2017/03/04 人形のまち岩槻の久伊豆神社と「まちかど雛めぐり」散策


3/4(土)、玲小姐さんの歴史散策で人形のまち岩槻の久伊豆神社と「まちかど雛めぐり」散策に行ってきた。

6人が参加し、東武アーバンパークラインの岩槻駅からタクシー2台に分乗して久伊豆神社へ。私の育った越谷市にも久伊豆神社があり、「元荒川流域を中心に分布する神社」ということで地縁ありということで親しみを感じて楽しみにしていた。
以下、wikipediaの「久伊豆神社」から引用。
「創建は古く、一説には約1,400年前欽明天皇の時代に土師氏が出雲から久伊豆明神(大己貴命)の分霊を勧進し岩槻に社殿を建立したのにはじまるとされている。1457年(長禄元年)、太田道灌が岩槻城を築城した際、当社を岩槻城の鎮守とした。
久伊豆神社は、埼玉県の元荒川流域を中心に分布する神社である。祭神は大己貴命(大国主)である。久伊豆神社の分布範囲は、平安時代末期の武士団である武蔵七党の野与党・私市党の勢力範囲とほぼ一致している。」
 
「武州岩槻総鎮守 久伊豆神社」のHPはこちら
「ふるさとの森」にもされている参道は照葉樹中心のけっこう立派なもの。神社に入ると朝香宮ゆかりの孔雀が羽を広げて出迎えてくれる。
「まちかど雛めぐり」の時期なので、神楽殿には雛人形が飾られていた。御朱印をお願いし、お守り売り場には「福まゆ守り」ということで、お蚕さんにシート状に糸を吐かせて作った透かしを挟んでいて綺麗だったので思わず「心願成就守り」を買ってしまった。その他、境内に設けられた鯛御籤が面白すぎて、ついつい黒い鯛を釣ってしまったが、結果は「吉」。なかなかの営業努力をしているとお見受けした。


タクシーカードをもらっていたので電話を入れて2台来てもらって次の目的地の「岩槻愛宕神社」へ。今年から「大雛壇飾り」を始めたらしい。桃の節句の前後3週間の週末開催ということで「岩槻中心市街地まちづくり協議会」の皆さんが総出で飾りつけをされたようだ。ご祝儀の貼り紙もされていて、テントが張られて甘酒がふるまわれていた。私も一杯いただいてランチ前のエネルギー不足のレスキューになった。感謝m(_ _)m
「岩槻だいすき!」さんのブログの記事はこちら



冒頭の写真は最上段のお雛様の後ろからの撮影分。お内裏様とともにかなり大きな人形だった。

集合時間が遅かったのであてにしていたお店のランチタイムが終わってしまい、岩槻区役所も入っている駅前ビルの中にあったサイゼリヤで昼食。
その後、東玉本店で売り物のお雛様を見学して終了。それにしてもこの日の参加の6人は全員娘をもつ母親メンバーが揃っていて、それぞれの娘と雛人形についてのおしゃべりをしながら散策したのが面白かった。ちゃんと真面目に飾るのは娘が小さい時だけで、今も飾っているのは簡単な男雛女雛のセットというあたりが共通していた(笑)
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2017/02/28 台北2泊3日旅行で台湾の今の状況がよくわかった



 2/24(金)からの台北2泊3日旅行から無事に帰ってきた。韓流ファンの妹2と4回の韓国旅行をしてきたが、朴大統領の弾劾を求めるデモが続いていて、ソウル市内観光の渋滞を避けたいので一度、台湾にしてみようということにしたのだった。
 昨年11月には早割で予約を入れ、私は『地球の歩き方 台北 2017~2018』が11/26付けで出たのを買ってきて予習。妹は『るるぶ』派で、さらにネット検索でブロガーさんの記事なども読み込んで行動計画を立てる担当。私は帰ってきてからフォトブックを作成する方を担当しているので「復習担当」ということになっている(苦笑)
台湾では3日続けて雨。気温も少し前まで20℃台だったのに私たちが行く直前から10℃台というあまり嬉しくない天候だった。それでも妹が一番やりたかった願い事を書いた天燈上げというメインイベントもできたのでよかったし、私としては2日目の台北市内のオプショナルツアーで故宮博物院見学ができたので満足できた。他にもやりたいと思っていたことはほぼやってきたので満足できた。

 『地球の歩き方 台北 2017~2018』の編集後記の冒頭に以下のような一文があった。
「新しいリーダーを迎えた台湾、奇しくも同じタイミングでこの本もリニューアル改定を迎えました。これからも台湾と日本の相互交流がさかんでありつづけることを願ってやみません。」
 巻末のコラムの「台湾の歴史」では、「オランダによる統治」、「鄭氏、清朝による統治」、「日本による統治」、「中華民国の時代」という流れで通史が理解できた。歌舞伎の「国姓爺合戦」の和藤内=鄭成功が出てきた!
 日清戦争に負けた清国から台湾を割譲された日本の統治政策が成功したことが親日感情のもとになっている。日本撤退後、中国の内戦の末に負けた国民党の蒋介石が台湾に遷都する形で統治し、国府軍が不当な弾圧を加えたことに抗議したデモ隊に発砲、大きな反乱となった。それを蒋介石が武力鎮圧し、台湾人エリート層の数万人が殺された。それを「2.28事件」といい、それを悼む日がまさに2/28の記念日だとわかった。
 もう一つのコラムの「台湾を理解するための8つのトピック」で、「本省人と外省人」、「台湾の人は日本が好きなのか」、「国民党と民進党」、「複雑な中台関係」、「ひまわり学生運動」、「新しいリーダー、蔡英文総統」などの項があり、今までよく理解していなかった台湾の状況がよくわかった。
 その上で今回旅行をしたので、ガイドさんの話のはしばしに出てくるような複雑な国民感情なども含めて今の台湾の状況が実によくわかった。

 2日目の2/25のオプショナルツアーのガイドさんが「今日から台湾は4連休です」と切り出されて、「2.28記念日までの4連休ですね」と即、切り返すことができたのだが、奇しくもそんな時期の旅行になってしまったのは偶然だったのだろうか・・・。
 あちこちが現地の人々でいっぱいだった。地下鉄(MRT)の台北駅近くのコスモスホテルに宿泊し、フードコートで食べようと思って地下鉄で出かけた話題の台北101も人が多すぎてすぐあきらめ、台北駅に取って返して駅ビルのフードコートで食事をとった。その機転が効いたのも妹2の万全な予習の賜物だった(苦笑)。そういうことも含めてよい思い出になるだろう。

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2017/02/24 台北2泊3日旅行に行ってきます!

妹2夫婦と行ってきます。台湾は初めてです。
今回はANAのNH851便(羽田→台北松山空港)に乗ります。
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2017/02/20 「歌舞伎の日」に勘太郎・長三郎兄弟の初舞台「二人桃太郎」の話題



 『週刊女性自身』で2/20が「歌舞伎の日」ということにちなんだ記事があったので、ネット検索してみると、1603(慶長8)年に京都四条河原で歌舞伎踊りを始めた出雲の阿国が1607(慶長12)年2/20に江戸城で将軍徳川家康や諸国の大名の前で初めて歌舞伎踊りを披露したことからのようだ。前者は何月何日という記録がないのだろうが後者は確実に記録があるだろう。他に1889(明治22)年の11/21に東京木挽町に歌舞伎座がオープンしたことを記念して11/21を歌舞伎の日とする情報もあったが、さすがに歌舞伎座開場だけでいうのは難がある。
 今月の歌舞伎座は出雲の阿国一座が江戸に出てきて小屋掛けすることを許されるのを芝居にした演目あり。しかしなんといっても十八代目中村勘三郎の孫兄弟の初舞台・襲名披露が話題。十八代目の初舞台が桃太郎、子の勘太郎・七之助の初舞台が二人桃太郎、そして孫の勘太郎・長三郎も二人桃太郎で初舞台ということになった。チケットの先行予約日にうかうかしていたら休日の夜の部の3階席は売り切れてしまい、2/15(水)にフレックスで早上がりして観るはめになった(^^ゞ

 上の写真2枚は襲名披露の祝い幕とそれをおさめた箱のロビー展示。野田秀樹演出作品の衣裳デザインでおなじみのひびのこづえさんのデザインでその画も箱の前にあり。二人桃太郎のスチール写真で「猿若祭二月大歌舞伎」の特別ポスターも作られている(下の写真)。
 芝居半ばで菊五郎の引き合わせによる襲名披露口上あり。おともの犬猿雉の姿で染五郎、松緑、菊之助も口上を述べたのが珍妙。兄弟の二人桃太郎は5歳の兄はしっかりし、3歳の弟はお兄ちゃんについてようやくという感じではあったがまぁ合格(笑)
 こうして伝統工芸の継承と同じように家の場で伝統芸能も継承されていく。その家に生まれたからと言って親の七光りでは通らない厳しい世界だ。才能のないものは役者としては廃業ということにもなる。「継承」ということについて考えさせられる。

歌舞伎公式サイト「歌舞伎美人」の「江戸歌舞伎三百九十年 猿若祭二月大歌舞伎」の情報ページはこちら
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2017/01/07 当ブログ59万アクセス達成の御礼m(_ _)m



 2017年に入って1/6あたりに59万アクセスを超えたようです。皆様に御礼申し上げます。
 冒頭の写真は、2016年4/16から2泊3日で妹2と二人でソウル・安東旅行に行った時に、梨大(梨花女子大学のあるエリア)にある「CAFE DRAMA」で韓服体験をした際のもの。妹2がネットで予約してくれていて、当日の天気が雨模様だったので繰り上げて早く行ったけれどすぐに対応してもらえました。撮影したデータはCDでもらえるが、その中のベストショットを額に入れて持ち帰ることができます。2人の額と韓流スターさんの写真の額を並べて撮影してみたもの。御礼の気持ちをこめてのアップですm(_ _)m

 旅行の前にNHKBSで始まった韓流ドラマ「イニョプの道」の宣伝のための特番でレポーターがお笑い芸人さんが「CAFE DRAMA」で韓服体験をする様子が映し出されていたので、当日にスタジオのスタッフさんにその話をしたところ、その日のスナップ写真を見せてくれました。


 この「カフェドラマ」は、「MBC文化放送」と特別なライセンス契約があるということで、実際にドラマで使用された衣装を着せてもらえます。これまでのなんちゃって衣装と違ってずっしりと重たくて、自分たちのデジカメでお互いに撮影しあうこともままならず。この日のスタジオは貸切状態だったので、スタッフさんにずいぶんたくさん撮影してもらいました。
 韓服体験を極めたような満足感がいっぱい。この旅行の写真をフォトブックに仕上げるには9月末までかかりましたが・・・(苦笑)

 今後も不定期に更新させていただきます。
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2016/12/26 歌舞伎座十二月大歌舞伎千穐楽第3部を観劇

 歌舞伎座十二月大歌舞伎千穐楽第3部を観劇して少し書いたものがあるので記事アップさせていただく。

 歌舞伎座は、昼の部、夜の部の二部制が通常だが、若手が始めた8月の納涼歌舞伎は三部制にすることで拘束時間も短く、チケット代も安くできて歌舞伎観劇初心者にも観てもらいやすくしていた。今年は12月も三部構成になり、若手役者が活躍する公演だった。
 第1部と2部を12/24に観たが絵本が原作の「あらしのよるに」も立派に歌舞伎作品に仕上がっていたし、ストーリーに泣かされた。冬休みに入ると子どもも大勢見に来ていたと聞いている。

 

 第3部は千穐楽を観劇(18:30開演)。第3部だけは玉三郎が芯をつとめる「二人椀久」と「道成寺」の2つの舞踊。
 道成寺は「京鹿子娘五人道成寺」という特別バージョン。勘九郎、七之助にかなりの場面を踊らせ、梅枝、児太郎にも一場面ずつもたせ、玉三郎は2つの場面をじっくり見せる。5人の花子が揃ってのフォーメーションも見事で、舞台を楽しみながら芸の継承の場面に立ち会わせてもらっている実感もあった。
 「二人椀久」では勘九郎が立役で踊り、第3部は勘九郎の立役と女方の踊りの堪能させてもらえた。いま、猿之助、菊之助とともに両方踊れる役者だと確認。玉三郎の薫陶に予想以上に若手が応えていて、観劇仲間3人で興奮しながら劇評しあって有楽町まで歩いてそれぞれ帰宅。伝統文化の「継承」の努力に見習って自分たちの仕事や活動についても後世にしっかり伝えたいという決意を固め直した。

 2枚目の写真は職場を出て最寄駅に着く前にイグナチオ教会のステンドグラスに灯りがともっているのを撮影できたので一緒にアップしておく。
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2015/10/24 ソウルでの韓服体験をチラっとご報告

 1年数ヵ月ぶりの更新です。このところ、こちらのブログの方での発信ができず、自分でも残念な思いなのですが、かなりのアクセスをいただいていて恐縮至極です。(昨日1/6は、113人ものアクセスをいただいていたようです。)

2015年10/24からのソウル・慶州旅行に出発という記事が最後になっていました。その旅行での韓服体験の写真を2点ほど掲載させていただいて、雰囲気だけでもお楽しみいただきたいと思います。

(1)尚宮の衣裳の部分アップ。


(2)尚宮の衣裳を着て自由撮りのスタジオでのスナップ。


簡単ですが・・・m(_ _)m
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2015/10/24 韓国旅行に出発です!



今回は妹2夫婦と行きます。慶州が楽しみ!
羽田からアシアナ航空でソウル金浦空港にフライトです。
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2015/09/19 娘の誕生日を遅ればせながらお祝い、他近況報告


娘の誕生日は9/17だが、お祝いどころではなかった。安保関連法案の採決の当初の予定が9/17ということだったので、その日は絶対に成立させないぞという意気込みで(?!)国会包囲行動に参加していた。翌日は翌日で、満州事変の発端となった柳条湖事件が起きた日で、それはそれで日本の国民が歴史から学ばずに過ちを繰り返す愚かさを突きつけられるようで嫌だった。
日付をまたいで9/19未明の可決、成立。手続きをふっとばしての強行採決だったので、あれが採決といえるかどうかという問題は大きいが、とりあえずは次の段階に入った。

9/19土曜日は仕事だったが、首が痛くて仕方がなく、接骨院に立ち寄って首を矯正してもらってようやくなんとか落ち着いた。火曜日も腰の治療に行ったので、身体をメンテしながら月・水・木・金と国会包囲に行ったことになる。
接骨院から自宅に帰る途中、新宿駅中央東口改札を出たところにある「新宿高野」のルミネエスト店に立ち寄って娘のためにホールケーキを買った。昨年、大宮そごう店で買って喜ばれ、今年も高野のフルーツケーキがいいとリクエストされていた。「オトンヌ」という名前のケーキで、ぶどうと洋梨と柿が綺麗に並んで美しい。

「オトンヌ」とは、フランス語で秋という意味で、季節の果物がぶどうということらしく、マスカットとピオーネが工夫されたカットで美しく飾られている。ちょうどNHKの朝ドラがパティシエの女性を主人公にした「まれ」で、漫画チックなドラマだと言いながら毎日観ているので、そういう目でも見ると楽しいが、娘も私も伝統的なフランス菓子よりもフルーツたっぷりの方が好みなのはいたしかたがない。

ピュアアッサムの紅茶を入れていただいたが美味~い。
娘は28歳になったが、いま現在は就労訓練施設に通って、半日の仕事を週3日からスタートさせたところ。一人暮らしもしたいと言い出して、8月末まで募集の公営住宅に初めて申し込んでみたが、見事に落選した。いつまでも親が元気で生きているわけではないので、私はできる限りのサポートはするけれど、娘が当事者として社会的に包摂してもらいながら、自立をめざしてすすんでいってほしい。

「お母さん、なんで仕事に行かないの?」
本人は9/22が国民のための休日でも訓練があるので出かけるのでトンチンカンなことを聞いてくる。
「世の中、シルバーウイークなんだけど」と答えたらカレンダーを見てようやく納得していた。私は私で女子高時代の生徒会本部役員のお仲間と久しぶりにランチ会。
今日は先輩後輩の3学年が揃い、安保関連法案反対の若者たちの盛り上がりで大いに話題が盛り上がった。『高橋 源一郎×SEALDs 民主主義ってなんだ?』も早速手に入れているメンバーもいるし、ランチの後、国会前に行かないかという声も上がって2人はそちらに回った。さすがに私は翌日に歴史散策(赤坂界隈)があるので自重したが(^^ゞ
埼玉、東京、神奈川に住んでいるメンバーが集まるということもあり、年1回くらいだが実に社会派の女子会という感じで楽しい時間を過ごさせてもらえる。有難い。
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2015/09/19 安保関連法が参議院で可決、成立・・・・・・ひっくり返す取り組みのスタートだ!


9/17の参議院特別委員会での強行採決は、その日の昼の横浜での地方公聴会の報告もすっとばした「形式民主主義」も踏みにじるものだった。職場の有志とOBでしっかり国会前の南側エリアに陣取って抗議の声を上げてきた。午後7時ぐらいに車道の分離帯の外側に決壊したので、私たちも車道に出てコールしたが、かなりの雨。職場のロッカーに置いてあった災害用のアルミシートポンチョを安倍の人災で出動させるはめになった。
野党の政治家や学者のスピーチが続いたが、佐高信さんが集まった人々のプラカードの言葉チェックをする中で「自民党には天罰を、公明党には仏罰を」に注目したということに感心至極。生まれた時から創価学会員の方が今の公明党に平和の党に立ち戻れと署名活動をしても受けとめてもらえず、このままでは落選運動をしますよとスピーチされたのを聞いていると今のこの運動が社会全体を揺さぶっていると痛感!
SEALDsの若いノリのよいコールでシャウトして撤退してきた。「強行採決もどきは無効!」「野党ガンバレ」というコールが今日の緊迫度を痛感させた。

9/18は職場有志の方は自由行動になり、本会議での強行採決のおそれがあるのでOBは昼から国会前に駆けつけたようで、私はどうしようかなと思っていたところ、女性の先輩にお声をかけていただいたので、今日も国会包囲行動参加を決断!

四ツ谷を午後6時頃出て、地下鉄南北線で永田町に行き、最高裁判所の向かいにある国会図書館に沿った道を歩き、全国町村会館を通り越し、憲政記念館のトイレが公開されていたのでしっかり利用し(苦笑)、メインステージ近くの国会正門前北庭の柵のところで声を上げてきた。総がかり実行委員会とSEALDsが交互に司会・コールを担当して国会包囲行動が続いている。冒頭の写真は柵ごしに国会議事堂の方向を撮影したもの。

女子学生のスピーチで、国際支援活動をする中で本当に平和な社会をつくる難しさを知った、ここ2・3年の自分の処遇のことしか考えていない議員たちと違って私たちは10年後、20年後という未来を考えて誰も殺さない殺させない社会をつくりたいからやっているという趣旨の発言があり、私も自分が死んだ後のことも考えてやっているよなぁと共感して目頭が熱くなってしまった。

SEALDsのコールで「野党ガンバレ」だけでなく、「野党は牛歩!」というコールも上がっておおっと思った。 PKO法案での野党の牛歩戦術はみっともないだけということで賛否両論をよんだけど、コールで野党の本気の抗戦を後押しするってすごいなぁ。牛歩の途中で直下型地震でも起きたらどうなるんだろうとかチラッと頭をよぎったけどそれはまぁ置いておくかな(苦笑)最終的に賛成多数で成立しても、本気で止めようとする行動は支持したい。(結局、牛歩は山本太郎の一人牛歩に終わった。)

「賛成議員は落選させよう! 」コールにそのための作戦も知恵を集めてしないとなぁと決意しつつ、町村会館でご飯を食べて帰宅。

9/19(土)未明、安保関連法が参議院で可決、成立してしまった。
土曜日は出勤シフトで仕事に行き、今週は月・水・木・金と4日間も国会包囲行動に出動して首が痛くなってしまったのを治療するため、仕事帰りに接骨院へ。やっぱり首がずれていて院長先生に直してもらい、これでなんとか眠れるかなという感じになった。
本会議で強行採決されようとも、ひっくり返す運動のスタートさせなければと覚悟を固めている。
(追記)
SEALDsのコール、さすがに学生さんで英語のフレーズもけっこうあった。英語のヒアリングが苦手な私は、This is the democracy looks likeって聞いていた。
>「民主主義ってなんだ?」「これだ!」(2015年、SEALDsのコールより)
“Tell me what democracy looks like?” “This is what democracy looks like!”(2011年以降、世界中のオキュパイ運動のコールより)
オキュパイ運動の情報はこちら
http://democracynow.jp/video/20120705-2
英語のヒアリングは娘にバカにされている。でもアンタは小学校低学年から会話の教室で英語で遊んでたんだから一緒にしないでよって言いたい。負け惜しみ(笑)
「ノーパサラン」はスペイン内乱でファシストのフランコと闘った抵抗運動のスローガンだし、世界の民衆の闘争から学びまくっているとわかる。
「ノーパサラン」の検索画面はこちら

そう、行動だけではなく学びながらということが大事だ。学びつつ、行動していきたい!!
(追記その2)
Facebookで拾ったSEALDsのツイッターから奥田愛基くんの言葉(私はツイッターやってないけど)。文字数制限があるので7回にわたって連投しているのをつなげてみた。
「さっきしたコールに言いたいこと詰まってるんすけど、デモにいって世論を盛り上げ、選挙に行き、廃案にすると。さっき野党は国民のみなさん国民のみなさんって言ってたけど、選挙になったらまたバラバラになるかも。だからまた今回みたいに働きかけていこう。野党は協力して国民に向かってくださいと。数年前反原発運動の時もそうでした。結局選挙になったら野党は割れて、勝てた選挙おれら負けたんすよ。だけど聞きました?今日の野党の堂々としたスピーチを。今回のことでみんな、支持政党なくても政治家を応援することはできると知りました。くだらない主義主張や世代を超えて、俺たちはきっとできる。なぜならそれがもう始まっているから。
皆なんで若者が声上げないのかって、あげてみてわかった。わけわからんリプとかメールとかくるからですね。今までそういう言動に負けてきたから声が上がらなかった。駅前の本屋でヘイト本が並んでいる。これからオリンピックやるって国がそれでいいのか。集団的自衛権は国連憲章で保障されているというが、憲法守れない国が何を言っているのか。日本の憲法を、立憲主義を理解できないなら国連憲章も理解できないだろ。大体国連からどんだけ日本が勧告を受けているか。情けないけどそれが日本の現状。そういうのも変えていかなきゃいけないと俺は思う。マスメディアも育てないといけない。当たり前の事を当たり前にする為に色々考えていきましょう。俺たちもやっぱり無くなってはならない新聞やいい雑誌は買って行かなければ。こうすべき言うだけじゃなくて、こうしようってやってこう。やれることはまだまだある。政治のこと考えましょうとか、政治に対して無関心とか、平和のことを考えましょうというが、その政治って平和って何かと。その言葉の内実を考えていかないと。安倍晋三さんだって民主主義大事だって言ってましたよ。つまり問われてるのは民主主義の内実です。それを何回も問うて何回も答えていきましょう。それを引き受けて答えていけるのが大人ってこと。その責任を果たしていこう」
奥田愛基くんは中央公聴会にも公述人として立派な発言をしていた。ふだんの茶髪を黒く染めてスーツ姿で登場してたのがTPOもわかってるんだと感心した。こういう考え方への共感がひろがっていくことを確信している。
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