□147『岡山の今昔』瀬戸内の幸多し(陸の幸)

2018-11-11 21:58:53 | Weblog

147『岡山(美作・備前・備中)の今昔』瀬戸内の幸多し(陸の幸)

 さてさて、瀬戸内地方の岡山(日生から笠岡くらいまでの山陽道及び瀬戸内沿岸)のあたりの幸は、種類、数とも実に多くある。まず陸の幸から始めると、岡山ならではのものに果物栽培がある。わけても、玉島(現在の倉敷市玉島)や船穂町(高梁川の西岸に広がる)では、桃やマスカットなどの果物栽培が盛んである。花の栽培も盛んで、春から夏にかけては、ゆるやかな傾斜の丘陵地には、スイートピーの鮮やかな色がふんだんな光を浴びて輝くのであろうか。マスカットを搾り取った白ワインも製造されているとのことで、岡山の果物王国の中心地となっているところだ。

 葡萄や花の他にも、桃の栽培にも歴史がある。明治以前から在来種による栽培が続けられていた。そこへ1876年(明治8年)に中国から「天津水蜜」、「上海水蜜」が導入される。官業試験場でそれら新品種の試験栽培が始まり、やがて本格的な栽培に漕ぎ着けたのだと伝えられる。

 なぜ岡山で桃栽培が根付いたのかは、このあたりの温暖な気候と関係が深いらしい。気候については、玉島のあたりは、日本でも一年を通して有数の晴れの多い日と聞く。恵まれた気候風土と長年にわたり蓄積された先人たちからの栽培技術の向上が積み重ねられてきた。これらにより、「白鳳」(はくほう)や「清水白桃」などに代表される白く美しい桃が開発され、今では日本屈指の桃の産地となったことが窺える。ただし、その価格は2015年夏の時点で桃果1個が2百円以上もする。これだと、産地からの送りもので貰わない限り、庶民の口には相当に入りにくいのではないか。

(続く)

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