02/27 私の音楽仲間 (567) ~ 私の室内楽仲間たち (540)
自由に、繊細に
これまでの 『私の室内楽仲間たち』
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Beethoven の弦楽五重奏曲ハ長調 作品29
旋律美と構成美
より自由に
初期の不徹底?
自由に、繊細に
遊びは似合わない?
「トリオ (中間部) から戻ったときには、書かれた “繰り返し” は
省略する。」 …メヌエットやスケルツォ楽章での “常識” です。
「しかしテンポが速い上に、8小節しか無い。 本当に省略して
いいのか?」 …これも、よくある例です。
「さすがに、これは繰り返さないと印象が薄いのではないか?」
「いや、そのほうがあっさりしていていいよ。 繰り返すとクドイ。」
Beethoven の弦楽五重奏曲 ハ長調 Op.29 の第Ⅲ楽章、
“スケルツォとトリオ” も、そんな例でした。
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ここでは手始めに、同時期の作品を見てみましょう。 6つ
の弦楽四重奏曲、作品18の数曲です。
最初は “18-3” から、第Ⅲ楽章です。 全体は三つの部分に
分かれ、(1) “Allegro”、(2) “Minore”、(3) “Maggiore” の文字が
見られます。
(1) と (3) は同じ音楽で、それぞれは “長調”、“短調”、“長調”
から成っています。
実質的には “スケルツォとトリオ” ですが、そうは書いてない。
速い 3/4拍子が終始続きます。 途中でテンポが変わるわけ
ではありません。
譜例は、冒頭の “Allegro”。 最初の8小節間が繰り返されます。
次の “Minore” が終っても、この譜例へは戻りません。
そして、次の (3) “Maggiore” へ入るわけですが、音楽は、
最初の “Allegro” と同じ。 ここでも “繰り返し” があります。
ただし、記号で指示されているわけではない。 書き方が
違うのです。
↓
↑
9小節目からは音域が上がり、もう一度テーマが聞かれます。
同時に、元の低音域を Vn.Ⅱが担当しています。 Violin 2本
が1オクターヴで重なり、テーマを強調しているのです。
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次の譜例は、作品18-5 のメヌエット。 第Ⅱ楽章です。
主題の長さは12小節です。
↑
これは Vn.Ⅰのパート譜ですが、13小節目からは Viola
が、同じテーマを繰り返します。 1オクターヴ低い音域で。
やはり記号はありませんね。 その代わり、“2回目” に
変化を付けつつ、主題が繰り返されます。
同じような例は、後の『ラズモーフスキィ』第3番でも
見られます。 テーマの長さは8小節です。
この後は、全員が1オクターヴ下で、同じことを繰り返します。
繰り返し記号は無く、16小節が “延べ” で書かれています。
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さて、この3曲。 最初の8小節、または12小節を、
結果的に繰り返していることになりますね。
そこで貴方の解釈は、以下のどちらでしょうか?
「変化を付けるのが目的だから、必然的に
繰り返すことになっだけ。」
「いや、繰り返すのが主目的に決まってる
でしょ。 ついでに変化させたのさ。」
その結論次第では、今回の問題にも影響が及ぶでしょう。
「Beethoven は、最初の短い部分を、いつでも反復して
ほしいのか? あるいは場合によりけりか? それとも、
慣例に従い、二回目は繰り返してはいけないのか?」
作品18-4 にはハ短調のメヌエットがあり、型どおり、トリオ
から戻ります。 書かれた指示は、次のようなものだけです。
「二回目のメヌエットは、最初より速く。」
その際の “細かい繰り返し” については、やはり言及が無い。
「なぜ書いてくれないの…。 書かなくても当然だから?
だったら、それ、どっちさ? 繰り返すの? しないの?」
それとも、演奏者の自由に委ねたの? まさか…。
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中期の弦楽四重奏曲では、Beethoven が誤解の余地
なく、繰り返しについて指示している例も見られます。
一つは、『ラズモーフスキィ』第2番。
その第Ⅲ楽章は、二つの部分で出来ています。
“Allegretto” と “Maggiore”。 例によって、前者
は “Minore” (短調) です。
そして、ホ長調の “ロシアの歌”。
最初の音が、主音の “Mi” です。
↓
全体は次のとおり演奏するよう、指示されています。
“Allegretto” → “Maggiore” → “Allegretto” → “Maggiore” → “Allegretto”。
↑ ↑
その際、2回目と3回目の “Allegretto” では
以下の指示が、はっきり書いてあります。
“senza replica”。 「繰り返しは無し。」
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これと構造が似ているのが、『ハープ』の第Ⅲ楽章です。
(1) “Presto” → (2) “Piu presto quasi prestissimo”
→ (3) “Tempo Ⅰ” → (4) “Piu presto quasi prestissimo”
→ (5) “Tempo Ⅰ”。
“Tempo Ⅰ” (テンポ プリモ) は、ここでは “Presto”
の意味です。 調性はハ短調。
(2)、(4) は、さらに急速で、ハ長調の音楽です。
全体は、このように “延べ” で書かれており、「どこに戻るの
か?」…と、演奏中に神経を遣う必要がありません。 そのまま
楽譜を追っていけばいい。
しかし、内部に繰り返し記号が見られるのが、(1) と (3) です。
(1) の “Presto” は、短 (8小節)、長 (68小節)の、
二つの部分から出来ています。
繰り返しは、共に “あり” ですから、これを
【○ ○】で表わすことにします。
(3)は、前半の短い部分だけ、繰り返しが “あり”。
【○ ×】です。
(5)も、やはり【○ ×】ですが…。
○の部分は、8小節がフォルテ、続く8小節はピアノ。
ここだけは “延べ” で書いてあるのです!
この繊細な、Beethoven の表現…。
出来上がった楽譜を眺めるだけでは、
見過ごしてしまうかもしれません。
私の至らない説明だけでは、「理解不能。 曲の構成が
複雑に見えるぞ!」…と言われても、仕方ありません。
しかし、この『ハープ』の第Ⅲ楽章では、“よりスリムに”
…というのが、全体の基本的なアイディアのようです。
小節数の点でも、また強弱の音量を見ても。
楽章の終わり方は、pp の半終止。 短いフェルマータ
の後、すぐ終楽章が始まります。
この『ハープ』(Op.74) は、1809年の作品です。 1801年の
6曲(Op.18) とは、作風もかなり異なっていますね。
いずれにせよ、作曲者が “繰り返し” を、より厳密に指示
しているのが、お解りいただけるでしょう。 もちろん、誤解
を防ぐ必要もあったからでしょうが。
しかしさらに重要なのは、“作品の構造” との関連です。
形式から解き放たれた、“自由な構造”。 そこでは、繰り返し
の “有無” や“変化” が、作品の中心的な問題になっていった
と思われます。
彼の作品から、いつの間にか姿を消してしまった用語がある。
メヌエットだけでなく、トリオや、スケルツォでさえも…。
初期の作品では、それらの用語を使っていたのに。
その点では、この繰り返しの有無の問題も、初期の作品
では伝統に従い、慣用的に判断すべきかもしれません。
しかし、それだけでは片付かない問題が残ります。
前半が8小節しか無い…。
テンポが、前の時代とは比べ物にならないほど速い…。
後半の小節数が、圧倒的に多い。
これらを考えると、“前半8小節” が埋もれない
ように、うまくバランスを取る必要があるでしょう。
いざ、私たちが作品に取り組む際には。
「Beethoven なら、どうしたろうか?」
作曲者に成り変わり、必死に想像を巡らせながら考える。
少なくとも、伝統や慣用に縛られる必要は無いでしょう。
もっと自由に…。 Beethoven の度合いには近づけなくとも。
弦楽五重奏曲
[音源ページ]