4/4拍子ですが、これに
ホルン、低音弦が静かに加わります。



 すると、これまで沈黙していた Violin が突然、割って入ります。
その動きは、どことなく刺激的です。

 両者はしばらくの間、対立しながら共存します。 しかし音量が
突如アップしたかと思うと、拍子は3/4に変わります。 刺激的
だった弦楽器の動きは、今度は低音域で執拗、威圧的に鳴り
響きます。




 いつの間にか幕は開いており、居並ぶ民衆を前にして登場
するのは警察署長 (地方長官と訳す場合も)。 もちろん "権力側"
の象徴です。



 民衆は、「このみじめな暮らし…。 自分たちは孤児同然だ」
と、神に助けを求めます。

 しかしそれをよそに署長は、「バリースが帝位に着くように
クレムリン宮殿へ行って嘆願しろ。 さもないと、どんな目に
遭うか解っているだろうな!」と、上層部の命令をただ伝える
のでした。




 ここで私たちは、冒頭の調べが "虐げられた民衆の悲しみ" で
あったことに気付くのです。 いや、ロシアの方々なら、出だしの
節回しを聞いただけで、「これは自分たちのことだ」と解らない
はずがないでしょう。




 前回ご一緒に見てきた、「バリースの戴冠式の場面」、そして
それを讃える「民衆の歓呼」の歌に先だって、このような場面が
見られたのです。



 そこでは民衆が、

   「天上の太陽の、真紅の美しきに、

             栄光あれ、栄光あれ!」

と謳っていました。

 しかしこれは、強制された歓喜だったのです。




 こうしてバリースは帝位に着きますが、念願の即位を目前に
して、早くも彼は異様な不安に駆られます。

 それもそのはず。 ここに至るまで充分に描かれていたのが、
民衆と権力の対立」だったからです。

 作曲者、台本作者のムーソルクスキィによって。



 こうして物語は、バリースの破局へと突き進んでいきます。




 なおこの歌劇に関しては、一柳富美子 (ひとつやなぎ ふみこ)
氏の素晴らしい文章が手元にあるので、一部を抜粋し、掲載
させていただきます。 (ページの末尾をクリックしてください。)

 なお、このたびの "ソルクスキィ" の表記も、同氏の
FM放送での指摘によるものです。




 ところで、先ほど私は以下のように書きました。

 「ロシアの方々なら、出だしの節回しを聞いただけで、
"これは自分たちの悲しみ" だと解らないはずがない。」



 しかし、それが「歌劇全体において、どれほどの重要性を
担っているのか?」 その解釈は千差万別です。




 ここでは単に、作曲者による版以外にも、様々なものが存在
することだけに触れておきます。 以下はその一部です。

 よく話題になるのは、作曲者の "管弦楽編曲の稚拙さ" です。
しかし "サウンド" と共に全体の構成までが、「すっきりし過ぎた」
と感じられる例もあります。 特にラスト・シーンの選択には熟慮
が必要です。



 ・ 原典版 (全1幕7場 、1869年)

 ・ 作曲者による改訂版 (1872年)

 ・ リームスキィ=コールサコフ版 (1896年)

 ・ リームスキィ=コールサコフ版 (1908年)

 ・ ショスタコーヴィチ版 (1940年)




 音源です。



 [序曲、プロローグの冒頭

   Boris Godunov - Bolshoi - Full opera (1)





  (続く)




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      歌劇『ボリス・ゴドノフ (バリース・ガドゥノ―フ)』
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               いい加減な奴らめ
               伯爵へ敬意?
               滅多にない




《ボリス》の本質に迫る原典版を使用したタルコフスキー

        文・一柳富美子  (抜粋)


      ↓




《ボリス》の本質に迫る原典版を使用したタルコフスキー

        文・一柳富美子  (抜粋)




 作曲者が2つのオリジナル稿で主張したかったことは、
ズバリ、「為政者の孤独と民衆の無知」である。



 プロローグでは、「皇帝」の何たるかも知らぬ民衆たちが、
警吏の言いなりになってボリスに帝位につくように嘆願する。
その民衆は、自分たちの日々の糧のことしか頭になく、飢饉
が襲ってきたらたちまちポリスを見捨てて、得体の知れぬ偽
ドミトリー皇子に尻尾を振る。

 ボリスはというと、善良過ぎるがゆえに、権力者なら誰でも
少なからず犯すであろう罪の意識に必要以上に怯え、全ての
事件の黒幕である側近のシュイスキーの奸計にはまって絶命
する。

 そして決定稿のエピローグは、そんなボリスの苦悩をよそ
に、愚民どもが次の新しい皇帝にノコノコとついて行く姿を
嘆く予言者のラメントで幕となっている。