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MARU にひかれて ~ ある Violin 弾きの雑感

“まる” は、思い出をたくさん残してくれた駄犬の名です。

シンバルなら顔を挟む?

2011-08-04 00:00:00 | 私のオケ仲間たち

08/04 私の音楽仲間 (293) ~

         私のオーケストラ仲間たち (26)




          シンバルなら顔を挟む?



         カテゴリー 『私のオケ仲間たち』




 先日は、『"ブルックナー" なら Viola ?という記事を
お読みいただきました。



 これ、「ブルックナーの曲を弾くなら、Viola に限る」…という
意識が私にあるからなんです。 ただし、Violin と Viola しか
弾けない私からの、一方的な見解ですが。

 ブルックナーと言えば、交響曲作家ですね。 オーケストラの
中低音域を司る Viola には、瞑想的で美しいメロディーが頻繁
に書かれているのです。




 ところで、彼の用いる技法で目立つのは、ヴァーグナ風の
和声展開。 パート譜には臨時記号で埋め尽くされる箇所も
あり、何調のパッセジなのか、一見しただけでは解りません。

 その上、彼はオルガンの名手。 右手は白鍵、黒鍵の別
なく、自由に駆け巡ります。

 きっと、そんな意識で書かれたに違いない、Violin の皆さん
のパート。 本当にご苦労様です。 加線が何本も書かれた
高い音域で、#や♭がひしめいているのですから。



 でも、たまに現われる、全音符の連続。 「しめた、左手
が易しいぞ!」…と喜んだのも束の間。 よく見ると、どの
音符の上にも "ヒゲが3本"。

 そう、トレモロなのです。 右手を頻繁に、細かく動かさね
ばなりません (正確には、主に指先ですが)。 時には、一小節に
20~30回も。 これ、弦楽器奏者には嫌われることが多い
ようです。

 そして、Violin のトレモロをバックに、悠然と歌い続ける
Viola やチェロ。 この時ばかりは、「Violin の皆さん、本当
に申しわけありません…」の一言です。



 …こういう事情があるからか、「Violin奏者としてブルックナー
を好きな方」は、そう多くないでしょう。



 しかし、以下のように発言した方も、かつておられました。

 「自分が森の中の一本の木になったような気がした。」

 昔々あるところで、BRUCKNER を一緒に演奏した学生
さんの言葉です。 Violin の達者な方でした。

 この至言、何十年経っても私の記憶からは決して消えま
せん。 鳴っている音楽の全体を聴き、味わわないと、こう
いうことは、なかなか言えませんね。




 ちなみに、やはり「ブルックナーに冷遇された」…と感じる
オーケストラ奏者には、ほかにフルート、ファゴット、コントラ
バス奏者がいるようです。

 とりわけ、シンバル奏者。 この楽器は、「どの版を用いる
か?」…という観点からも、しばしば問題になります。




 …ね? こう見て来ると、なぜ「Viola に限る」のか、お解りでしょ?

 高音域、低音域の色々なパートの音がよく聞えて、音楽全体を
味わえる。 その上、たまに "泣かせるメロディー" が出て来るの
ですから!




 では、ブルックナーと比較されることの多い、マーラーでは?


 Violin と Viola を比べただけでは、「特に大きな差は無い」…
というのが私の考えです。 忙しさは、両方ともそれほど変わり
ませんし。 ただ、超高音の目立つのは、やはり Violinさんの方
でしょう。



 ただし例外もあります。 「Viola がシビれてしまう」…ような。

 "辞世の歌" とも言われる、第9番の最後。 中低音の長い
"A" で終ります。 身が震えるような緊張感を煽る、静寂の
中で弾き始める。 文字どおり、弓が震える場合も…。

 また未完の第10番の第Ⅰ楽章では、やはり静寂が支配する
中で、高音の "F" を決然とフォルテで鳴らさねばなりません。
あの、ショスタコーヴィチの第5番の "E" にも劣らぬ緊張感
を伴います。 両者とも、音程には100%の自信が必要です。



 一方、室内楽の分野では、マーラーは特に目立つ作品を残し
てはいません。 16歳の年のピアノ四重奏曲 (イ短調の断章)
ぐらいでしょうか。

 弦楽合奏のための編曲作品には、Beethoven の 弦楽四重
奏曲第11番『セリオーソ』、Schubert の 弦楽四重奏曲第14番
『死と乙女』があります。

           関連記事 深刻な組み紐




 ところで最近のことですが、私は、ある市民オケの方々と
MAHLER をご一緒する機会に恵まれました。



 オーケストラの名は、神戸市民交響楽団。 ここには、友人の
K.君がいます。 同年代ながら、私の "オケと室内楽の師" とも
呼べる存在です。

 曲目は、交響曲第6番。 『悲劇的』の名で親しまれている曲
です。 私の今回のパートは Viola で、自分にとっては、ほぼ20
年ぶりに "再会する" 曲でした。



 この長大な曲について記すと、大変なことになってしまいます。
どのパートも大変難しい上に、音楽の内容が込み入っている。

 それなのに、かなり精度の高い演奏を皆さんがしておられたの
には、本当に驚きました。 どの日の練習も。 そして、もちろん
本番も!

 高々 "週一回" の練習で、あれだけの結果を出せたのは、各々
が、かなりの準備を「"自宅で" こなしていたから」に他なりません。




 さて、この曲でよく話題になるのが、"ハンマー" の採用です。

 もちろん "楽器" として! シンバルを使うのをためらった
ブルックナーとは、えらい違いです。



 これ、"運命の打撃" を表わすそうですが、視覚的な効果が
大きいですね。 もちろん、「バーン!」と、凄い音がしますが。



 でも、具体的に用いる "楽器の素材" については、細かい
指定がありません。

 下の写真では、木製のハンマーを振りおろしていますね。
これに関しては、どのオケのステージでも、それほど大きな
差異は無いでしょう。



 



 では、"叩かれる物" の方は?

 この写真では、よく解りませんね。 画面の左下隅に
ちょっとだけ見える、青い物体なのですが…。 これ、
何だと思いますか?



 そこでクイズです。

 今回用いられた、"叩かれる物体" を、ずばり当ててください。

 正解は、このページの最後にご覧いただけます。




 「馬鹿な! こんな写真を撮っている暇は無いはずだろう?
忙しい Viola を、真面目に弾いていたら!」

 そうですね。 でもこれ、本番の2週間前のリハーサルの
休憩中に撮ったんです。 みんなで代わる代わるハンマー
を持って、ワイワイやっている最中のこと。



 さて、ちょうど私の番のときに、指揮者氏が通りかかりました。
そこで、背中を向けて去っていく彼の頭上目がけ、私はハンマー
を高く振りかざしたのです!



 「本当か!!??」

 本当ですよ。 でも "振り下ろした" とは言っていません。



 別に、「"鉄槌" を下そう」…と思っていたわけではないし。

 だって、"鉄製" じゃないもんね…。

 もしあのとき彼が振り向き、バレていたら、私は "クビ" ?



 その場合、私にとっての "運命のキツイ打撃" になって
いたかもしれませんね…。

 材質が違うだけで、結果はこうも違ってきます。




 それでは、正解の写真をどうぞ!



 如何でしょう。 貴方にとっての "運命の試練" に、今回は
耐えられましたか?

         →  正解の方

         → 不正解の方

              ↑

 ただし、この2種類のサウンドは、この交響曲では使われて
いません。 いくら何でもね…。 演奏後の拍手は別として。

 『喜劇的』も、作ればよかったのに…。




 さて、この装置を作るのに、上の写真の打楽器奏者氏、休日
を丸一日返上したのだそうです。 その仕上げは、視覚的にも
大変美しいものでした。



 そしてこの、叩かれる "青い素材" ですが、台座に取り付ける
際の、"ネジ留めの強さ" にも、非常に神経を要するとのこと。
出て来る音量や音質が、大幅に変わってしまうのだそうです。

 それに、何回か叩くと「寿命が来る」というので、本番の日の
会場練習では、「今は敢えて弱めに叩きます」…と、指揮者に
断っていました。



 努力の甲斐あってか、ハンマー君、本番では素晴らしい音を
立てていました。




 この曲の打楽器は、もちろんハンマーだけではありません。
ありとあらゆる打楽器が用いられており、掛け持ちとは言え、
要員の人数も膨大です。



 その中には、カウベルまで! カランコロン鳴る個体が、20
~30個はあったはずです。

 問題は、これらを吊り下げる装置です。 これもメンバーの
皆さんが作ったのではないでしょうか。



 アマチュア オケの打楽器の方々は、本当に大変ですね。
自分で楽器を作り、運ばねばならないのですから。 プロの
奏者は、ほとんどを "任せっきり" にして済むのでしょうが。

 今回見ていて、つくづくそう思いました。 弦楽器の私から
も、心から拍手を送りたいと思います。




 「何だ? お前は打楽器奏者じゃなかったのか?」



 …そのご指摘は私にとって、あまりにもキツイ打撃です!

 それに、失礼ですよ…。 本当の打楽器奏者の方々に…。




         音源ページ



音源をお聴きの際は、他の外部リンクをクリックすると中断してしまいます。



Musique macabre

2010-09-17 00:00:00 | 私のオケ仲間たち

09/17 私の音楽仲間 (209) ~

        私のオーケストラ仲間たち (25)


             Musique macabre




 サン=サーンス交響詩 『死の舞踏 (Danse macabre)』
という作品があります。



 "Macabre" (マカーブル) は "薄気味悪い、不気味な" ですが、
"Danse" と一緒になると、"死神の踊り" を表わすことになって
いるようです。

 「死神が冬の真夜中に墓地に現われ、寒風の吹きすさぶ中
で Violin を弾き始めると、骸骨たちが起き上がり、饗宴を繰り
広げる。 やがて鶏の声が夜明けを告げると、全員寂しく姿を
消す。」という筋書き。

 元々はオーケストラ伴奏による独唱曲 (1872年) ですが、自ら
これを管弦楽に編曲しました (1874年)。 所要時間が若干長く、
色彩に富んでいるので、今ではこちらの方が知られています。




 僅か5~6分の曲で、取り立てて重要な問題はありません。
神童、才人と言われたこの作曲家にしてみれば、ほんの
手慰みといったところでしょう。



 しかしこの曲を巡っては、色々興味深い事柄があります。
今回はそれを見てみましょう。




 ① 皮肉たっぷりな性格ゆえに、周囲から疎んじられた作曲者
は、組曲『動物の謝肉祭』にも "死神" を登場させている



 14曲中にはまともな動物たちも登場しますが、大半に何らかの
皮肉が込められています。



 こともあろうに "ピアニスト" まで陳列されています。 そして次の
第12曲は『化石』。 冒頭を始め全曲に、この『死の舞踏』の主要
テーマが聞かれます。

 続く数々の音楽は、他の作曲家の作品、あるいは古い民謡など
です。 すべて陳腐なものとして扱われ、"キラキラ星" や、Rossini
のアリアまで挙げられています。



 では、自分の作品までが、それも最初に聞かれるのは、なぜ?
… これはもうちょっと後で考えてみましょう。




 ② 『死の舞踏』には、グレゴリオ聖歌の "怒りの日 (Dies iræ)"
旋律が、皮肉な形で使われている。
 (レクィエム = 鎮魂ミサ曲の中の典礼文のことではありません。)



 上記のサイトの楽譜には、"Fa Mi Fa Re Mi Do Re- Re-"
…とありますね。 どこかで聞き覚えがありませんか?

 オーケストラの好きな方なら、ベルリオーズの幻想交響曲を
ご存知でしょう。 その終楽章に "Dies iræ" と記された部分が
あり、この旋律がファゴットとテュ―バで不気味に現われます。
 (スコアをお持ちでしたら、"番号66" のすぐ後です。)

 ラフマニノフもこれを多用し、リストも自作中で用いています。




 さて、この『死の舞踏』では、それが可愛い長調で顔を出して
います。 それも木管楽器とハープの、軽やかなワルツで!
 (楽譜の箇所は "D" です。)

 後からこの真似をするのが、Violin のピツィカートや、トロン
ボーンなどの金管楽器です。 心なしか、響きはグロテスクに
なり、場面は転換していきます。




 "怒りの日" は、"この世の終末" や、"最後の審判" に関連
するものですよね。 サン=サーンスの皮肉、イヤミは止まる
ことを知りません。




 ③ 『死の舞踏』はト短調で始まるが、その主要テーマは、
「たった3つの音から出来ている」と言える。



 これは、グレゴリオ聖歌の "怒りの日" の最初の部分も同じ。
並べ変えて移調すれば、この主題になります。



 冒頭、フルートの低音域で奏されるこの主題は、その由来
を考えると、「自作とは言えない」のかもしれません。 原曲
では、歌手が歌い出す最初の部分に当ります。



 『化石』では冒頭からこのテーマが現われるのですが、

 「そんなもの、私の "自作" ではないよ。 グレゴリオ聖歌
全般を指しているのが解らんのかね? 時代の遺物さ!」

…と言っているようにも聞こえます。 もしそうなら、いくら彼
でも、大きな声で広言できるような内容ではありません。




 ④ 特殊効果的な音を、たくさん用いている。



 オーケストラでこれまであまり使われなかったシロフォン (木琴)
は、いかにも骨がポキポキ鳴るような音です。

 踊りの曲でもあるので、発音が明確な "ピツィカート" も多用
されています。




 弦楽器には、ほんの数小節ですが、コル レ―ニョ奏法
見られます。 元の意味は "木で"。 「弦を叩いて音を出せ」
というわけですが、この奏法、音程はほとんど聞こえず、音量
も大して出ません。

 大きな音を真剣に出そうとするなら、よほど高い位置から弓
を落とし、ぶつけなければならないので、弦楽器奏者はみんな
嫌がります。 努力しても効果が薄い上に、弓ばかりか、下手
をすると楽器を叩いて傷つけることにもなりかねません。 事故
が起きたら、誰が補償してくれるの…?



 余談ですが、「コル レ―ニョで弾け!」という指示に出遭った
ことがあります。 現代作品でしたが。 やらせる側は面白い
でしょうが、音なんて、ほとんど出ません。

 また、ちゃんと毛の部分を弦に乗せはするものの、変な動かし
方を指定されたこともあります。 「弓を弦に沿って動かせ」という
のです。 自動車のワイパーのように! 弦は振動するどころか、
ただスースーかすかに雑音が生まれるだけ。 そのような効果音
が欲しかったのでしょう。  "無" の状態を表現したかったらしい。




 そしてこの曲でもっとも特徴的なのは、スコルダトゥーラ
(scordatura)
という特殊な調弦方法です。 ソロ Violin に
は「一番高い弦 (Mi) を半音下げろ」という指示があります。

 冒頭で Violin が、「ギ - - 、コ - -、ギ - ギ、コ - コ、…」と
弾き始めます。 この "ギ" の部分で鳴っている二つの音の
うち、高い方の弦がそれです。



 ただし "ソロ" と言っても、別にソリストがいるわけではありま
せん。 オケのコンサートマスターが弾くわけですが、通常の
Vn.Ⅰパートと両方、代わる代わる弾かねばならないので、
楽器を二つ用意するのが普通でしょう。




 実はこの曲、K大オケの次の演奏会のプログラムに入って
いるのです。



 コンマスの I 君、弾きっぷりが見事なだけではなく、一台
の楽器を、途中で何度も調弦し直しながら弾いています。
「弾きなれた自分の楽器ですべて演奏したいから」だそう
です。

 大変だろうけど、頑張ってね!?




 合宿でこの有様を目撃した私。 よせばいいのに、自分でも
この "死神 Violin" の部分を、ギコギコやってみたくなりました。

 それは、Viola パートのみなさんとのパート練習の時間です。



 問題箇所をいくつかピック アップし、一通り "部分品" を磨き
上げた後のこと。 いつものとおり、曲を最初から通しながら
譜面を追う練習が始まります。 休みをきちんと数えながら、
テンポの流れに正確に乗ってもらうためです。

 私は他のパートの音を弾いたり歌ったりします。 必要なら
足も使って床を叩きます。 でも調弦は変えず、またその暇も
ありません。 これでは死神の踊りみたいです。




 ところが、死神の私がどんなに一生懸命に弾いても、骸骨
さんたちは、なかなか踊ってくれません。

 「骸骨のストライキか。 どうも不吉な予感がするな…。」



 そして、先ほどの "木管楽器の皮肉なワルツ" の部分に
差し掛かったときのことでした。 ピツィカートで "怒りの日"
をはじいていたら、なんと、弦が切れてしまったのです!

 それも、一番高いE線が。 まるで、「お前が調弦を変えない
なら、力づくで下げてやるぞ!」…と言われたようでした。



 何だか、魔王にさらわれた子供みたい。 アンタ、魔王?

 それとも、"怒りの日" の部分だから "最後の審判"? あ、
死神の祟りだ! いや、作曲者のイヤミかな?

 骸骨さんたちの呪いじゃないよね…。 五寸釘や藁人形、
そっと用意してたりして。



 とにかく音楽を止めるわけにはいかないので、その後はもう
大変…。 A線の "ハイ ポジションの練習" にはなりましたが。




 せっかく3年近くも持たせた弦なのにな。 あ~あ…。
"一番高いE線" で、300円もしたのに…。

 道理で、グロテスクに聞こえるわけだ、このピツィカート…。




 "怒りの日" は怖いよ? サン=サーンスさん…!

 貴方だって、気を付けないとサンザンな目に遭うよ?

 皮肉やイヤミばかり言ってると…。




 神奈川大学管弦楽団の演奏会は、2010年12月19日(日)
横浜みなとみらい大ホール。

 他の曲目は、ビゼ―の『アルルの女』第二組曲、
ドヴォルジャークの交響曲『新世界より』です。

 近郊でお時間の許す方がおいででしたら、ぜひ聴きに
行ってあげてください。





 音源ページです。




   サン=サーンス



 [交響詩 『死の舞踏』



 [組曲 『動物の謝肉祭』

 [第12曲 『化石』




 グレゴリオ聖歌 "怒りの日"



 ["Dies Irae" (典礼文付き)

 [Gregorian Chant - "Dies Irae"




Rossini の 繋ぐ ワ

2010-09-16 00:00:00 | 私のオケ仲間たち

09/16 私の音楽仲間 (208) ~

        私のオーケストラ仲間たち (24)


            Rossini の 繋ぐ ワ




 深夜のアンサンブル。

 前回は Brahms の弦楽六重奏曲を、弦楽合奏で体験した
様子をお読みいただいたわけですが、実はこれは、私が
当初計画した曲ではありませんでした。



 連絡係のWさんからの、事前の情報では
「ブラームスが好きな人が多くて…。」



 そう聞くと、思い当るのは、この曲しかありませんでした。
半年か一年前に、やはり合宿の夜で取り上げたことがある
からです。 人数は今回より少なかったでしょうか。

 いい曲に "味をしめ"、「またやりたい!」と注文が出てくる
なんて、いい傾向! 当初は「二晩時間が取れる」と聞いて
いたので、「それじゃあ2曲ともやってみるか」…と用意する
ことになりました。 結果は一晩だけ。 "駆け足" でしたが、
今回は弦楽重奏版での体験になりました。

 コントラバスにも付き合ってもらって。




 コントラバスと言えば、なかなか室内楽曲に恵まれません。
「クルテットのチェロの譜面をそのまま使い、オクターヴ下を
鳴らして」もらってもいいのですが、それではオケとほとんど
同じ。 ソロ パートとは言えず、可哀想です。

 実は今回の "第一候補の曲" を選ぶに当り、この点がもっとも
気がかりでした。 もちろん弦楽四重奏では用いられない楽器
ですし、室内楽曲はあれこれ思い浮かんでも、色々制約がある
のです。

 Beethoven の七重奏曲、Schubert の八重奏曲は、いずれも
クラリネット、ファゴット、ホルンが必要です。 また有名な『鱒』
はピアノ五重奏。 その上、どれも気軽に楽しめる曲とは言え
ません。



 それに今回は、もう一つ "嬉しい難題" が。 参加希望者
の中にフルートが居るのです。

 フルートもコントラバスもある室内楽曲なんて、さて…?
私ならずとも悩むところでしょう。



 「これは、純正品 (オリジナル編成の曲) にこだわっていては
駄目だな…。」

 そう思ったときに頭に浮かんだのは、私が1年ほど前
に体験した、Rossini弦楽ソナタのフルート版でした。
これにはフルート四重奏用の編曲があり、Violin、Viola、
チェロが一人ずついればいいのです。




             関連記事

    私の室内楽仲間たち(79) 『Viola が無いよ?




 しかもこの曲、元々は "コントラバスのための曲" なのです。
(なぜ今まで気が付かなかったんだろう…!)

 その代わり Viola がありませんが。 「Violin、Violin、チェロ、
バス」という、いかにも "オペラ歌手" を思わせるような編成
なのです。

 しかしあまりにも明るく楽しい曲なので、弦楽四重奏用の
編曲まで昔からあり、広く親しまれているのです。



 さっそく手元の楽譜を調べたところ、第1番ト長調、その
第Ⅰ楽章のパート譜がありました。 6曲の弦楽ソナタの
うち、一番有名な楽章と言ってもいいでしょう。 弦楽四重
奏用の譜面もありました。

 ところが、さすがにフルート版のパート譜はありません。
Vn.Ⅰの譜面を見て吹いてもらってもいいのですが、音域
その他に問題があり、地味すぎて面白くありません。

 と言って、今から新たに編曲している時間はありません。
また手元にある弦楽四重奏用の Viola パートは、高い音域
の連続! 多少無理があるので、やはり作り直さねばなり
ません。 それに、Brahms の六重奏の、バス パートの譜面
も作らねばなりませんし…。




 そこで、意を決して私が泣き付いたのは、Sa さん
いつも "室内楽の集い" でお世話になっている方です。

 すると、何とその日のうちに、フルート版の譜面を
送ってくださったのです!



 お蔭で当夜は、まずこの ROSSINI を色々な組み合わせ
で弾いてもらうことが出来ました。 それは弦楽四重奏版、
バスの出番があるオリジナル版、チェロが二人でバスを
追いだしていまう「Violin × 2 + チェロ × 2」版、そして、
もちろんフルート四重奏版も。




 余談ですが、Beethoven が妬んだと言われるほど、当時
ヴィーンでも大人気だったのが Rossini です。 今回も、
「すごく綺麗な曲だな!」と感動している者がいました。

 Rossini に感謝しなければいけませんね。




 さて、以下は、私が "傍受した" メールのやり取りです。




    Sa 様

 … …

 今回、私達がアンサンブルを行うことになり、ロッシーニ
の弦楽ソナタのフルート四重奏版の譜面を必要としていた
ところ、その譜面を Sa さんに調達して頂いたとお聞きしま
した。 譜面を探して頂けて、とても助かりました。

 お陰様で楽しいアンサンブルを行えそうです。 ありがとう
ございました。

                      





    W 様

 *思いがけない嬉しい mail を 有難うございます (^-^)/

 … …

 「アンサンブル」を愛する仲間が増えるのは本当に嬉しい
事。 是非楽しいアンサンブルを…♪

                      Sa




 最後にもう一つ。 同じ室内楽の集いで私がご一緒して
いる、Violin の Uさんと私のやり取りで、6月末 (2010年)
のものです。




    maru 様

 … …

 昨日K大オケの定期を初めて聴きに行って参りましたが、
これも私の好みの一つチャイコの5番が期待以上の大変
素晴らしい好演!熱演!で大いに堪能させて頂きました。

 … …

 ロビーでのプレコンサートでは、私が**年前の学生時代に
ワセオケで始めた第一回室内楽演奏会での演目、モツアルト
のフルート四重奏ハ長調を学生さんが演奏しており、懐かしさ
を覚えるとともに、これも何かのご縁かと一人ひそかに歓びを
噛み締めた次第です。

 経験豊かな指揮者と充実したトレーナに恵まれてその効果
はK大オケの演奏に如実に表われていたと思います。 今回
いっぺんで地元大學オケのフアンとなりました。 今後都合の
つく限り聴きに伺おうと思っております。

                      





    U 様

 先日は久しぶりにご一緒させていただき、ありがとうござい
ました。 全快なさったとは聞いておりましたが、それ以来、
私としては初めてお顔を拝見する事が出来ました。

 … …

 ご多忙の中、K大オケの拙い演奏にお越しいただき、本当
にありがとうございました。 お褒めの言葉に相応しい演奏
だったかどうか、不安ですが、のちほどじっくり学生たちから
話を聞いてみたいと思います。

 なおいただいた文面の内容は、ぜひ彼らに伝え、激励して
やりたいと望んでいます。

                      maru




 おっと、ところで今回の合宿で練習していた、オケの次回の
演奏曲目に触れていませんでしたね…。




 Rossini の弦楽ソナタ 第1番 ト長調 (フルート四重奏版)
       第Ⅰ楽章からの演奏例

 

 


若者は BRAHMS が…

2010-09-15 00:00:00 | 私のオケ仲間たち

09/15 私の音楽仲間 (207) ~

        私のオーケストラ仲間たち (23)


           若者は BRAHMS が…




 なにやら、物好きな人たちが集まって来ましたよ? もう
夜の11時近くになるというのに。



 私にとっての合宿一日目の夜のこと。 "公式の業務" が
終わってから、すでに2時間近くが経っています。

 これから "室内楽の遊び" が始まろうというのです。 もう
"良い子は寝んね" の時間なのにね。




 でも学生さんたちには、私もまだまだ負けませんよ。
だって、自分の方が若いんだから (そのつもり)

 現に、少なくとも30分はちゃんと寝ましたよ。 さっき、
業務の終了後。 私には "寝だめ" の特技があるの
です。 "のだめ" じゃないよ。



 僕の特技はそれだけじゃないよ。 なにしろ、食事の量が
半端じゃないんだから。 現に、翌朝のヴァイキングなんか、
もう大変! トレイからはみ出すほどの量で、隣りの女の子
の3~4倍はありましたから。

 みんな、うさんくさそうな顔をして見ていました。 「この人、
いつもこんなに食べるのかな? それとも…。」



 なにはともあれ、よく寝て、たくさん食べなければ、キミたち
の若さには対抗できません。




 さて、練習の疲れを押して集まって来た人たちは、これから
私に苛められることになるんです。 でも、それにはまったく
気付いていません。 気の毒ですね。

 当夜の犠牲者の打ち分けは、Violin 4、Viola 4、チェロ3、
バス3。 いずれも弦楽器の面々です。 これから、ある
室内楽曲を、弦楽合奏でやろうというのです。

 と言っても、別に本番の予定があるわけではありません。
"一回限りの体験学習" です。



 曲は、ブラームス弦楽六重奏曲第1番変ロ長調 Op.18

 もちろん全曲ではありません。 映画のバック ミュージック
にも取り上げられたほど人気のある、第Ⅱ楽章の "Andante
ma moderato" です。 お聞きになれば、「ああ、あれか!」
おそらくご存知のことでしょう。




 実はこの名曲、彼らにとって "初めて" ではありません。
半年か1年ほど前にも、やはり合宿で深夜に取り上げた
覚えがあります。

 いえ、8~9年前にも一度やりました。 同じ弦楽合奏の
形で。 もちろん、メンバーは全員入れ替わっています。
学生オケの宿命でしょうか。



 その時は、全員があまりにも気を入れていたので、
「この場限りで終わらせてしまうのは惜しい」と思い、
団員全員に聴いてもらう機会を設けてもらいました。
各パートの人数は、確か今回と同じぐらいだったと
思います。

 演奏者は全員起立し、譜面台を高く上げて。 私も
一緒に Violin を持って弾きました。 ひょっとして、隣り
の Viola のパートもところどころ弾いたかもしれませんが。



 終わった後に湧き起こった拍手。 私はそれを忘れません。
仲間たちが深夜に励んで練習した成果に対して送られた、
温かい拍手を。

 多分、昼食の直後か何かの時間に、臨時に頼んで割いて
もらった時間だと思います。




 それはひょっとすると、あの 9/11 の翌日のことだったかも
しれません。



 あの (日本では)、私は自分の部屋へ学生たちを何人か引き
入れ、一杯やっていました。 何の話をしていたのか、今では
覚えがありませんが。

 そのとき、一人の学生に携帯で、外部から連絡がありました。
「アメリカの貿易センタービルが大変なことになっているよ!」

 さっそく部屋のテレビを点け、みなで見入ったのを覚えて
います。 誰も口を利かず。 言葉を忘れて。




 …関係ありませんね…。

 齢を取ると、遠い昔のことばかり思い出し、直近の現実は
すぐ忘れるといいます。 いわゆるアルツハイマーです。
 (私の場合はアル中ハイマーですが。)




 そんな昔のことなど露知らぬ若者たちが、今回は椅子に
陣取り、いよいよ BRAHMS が始まります。 私は傍観者を
決め込み、「さあ、どうぞ! 始めてください。」

 ところが、コンマスの I 君の "出だしの合図" に、なかなか
みんな 従おうとしません。 彼が悪いのではなく、「Viola の
人間が曲を知らないから」らしいのです。



 ひょっとして、みんな初見? そういうことが無いように、
予め譜面を渡しておいたつもりなのに…。

 いえ、解っていても、初っ端から Viola が弾き始めるのは、
かなり勇気が要ると思います。 仕方なく私が出した合図
にも、なかなか反応してくれなかったほどですから。
 こんなに "格好いいソロ" なのにな。 反応が無いのは辛いものです。
私のような図々しい古狸でもね。




 そんな具合で、6~7分の楽章が、一度、二度と、辛うじて
通りました。 私に何度も "駄目" を出され、止りながら。

 ただし、さらい込まねば弾けないような難所については、
一言も触れていませんよ。 アンサンブルの勘どころや、
テンポの一貫性についてはうるさく言いましたが。



 僕の声が大きくて、怖かった? もしそうなら、こちらも興奮
していたからかな。

 本気にさせたのはあなた方です。 箸にも棒にもかからない
ようなら、諦め半分になったでしょう。 寝た方がマシです。



 でも、それに めげない元気な若者たち。 よほど
"ブラームスがお好き" なんでしょう。 三度目の "通し"
にも応じてくれたほどですから! (嫌いやながら?)




 何はともあれ、40分があっというまに過ぎました。 私に
ガーガー言われながら。 本来は6人の室内楽なのに、
14人もかき集められて。



 物好きな人たち。 本当にありがとう。



 そのお礼に、3回目を通したときの録音を、以下にアップ
させてもらいます。

 と言っても再編集したものです。 滅茶苦茶に、切れ切れに。
楽章全体をお聞かせ出来ず、残念ですが。




 でも、私はちゃんと言ったでしょ?

 「音楽は、ちゃんと伝わってきたよ」…って。


             演奏例の音源]






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              読解を強いるブラームス
                  肘でハジく?
                  お尻を軽く?
                   耳を欺く?
                  敵か味方か?





       [音源ページ ]  [音源ページ




指揮者に何を望むの?

2010-09-13 00:00:00 | 私のオケ仲間たち

09/13 私の音楽仲間 (206) ~

        私のオーケストラ仲間たち (22)


           指揮者に何を望むの?




 「先生が私たちのオケで弦楽器のトレーナーになってから、
何年ぐらいになりますか?」

 そう尋ねられ、数えてみたところ、この九月でちょうど26年
目に入りました。 どの学生さんも、まだ生まれていないこと
になります。



 「でもね、僕に声をかけてくれたのは、もっと前から
いる Y先生だよ。 それに T先生は、多分創立当初
からおられるんじゃないかな。」

 その間には色々なことがありました。 合宿 一つ
とってみても、様変わりした事柄が数多くあります。




 "オーケストラ" と言えば、必ず "指揮者" がいますね。



 指揮者とは、何をすべき存在なのでしょうか?

 指揮者が相手のオケによって態度を変えるとすれば、それ
は何? また、変えない事柄があるとすれば、それは?




 私自身も学生オケからスタートしたわけですが、それまでは、
指揮者と演奏者の役割分担が、まるで解っていませんでした。



 こう申し上げると、「音を出すのは演奏者。 音は出さずに、
テンポなどを指示するのが指揮者でしょ?」 そう言われて
しまうかもしれませんね。

 もちろんそのとおりなのですが、ここでいう "分担" は、
"目に見えない役割分担" のことです。




 その一つに、"一定のテンポをキープする機能" があります。




 「そんなことは簡単だろう。 こうして、今 指で机を叩くのに、
気を付けれていれば同じテンポで出来るよ。」



 ところが、それがなかなか難しいのです。 同じ 4/4拍子でも、
四分音符4つから、急に八分音符8個になっただけで、急い
だり遅れたりしやすいのです。 特に、慣れない楽器を持って
いるときには。 僅かなズレも許されません。

 実際には、長い音符や短い音符が入り乱れた、複雑な形も
あります。 そしてそれらのパターンが変わるときが、もっとも
危険な瞬間なのです。 もちろんリズムも正確でなければなり
ません。

 これに音量の強弱変化が加わったりすると、演奏にはさらに
神経を遣います。 結果として、テンポがおろそかになることが
珍しくありません。




 「それは解った。 だが、テンポが動かないような、冷たい
演奏など、面白味が無いよ!」



 そのとおりです。 ただし、テンポを動かすのが、音楽上
の要求に根差すのであれば…です。

 自分のテンポの、悪い癖に気付かず、自覚症状が無いと
大問題なのですが。

 ここでいう "一定のテンポのキープ" は、備えているべき
"能力"のこと。 正確なアンサンブルには不可欠です。




 それでは、誰がテンポをキープするのか

 「最も重要なのは、指揮者に決まってる」…と私は考えて
いたのですが、実はとんでもない思い違いだったのです。
それは、この世界を自分で体験してみるまでは、まったく
解りませんでした。




 もちろん、「指揮者は自分でテンポをキープ出来なくてもよい」
などと、そんな無茶苦茶なことは言いません。 正確なリズム感
とテンポ感を持ち、またすべてを聴いて感知し、自分でも正確に
表現する能力は、指揮者にとって不可欠です。

 アンサンブルで重大な乱れが生じたら、動作や、また練習中
なら言葉の助けも借り、ただちにそれを指摘、矯正し、原因や
対策を述べ、メンバーに浸透させなければなりません。 ただ
解釈を口にするだけが指揮者の仕事ではありませんから。



 しかし、実際に音を出す人間が、自分の都合で勝手にリズムや
テンポを乱したり、またそれに気付いてもいないのでは、指揮者
の負担はますます増えてしまいます。

 指揮者に "より良い音楽" を、自由に作ってもらうためには、
個々の演奏者は自分の "家庭の事情" に甘えず、集団として
自治能力自浄能力を持っていなければなりません。



 …と言っても、それは "建前"。 実際はなかなかそのとおり
には行きません。 もちろんプロのオケでも同じです。 私など
も室内楽の場で、いまだに仲間たちに迷惑をかけています。




 ともあれオーケストラは人数が多く、経験の浅い者は、他の
メンバーに頼らなければなりません。 アマチュアの場合は、
特に指揮者に頼ってしまう現実があり、これは止むを得ない
ことです。

 でも、もし「いいオケを作りたい」と真剣に思うならば、この
「自治、自浄能力の問題」を無視することは出来ません。

 もちろん、与えられたオーケストラ曲に対して、徹底的に
正攻法で向かって行くのも大事なことですが。



 といって、「完璧な自治能力を全員に…」などと意気込んで
も、無理に決まっています。 上から押し付けても駄目ですし。

 一方指揮者は、オケのアンサンブル能力などを高めるため、
実際的な智恵を恒常的に植え付け、積み重ねていく必要が
あります。




 "教育的な意味" がありながら、同時に自由であり、楽しく
なければいけない…。 それには、"室内楽な雰囲気" が
習慣となり、根付いていなければなりません。

 "室内楽" や "アンサンブル" と言うと、どうしても言葉が
固くなりますね。 弦楽器も「原則として一人 一パートが
割り当てられる」と聞くだけで、恐れをなしてしまうかもしれ
ません。 "遊び" とは言え、"個々の自発性に根差すもの"
ですから、いわゆる初心者の方々は、どうしても二の足を
踏んでしまいやすいでしょう。



 それが無理なら、「室内楽を弦楽合奏スタイルでやる」
ことから始めてもいいのではないでしょうか。

 "遠慮がち" で引っ込み思案な人たちは、"遊び" に、
半ば強引に引き込み、巻き込んでいく必要があります、
もちろんいい意味で。 無理がないように。



 一年生を始め、何も知らない新たな参加者は、周囲を
見ながら育ちます。 「オーケストラって、アンサンブル
って、こういうものなんだ…。」

 習慣、環境はその意味で重要です。 またそれは、先輩
から後輩へと無言で引き継がれていきます。 良くも悪くも。




 そしてもう一つ。 願わくは、私がかつて抱いていた
ような誤解が無いように…。

 「指揮者って、こういうものなんだよな…。」