06/28 私の音楽仲間 (175) ~ 私の室内楽仲間たち (155)
ムーソルクスキィの歌劇「ボリス・ゴドノフ」
(バリース・ガドゥノーフ)
これまでの 『私の室内楽仲間たち』
ボリス・ゴドゥノフ (バリース・ガドゥノーフ) は実在した人物です。
またムーソルクスキィの歌劇も、年代的史実に関しては、
かなり忠実に書かれています。
バリースの在位は1598年-1605年でしたが、彼は実際に
急死しています。 後を継いだのは、その長男フョードル
Ⅱ世でした。
しかしその在位は僅か二ヶ月で、ドミートリィを名乗る
偽物がポーランドから入城した際に、逮捕、処刑されて
しまいます。 僅か16才でした。 もちろん "偽ドミートリィ"
の命令です。
では、この簒奪者の方はどうかと言えば、在位は一年足らず
です。 こちらは、不満を抱いた反乱勢力によって殺されたの
でした。
そもそも本物の皇太子のドミートリィⅠ世は、1591年に事故
で亡くなっていました。 「帝位に着こうとして、バリースが彼を
殺した」という説は、実際は根拠が無いことが今日では明らか
になっています。
ではこの偽ドミートリィは、どのようにして、モスクヴァ入城を
果したのでしょうか。
彼を擁立して蜂起したのは、寄せ集めの軍勢でした。 主力
はポーランド軍でしたが、これに加わったのは様々なロシア
人たちです。
それはバリースの統治する皇帝政府に対して、不満を抱く
雑多な勢力で、コザック、逃亡を余儀なくされた農民、そして
農奴以下の存在であったハロープ (奴隷に近い最低の身分)
たちから成っていました。
彼らは「農奴制の重圧から解放されたい」と望むあまり、この
ドミートリィを "本物" だと、当初は信じるほか無かったのです。
これ以前にも、蜂起してモスクヴァへ押し寄せた反乱軍が、
無かったわけではありません。
そして、彼らを何とか撃退した皇帝勢力は、新たな反乱軍に
対しても、最初は優勢を保っていました。 バリースに対する
この蜂起も鎮圧されるかに見えました。
ところがまことに皮肉なことに、新たな風向きが、反乱軍
の味方をすることになりました。 皇帝バリースが急死して
しまったのです。
その息子のフョードルⅡ世が即位したものの、"バリースの
家系の正当性" を、もはや主張できなくなったロシア貴族たち
は、相次いで簒奪者に忠誠を表明することになりました。
"反乱勢力に対する忠誠" で、もちろん自己保身のためです。
しかし、これら下層の民衆を背後から利用していたのが、
ポーランドの貴族たちでした。
彼らには、「ロシアの下層階級を救う」ことなど、まったく
念頭に無く、もちろん "ロシア征服" を企んでいたのです。
一方、"偽ドミートリィ" は、ポーランド貴族の後押しを受けて
いたのですから、当然彼らの意向を汲まねばなりません。
やがて発布された法令の数々に失望したのは、ロシアの
下層階級の民衆でした。
「自分たちの立場はまったく改善されていない…!」
期待を裏切られた失望感と、高まる不満…!
そして今度はこれを逆用したのが、ロシアの貴族の上層部
です。 簒奪者に誓った忠誠を、再び翻したのです。
この偽ドミートリィは、新たな反乱勢力によって殺害される
ことになり、ここで帝位に着いたのは、ヴァシーリィⅣ世で
した。 彼こそは、歌劇の中でも黒幕として登場する、シュィ
スキィ侯爵です。 実に二度、三度と寝返った末に、とうとう
帝位に着いたのでした。
しかし彼もまた、安定的な治世には恵まれませんでした。
内憂外患の憂き目に遭い、国力を増加させることは出来な
かったのです。
ここまでご一緒に読んでみると、「何だ、これは!? いつも同じ
ことの繰り返しじゃないか!」と思ってしまいますよね? 私
ならずとも。
バリースも無力なら、息子のフョードルⅡ世も若くして惨殺され、
そして、簒奪者の偽ドミートリィも短命。
また、その何年も前に "バリースの即位" を民衆に押し付けた
シュィスキィ公でさえ、時代の流れに抗することは出来ません
でした。
結果として、皇帝も、貴族も、時代や趨勢に抵抗して勝利を
収めるのは不可能でした。
そしてここでは、民衆は期待を抱いた揚句、いつも敗北感に
打ちひしがれる…。
ところで、もしこれらの為政者、上層の指導階級だけでなく、
軍の最前線に位置する、司令官のような立場を加えたら…。
何だか、『戦争と平和』を読んでいるような気がしませんか?
トルストィの。
この大作では、上層階級の業績、功績を積極的に評価、肯定
するような筆致は、決して見当りません。
それでは、歌劇『バリース・ガドゥノーフ』の作曲者ムーソルク
スキィは、自身、どのような産まれで、どんなきっかけ、どんな
意識で、この歌劇を作曲したのでしょうか?
(続く)
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