MARU にひかれて ~ ある Violin 弾きの雑感

“まる” は、思い出をたくさん残してくれた駄犬の名です。

Beethoven が "変" 曲 ?

2010-07-03 01:27:10 | 私の室内楽仲間たち

07/03 私の音楽仲間 (177) ~ 私の室内楽仲間たち (157)




     (153)~(156)

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               下層に生きた作曲者



      Beethoven『ラズモーフスキィ』第2番




         これまでの 『私の室内楽仲間たち』




   続く第Ⅲ楽章は、A : "Allegretto" と、 B : "Maggiore" の二つの
  部分から出来ています。 実質的にAは Scherzo、Bは Trio に当り、
  これが "ABABA" のように繰り返されます。

   Aの部分はホ短調 (Mi-Minore) で、Bの "Maggiore" (長調) とは
  明確な対比を成しています。

   このBの部分に差し掛かり、ホ長調の新しい主題を歌い始めるのが
  Viola です。 … これは、"Theme russe"、つまり "ロシアの主題"
  と記されています。



 これは何度かご覧いただいた一節で、曲は『ラズモーフスキィ』
第2番です。



 数十年後の帝政ロシアにワープした後は、再び Beethoven
の弦楽四重奏曲で、舞台は1806年のヴィーンです。

 はるばるロシアまでご一緒に出かけたきっかけは、この
「ロシアの主題」でした。 元々はロシア民謡の讃歌で、
これを歌劇「ボリス・ゴドノフ」 (リース・ガドゥノー) の中
で、ム―ソルクスキィが 1869年になって用いたのでした。




 ここでそのロシア民謡を、もう一度見てみましょう。
"原曲" の、『神を讃える歌』です。


    [譜例



     わ が 全 能 の た- か き かみ に さ か ー え あーれ!

 「我が全能の高き神に栄えあれ!」




 この主題を、Beethoven は次のように用いています。


    [譜例





 これは Viola のためにアルト譜表で書かれており、慣れないと読みづらい
かもしれません。 最初の二つの音は "Mi"、"Si" です。 ("Re"、"La" では
ありません。) この "Mi" は、左下に小さく書かれた高さの音符で、ト音譜表
では "第一線上" の "Mi" です。


        関連記事 (84) 『アルト譜表に親しむ




 ところで、"Mi"、"Si" に続く次の小節は、①の民謡とは、
形に若干差がありますね。 音階を段昇るか、段昇る
かの違いです。

 Beethoven が編曲してしまったのでしょうか? どうも
そうではないようなのです。




    [譜例

      ↓                       ↓




 これは『バリース・ガドゥノーフ』の中で、この讃歌が最初に
登場する場面の、合唱パートです。 6小節から成る歌が、
2回繰り返されています。

 この "音階の小節" だけに注目すると、前半では「ド ド レ 」と
"1段" ですが、後半では「ドレミ ミ 」と "2段" 昇っています。
先ほどご覧いただいた、① 《民謡の譜例》は "1段だけ" です。



 ちなみに、[譜例①]の讃歌は、私の手元にあった『ロシア
民謡集』からで、これはドイツで出版されたものです。 もしか
すると、「前半の部分に酷似しているので、後半は印刷の際
に省略されてしまった」のかもしれません。

 16行ある歌詞をよく見てみると、「2行 × 8」、つまり「8番まで
ある」と考えると、よく納得できるのです。 (この事情に詳しい方は、
ぜひご教示ください。
)




 ム―ソルクスキィが歌劇のこの部分で付けた歌詞は、逐語訳
だと以下のとおりで、太字部分が "音階の小節" です。



 「天上の太陽の、真紅の美しきに、栄光あれ、栄光あれ!」
                                (前半)
 「栄光あれ、ロシア皇帝バリースに、栄光あれ!」 (後半)

 以後、この主題は何度も現われ、「ド ド レ 」、「ドレミ ミ 」
のどちらかが、単語の抑揚、音節数に相応しい形で用いら
れます。 場合によっては「ド ドレミ 」となることもあります。




 また同じ民謡を扱った、リームスキィ=コールサコフ
3つのロシアの歌 (主題) による序曲 作品28』 (1866年
作曲・初演、1879~1880年改訂)や、歌劇『皇帝の花嫁』
(1898年/1899年初演) では、この "問題の小節" に関して
は「ドレミ ミ 」の形だけが使われています。

 何度出てきても。




 再び弦楽四重奏曲に戻ります。



    [譜例





 この主題はまず Viola に登場し、次いで、ViolinⅡ、そして
チェロ、ViolinⅠと順番に引き継がれます。



 これは第Ⅲ楽章の "中間部" になってからの話でしたが、
Beethoven はこの素材を、どのように用いたのでしょうか?




  (続く)






 音源はこれまでと同じものです。



ブダペスト弦楽四重奏団:1951年5月録音

バリリ四重奏団      :1956年録音

音源ページ




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