MARU にひかれて ~ ある Violin 弾きの雑感

“まる” は、思い出をたくさん残してくれた駄犬の名です。

調材の妙味

2010-07-06 00:00:00 | 私の室内楽仲間たち

07/06 私の音楽仲間 (180) ~ 私の室内楽仲間たち (160)




      Beethoven『ラズモーフスキィ』第2番




         これまでの 『私の室内楽仲間たち』




    [譜例






 何度かご覧いただいた、『ラズモーフスキィ』四重奏曲第2番、
第Ⅰ楽章の冒頭です。

 ホ短調の響きで始まる、Beethoven の冷厳な世界。 しかし
実は、これもロシア民謡の讃歌 (ロシアの主題) に由来すること
を、前回ご一緒に見てきました。



 これを主題中のモティーフ (動機) で示すと、以下のとおりでした。



    [譜例






 その基になった動機は、次の四つです。

   [] 度、度跳躍し、元に戻るつの音。

   [] 音階。 (基本的に) つの音から成る。

   [] 音階で上下し、元の音に帰るつの音。

   [] 3度の幅で動くつの音。



    [譜例





 これらは、Viola が歌い始める「ロシアの歌」から採られて
いました。 それは第Ⅲ楽章が始まって、しばらく経ってから
でないと現われません。



 これは Viola のためにアルト譜表で書かれており、慣れないと読みづらい
かもしれません。 最初の二つの音は "Mi"、"Si" です。 ("Re"、"La" では
ありません。) この "Mi" は、左下に小さく書かれた高さの音符で、ト音譜表
では "第一線上" の "Mi" です。


        関連記事 (84) 『アルト譜表に親しむ




 帝政ロシアの旅を終え、やっと Beethoven の世界に戻った
ものの、またしても道草してしまいました。 Ⅲ、Ⅳに始まり、
やっと第Ⅰ楽章に辿り着いたところです。



 それでは、同じ第楽章のもう一つの主題は、一体どの
ように登場しているのでしょうか?



    [譜例





 チェロと ViolinⅠが、何やら対話をしているようです。
Viola、Vn.Ⅱが、その間で細かく動いていますね。

 「ロシアの主題」などは、どこにも見当りません。



 では、これにちょっと手を加えてみましょう。




 ここではの文字は、敢えて書いてありません。
それぞれの色は、単に "音程の幅" を示すものとしてご覧
ください。



 これらの音程の配置に注目してみましょう。 半音、全音、
3度と拡がり、そして4度が現われたところで、音符も長く
なります。

 「偶然そうなった」とは、私にはどうしても想像できません。
16分音符の細かい動きでさえ、「ただの伴奏形に過ぎない」
と言ってしまうには、あまりにも畏れ多いのです。



    [譜例





 38小節目では、それまでなりを潜めていたが伸びやかに
歌い出します。 そして次の小節で確立する、ト長調の世界!
の拡がりと相俟って、極めて感動的な瞬間ではないでしょうか。



 また35、36小節のチェロと Vn.Ⅰには、の、「3度の幅
動く2つの音」が隣り合っています。

 チェロは3度を、「1小節の中で4回連続して弾いている」
のですが、譜面が小さくてちょっと見にくいかもしれません。




 このように重要な "場面転換" においても、Beethoven は
音程、あるいは動機の素材を、巧みに使い分けていること
が解ります。





 いよいよ第楽章の冒頭です。 最初の8小節間は、
Vn.Ⅰの歌が基本となっています。



    [譜例





 ところが Vn.Ⅰのパートを追いかけてみても、
「ロシアの主題」との関連はあまり見当りません。

 「最初の4つの音符の動きが重要だ」という
ことは解るのですが。



 これにも、ちょっと手を入れてみましょう。




 Vn.Ⅰの最初の重要な動き以外にも、幾つかが見えて
きました。 ちょっとしたレントゲン撮影です。

 目立つのはBの音階ですが、しかし、「長いメロディー
ラインを成すほど重要だ」などとは、とても言えません。



 一方ですが、これは3小節目で Viola とチェロに
現われます。 そう言えば、後から登場するチェロは、
Viola の動きを模倣しているようにも見えます。

 チェロは、冒頭の Vn.Ⅱのすぐ後でも、同じ動きを
しています。



    [譜例




 この楽章、"主旋律" が Vn.Ⅰにあるとは言え、パート
ごとの直線的、平面的な攻略法だけでは充分ではない
のかもしれません。



 問題は尽きません。 3度の動きはあるでしょうか?

 見当りませんね。 在るには在っても、役割が重要と
言えるものは、ここでは皆無なのです。




 さらに私にとって難問が立ちはだかります。

 「 (3つの音符) 箇所、 (部分) 回現われている」
…などと、私は前回の終わりに申し上げましたが、それは
正しかったでしょうか!?

 いや、も、も、現われるのは箇所だけです。

 特に Viola の1回目は、「主張するよりはチェロに溶け込む」
ように心掛けた方がいいでしょう。 目立ってはいけません。




 どうやらレントゲン撮影だけでは歯が立たないようです…。



  (続く)




 音源はこれまでと同じものです。



ブダペスト弦楽四重奏団:1951年5月録音

バリリ四重奏団      :1956年録音

音源ページ




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