10/30 私の音楽仲間 (111) ~ Mozart の 『不協和音』 (4)
重力と反発力で跳~ねる
私の室内楽仲間たち (91)
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「"スピカーレ (spiccare)" が "跳躍する" 意味だというの
はわかる。 だが弦を叩いたら、汚い音しか出ないのでは
ないか?」
「だから、一音一音、弓を弦に "腕で置いたり離したり"
する必要があるのでは? 自分はそう教わってきた…。」
弦楽器奏者の中には、このような疑問をお持ちの方も
多いことでしょう。 前回はここで終わりました。
古い話ですが、かつて森正 (もりただし) という指揮者がおられ
ました。 「モリショウ」と呼ばれて親しまれ、駆け出しの頃の私
などは、諦め半分の苦笑いを浮かべられながら先生に叱られ
たという、懐かしい思い出があります。
その "モリショウ" 先生がよく口にされた言葉に、"叩き" が
あります。
「弦の人たちね、そこはいわゆる "叩き" でやってちょうだい
よ。 ページ、捲ったところはテンポ速いから、半跳ばしでね。
でもⅡ楽章の八分音符はゆっくりだから、長い弾き気味の
ヤツだ。 あ、置いてもいいかな…?」などと、同じスピカート
(跳ばし弓) でも、奏法を細かく区別するように指摘されました。
ちなみにこの方はフルート出身です。
話は突然変わりますが、"鞠(まり) つき" をご存知ですよね?
高級なところでは、バスケットボールも同じです。
「ボールはなぜ弾むのか?」 当たり前のことなので、私も
改めて考えることは、あまりありませんが…。
まず上からボールを落とします。 時には勢いよく、下向き
の力を加えながら。 しかしボールが跳ね上がってきたら、
今度は上向きの力を出来るだけ邪魔しないようにします。
結果的に、高く上がれば上がるほど、ボールは再び勢いよく
地面を叩きます。 重力と、ボールの反発力とをタイミングよく
利用すれば、ボールを意識的に持ちあげようとしなくても済む
わけです。 逆にタイミングが悪ければボールは失速し、高く
上がってはくれません。
"位置エネルギー" などという言葉が浮かんできますね。
跳躍(↑) と落下(↓) を、うまく循環させればいいのです。
今度はティムパニや小太鼓です。 ゆっくりと、でも規則的に
叩く場合は、タイミングとコントロールが重要です。 しかし原理
は鞠つきと同じで、バチが落ちてくる力をうまく利用しなければ
なりません。
と言って、下向きの力をいつも加えたままでは、バチは自然
に弾んではくれません。 力がうまく解放されないので、運動の
効率が悪くなります。 結果として、太鼓の皮はバチに押さえ
つけられたままになり、いい音もしません。 バチが上へ向か
おうとする瞬間には、手の力は抜けていなければならないの
です。
また連打など、細かい音符が多くなると、振幅 (高さ) は概して
狭まります ("p" の場合)。 そして、エネルギーも同時に減らす
ようにしないと、頻繁な反復運動は無理になり、軽い音はして
くれません。
もはや、バチが半ば自動的に運動を繰り返してくれるように、
うまく任せなければならなくなります。 "腕で置いたり離したり"
は、たとえ試みたとしても、おそらく不可能なはずです。
反発力なら弦楽器にもあります。 弓と弦、それぞれの
反発力を利用しない手はありません。
目標は、運動を効率的に継続させることです。
それがうまく行かない場合、つまり運動が継続せず、音が
汚くなるとすれば、原因は別に存在します。 原因は、実は
"在り過ぎるほど在る" ので、ここではあまり深入りしないよう
にしたいのですが…。
① 弦と弓の角度が悪い
② "音符の長短" と弓の位置 (先~元) の相性が悪い
③ 駒からの距離が近過ぎる
④ 上へ跳びたい弓を、腕 (の位置、重さ) が邪魔している
(特に "ダウン" を弾いた後)
⑤ (Violin、Viola で) 楽器の先端が下がり過ぎている
このうち、もっとも重要なのは①でしょう。 "弦の振動方向"
と "弓の運動方向" にズレがあれば、音も、運動の効率も
悪くなります。 大半はここに原因があります。
また弓は着地しにくく、座りが悪くなるので、軟着陸のため
には過剰な労力を要します。 さらに反発力も充分ではない
ので、意識して弓を持ち上げなければならなくなります。
② 大まかに言って、弓先は短い叩きに、弓元は長めで
弾きぎみのスピカートに適します。 「先が使えるかどうか」
は、①や④とも関係します。
これは常に変わらない原理なので、たとえ「現時点では
やりにくい」としても、いつか突破口を開くようにしなければ
なりません。
③ スピカートは (持続)エネルギーが少ないので、駒から
かなり離れた、(弦の) 張力の少ない場所を使わなければ
なりません。 たとえ "f" の叩きでも! 「最初の衝撃が
ほぼすべて」である点では、ピツィカートに似ています。
長い音は、"P" でも駒のそばの方がいい場合があります
が、逆に頻繁に弓を反復させる際には、"f" でも、ある程度
指板側を狙った方がいいものです。 弦の摩擦抵抗を少なく
するためで、"叩き" も、広い意味では "反復"の一種です。
張力の強い "駒の傍" を狙ったままスピカートをやろうと
しても、良い音はまず出ません。 圧力不足でキーキー
言うばかりです。 ちょうどトランポリンの縁の部分に着地
するのと同じで、反発力も充分得られません。 その結果、
奏法に矛盾を抱えたまま、楽器など、道具に責任を転嫁
することにもなりかねません。
④は、『"上弦の月" 奏法』と深く関係してきます。
私が勝手にそう名付けているだけなので、機会があれば、
またいずれ…。
⑤は①とも関係があります。
また先端が下がり過ぎると、受け皿が指板側に傾いて
いるので、弓の着地が難しく、また弦の鉛直方向(↑) の
反発力も、ますます不充分になります。
以上の諸条件が整えば理想的なのですが、なかなかそうは
行きません。 「置いたり離したり」に神経を遣うことがあっても、
ある程度やむを得ないでしょう。
「叩いてもいいが、最初の一音だけは、弦の上に置いてから
スタートしろ」という教えもあります。 いわば "折衷案"で、私も
一時守っていたことがあります。 しかしこれでは最初の音だけ
性格が異なってしまいます。
私の場合ですが、スピカートに限らず bowing (弓使い) 全体を
改善するためには、楽器の構え方自体を根本的に変える必要
に迫られました。 俗に "右手のテクニック" と言う言葉があり
ますが、突き詰めれば「"身体全体のバランス" 次第」であると
考えられます。
右手も左手も、単独では非常に不器用なもので、個別の改善
を目指すとすれば、膨大な時間と辛い練習を重ねなければなり
ません。 「Violin は幼少から始めなければ "モノにならない"」
と言われてしまう所以です。
こういう話題、この場では難しいですね…。 行きがかり上、
細かい事柄まで書いてしまいましたが、「そういう問題がある
のか」程度にお考えいただくだけで充分です。
最後にただ一言。
「叩いてもうまくいかないから、叩くのは間違いだ!」
とは言えないことだけ、強調しておきたいと思います。
「う―さぎ うさぎ、何見て跳ねる?」
「十五夜お月さま、見て跳~~ね~る…。」
せっかくそんな無邪気な歌を聞いたとしても、今後は
どうも雑念が入ってしまいそうです。
「もしお月さまにウサギが居れば、重力は 1/6 だから、
反発力は? と…。」
「月が上弦のときは、ウサギはどこにいるのかな。
あ、いつもこっち、向いてるんだっけ。」
「餅ツキや鞠ツキは出来ても、音楽は聞こえないな…。
空気が無いもんね。」
「悪棒狽汚鈴が駄目なら、しょうがない…。 でも、
弓は重くしなきゃいけないのかな…?」
(この項終わり)
「悪棒狽汚鈴?」
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弦楽器の Bowing を巡って
『どうやって跳ねる?』
『重力と反発力で跳~ねる』
『身体の動きが音になる』
『Bowing は足腰から?』
『上下のステップ』
『優雅な軟着陸』
『頬っぺが痒い…』
「悪棒狽汚鈴?」
↓
悪棒 = あく + スティック
狽汚鈴 = ばい + お + りん
"アクースティック・ヴァイオリン" "acoustic violin"