01/28 私の音楽仲間 (558) ~ 私の室内楽仲間たち (531)
黒幕は作曲家?
これまでの 『私の室内楽仲間たち』
今日まで謎として残されたままの、楽章順。
まず困るのは、出版社です。
【Ⅰ : Allegro】は良しとして、【Ⅱ : Andante、Ⅲ : Menuetto】
なのか、あるいはその逆なのか? たとえ判らなくても、楽譜
を印刷する際には、順番を決めなければなりません。
もちろん演奏者も同じ。 ただ遊びで音を出すだけならいいが、
ちゃんと発表する際には、出版譜に任せっきりではいけません。
しかし、得られる情報には限りがある。 目の前の楽譜を読み
返し、解読することになります。 まるで暗号情報のように。
曲は、Mozart の 弦楽五重奏曲 ハ長調 K515 で、
Ⅱ、Ⅲ楽章の順序が不明なのです。
そのヒントと思われたのが、“3度音程” でした。
もっと重要なのは、テンポ、調性、拍子、モティーフ…などの
要素です。 しかし、高名な研究者たちが200年以上研究し、
検討しても、結局のところ進展はありませんでした。
キー-ワードは “3度”。 特に、“3度間隔で動く” 二つ
の声部です。
その特徴は、第Ⅳ楽章の “Allegro” でも見られます。
この楽章はハ長調。 「全4楽章中、3つがハ長調」…
ということになります。
[譜例]は、第Ⅳ楽章の冒頭のテーマですが、
やはり3度で上行する形が含まれています。
[演奏例の音源]も、ここからスタートします。
しばらくすると、【28小節目】 (音源では26秒後) に
次のような形が出てきます。
一見すると Vn.Ⅰが目立ちます。 でも大事なのは、
三つの内声部でしょう。
テーマの特徴の3度音程が、ここでも見られます。
あるときは下行形で。
また、一緒に動く三つの声部の、間隔を見てみましょう。
最初の小節だけは6度音程。 しかし、転回すれば3度
になり、以後は、3度間隔で並行して動いています。
各パートの動きも、上行、下行の形で3度音程が続きます。
“3度の関係” は、さらに他の箇所でも続きます。 テンポも
リズムも活発なので、さほど印象に残りませんが。
この[演奏例の音源]の最後の数秒では、二つの Violin が
3度間隔で動いている。 その一例です。
“3度音程” を中心にお読みいただいてきた、一連の記事。
そろそろ纏めなければなりません。
各楽章を比較してみると、「“Andante” 楽章だけが異質」…
なようです。 その訳は…。
(1) テンポが遅い楽章である。 他は Allegro か Allegretto。
(2) 他はハ長調で、これだけがヘ長調。
(3) 「二つの声部が3度間隔で動く」…という特徴が無い。
最後の (3) については、例外箇所もあります。
別の[演奏例の音源] (既出) は “Andante” の途中で、
楽章の冒頭と同じ音楽で始まります。 ここでは二つの
Violin が、6度や3度の間隔で動き始めます。
Violin S.さん、H.さん、Viola 私、N.さん、チェロ T.さんです。
しかし、これは序奏的な部分で、“3度” や “6度” の
間隔が重要と思える箇所は、ほかにもありません。
先行する楽章が【Ⅰ : Allegro】であっても、また
【Ⅱ : メヌエット】であっても、導入はスムーズです。
いずれも “3度” に特徴がある音楽でした。
そしていよいよ、“Andante” 楽章の最後の特徴です。
(4) Violin と対等の機会を、ViolaⅠのソロ に与えている。
上の既出音源で言えば、【23秒】の辺りから聞こえるのが Viola
です。 以後、Vn.Ⅰと対等に歌い交わし、楽章は進みます。
それまでの Mozart の室内楽曲からすれば、これは実に空前
の出来事なのです。
そんな特別の楽章を、どう扱うか? 全体の順序は、この
問題を中心に考えても、いいのではないでしょうか。
“Andante” を2番目に置くか、3番目にするか?
もし、この楽章の Viola を私が弾くとすれば…。
「あまり早く終わらせてほしくない。 全曲の後半で、
思い入れを込めて弾きたい。 そして次の第Ⅳ楽章
“Allegro” で解放され、身軽になりたい。」
最後は本音が出てしまいました。 もちろん、Violin を弾いて
いても同じ気分ですが。
しかし Viola にとっては、稀な大役。 難しい部分もあるとは
いえ、作曲者に感謝しない Viola 弾きはいないでしょう。
もちろん、この “Andante” を第Ⅱ楽章とすることも出来ます。
しかしそれでは、異質な楽章を先に終えてしまうことになります。
後半のハ長調の楽章、“メヌエット” と “Allegro” は、全曲の重み
を軽快さで支えなければなりません。
Mozart さん、教えてくださいよ。 どういう順番なんですか?
「ハハ。 困ってるみたいだね。 自分で考えなさい。」
ちゃんと指定もせず、世を去ってしまうなんて、ひどいじゃ
ないですか。 お蔭で200年以上経っても、百家争鳴のまま
ですよ。
「そうかい。 …実はね、宿題にしておきたかったんだよ。
後世のキミたちがどういう判断をするか、一つお手並みを
拝見しようじゃないか。」
…Viola が達者な貴方としては、どうなんですか? この曲
も、いずれはご自分で演奏するつもりだったんでしょ? ほら、
あのディヴェルティメント K563 を何度か弾いたみたいに。
「…さあね…。 Haydn 先生ならどうするか、訊いてみたら?
それとも Beethoven 君にするかい? まあ、あの二人じゃ、
どうせ意見は合わないと思うがね。 ハハ、頑張りたまえ。」
…やれやれ…。 悪戯や冷やかしにも、ほどがあるよ…。
ところで1787年に作られた、この作品。 “3つのハ長調楽章”、
“3度音程の跳躍”、“3度間隔の進行”…と、“3” がたくさん出て
きますね。
上記の解説サイトには、「“3” はフリーメイソンにとって重要な
数字」…とあります。
ひょっとして、この曲も…? Mozart さん。
ハ長調 五重奏曲
[音源サイト ①] [音源サイト ②]
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