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江戸川乱歩が生み出した最高に魅力的なキャラクター「怪人二十面相」。乱歩の小説はどれも冒頭が素晴らしいと以前にも書きましたが、この「怪人二十面相」も秀逸です。この冒頭の文章でその後の二十面相というキャラクターが定着したといっても過言ではないのではないでしょうか。少々長いのですが、その魅惑的文章を引用したいと思います。
◆なんたって二十面相
“その頃、東京中の町という町、家という家では、二人以上の人が顔を合わせさえすれば、まるでお天気の挨拶でもするように、怪人「二十面相」の噂をしていました。「二十面相」というのは、毎日毎日新聞記事を賑わしている、不思議な盗賊の渾名です。その賊は二十の全く違った顔を持っているといわれていました。つまり変装が飛切上手なのです。
どんなに明るい場所で、どんなに近寄って眺めても、少しも変装とは分からない、まるで違った人に見えるのだそうです。老人にも若者にも、富豪にも乞食にも、学者にも無頼漢にも、イヤ女にさえも、全くその人になり切ってしまうことが出来るといいます。
では、その賊の本当の年はいくつで、どんな顔をしているのかというと、それは誰一人見たことがありません。二十種もの顔を忘れてしまっているのかも知れません。それ程、絶えず違った顔、違った姿で、人の前に現れるのです。
そういう変装の天才みたいな賊だものですから、警察でも困ってしまいました。一体どの顔を目当てに捜索したらいいのか、まるで見当がつかないからです。
ただ、せめてもの仕合せは、この盗賊は、宝石だとか、美術品だとか、美しくて珍しくて、非常に高価な品物を盗むばかりで、現金にはあまり興味を持たないようですし、それに、人を傷つけたり殺したりする、残酷な振舞いは、一度もしたことがありません。血が嫌いなのです。
併し、いくら血が嫌いだからといって、悪いことをする奴のことですから、自分の身が危いとなれば、それを逃れる為には、何をするか分かったものではありません。東京中の人が、「二十面相」の噂ばかりしているというのも、実は怖ろしくて仕方がないからです。
殊に、日本に幾つという貴重な品物をもっている富豪などは、震え上がって怖がっていました。今までの様子で見ますと、いくら警察へ頼んでも、防ぎようのない、恐ろしい賊なのですから。
この「二十面相」には、一つの妙な癖がありました。何かこれという貴重な品物を狙いますと、必ず前以て、いつ幾日にはそれを頂戴に参上するという、予告状を送ることです。賊ながらも、不公平な戦いはしたくないと心掛けているのかも知れません。それとも亦、いくら用心しても、チャンと取って見せるぞ、俺の腕前はこんなものだと、誇りたいのかも知れません。いずれにしても、大胆不敵、傍若無人の怪盗といわねばなりません。”
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■小説(「怪人二十面相所収」)
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◆なんたって二十面相
“その頃、東京中の町という町、家という家では、二人以上の人が顔を合わせさえすれば、まるでお天気の挨拶でもするように、怪人「二十面相」の噂をしていました。「二十面相」というのは、毎日毎日新聞記事を賑わしている、不思議な盗賊の渾名です。その賊は二十の全く違った顔を持っているといわれていました。つまり変装が飛切上手なのです。
どんなに明るい場所で、どんなに近寄って眺めても、少しも変装とは分からない、まるで違った人に見えるのだそうです。老人にも若者にも、富豪にも乞食にも、学者にも無頼漢にも、イヤ女にさえも、全くその人になり切ってしまうことが出来るといいます。
では、その賊の本当の年はいくつで、どんな顔をしているのかというと、それは誰一人見たことがありません。二十種もの顔を忘れてしまっているのかも知れません。それ程、絶えず違った顔、違った姿で、人の前に現れるのです。
そういう変装の天才みたいな賊だものですから、警察でも困ってしまいました。一体どの顔を目当てに捜索したらいいのか、まるで見当がつかないからです。
ただ、せめてもの仕合せは、この盗賊は、宝石だとか、美術品だとか、美しくて珍しくて、非常に高価な品物を盗むばかりで、現金にはあまり興味を持たないようですし、それに、人を傷つけたり殺したりする、残酷な振舞いは、一度もしたことがありません。血が嫌いなのです。
併し、いくら血が嫌いだからといって、悪いことをする奴のことですから、自分の身が危いとなれば、それを逃れる為には、何をするか分かったものではありません。東京中の人が、「二十面相」の噂ばかりしているというのも、実は怖ろしくて仕方がないからです。
殊に、日本に幾つという貴重な品物をもっている富豪などは、震え上がって怖がっていました。今までの様子で見ますと、いくら警察へ頼んでも、防ぎようのない、恐ろしい賊なのですから。
この「二十面相」には、一つの妙な癖がありました。何かこれという貴重な品物を狙いますと、必ず前以て、いつ幾日にはそれを頂戴に参上するという、予告状を送ることです。賊ながらも、不公平な戦いはしたくないと心掛けているのかも知れません。それとも亦、いくら用心しても、チャンと取って見せるぞ、俺の腕前はこんなものだと、誇りたいのかも知れません。いずれにしても、大胆不敵、傍若無人の怪盗といわねばなりません。”
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