559『岡山の今昔』岡山人(20~21世紀、水野晴郎)
水野晴郎(みずの はるお、1931~-2008)は、映画評論家、映画監督、タレント、それに倉敷芸術科学大学教授、大阪芸術大学客員教授と、かなり多くの肩書きをもつ。高梁市の生まれ。本名は水野和夫(みずのかずお)という。
大学卒業後は郵便局に就職するのだが、映画の魅力に魅かれていたのご増進したのであろうか、上京して、あの淀川長治さんの「映画の友」友の会に参加したりで、映画の世界を目指す。
仕事については、アルバイトを経て、20世紀フォックス映画の映画宣伝部を振り出しに、やがて日本ユナイテッドに引き抜かれて宣伝総支配人に。その間に、数々の洋画の邦題を考案したというから、よほど実力が養われていったのだろう。
1972年(昭和47年)には、ユナイテッドを退社して独立する。そのうちに、「水曜ロードショー」(後には「金曜ロードショー」)の解説者としてテレビに登場。加えるに、映画雑誌に映画評を執筆するとともに、テレビの映画解説から映画雑誌にいたるまで、映画愛好者の馴染みとなる。
容貌としては、暖かみのある、ふっくらした顔にして、ちょび髭、それでいて、さわやかな口調、その独特のキャラクターが受けてタレントや俳優としても活躍、映画「シベリア超特急」シリーズの監督もする。
しかして、語り口での締め台詞の「いやぁ、映画って本当にいいもんですねぇ~」とかなんとか云々は有名で、大いに親しまれる。
そんなテレビで映画を放送する際の解説コーナーは、いつの頃からか、なくてはならぬ脇役から退き、簡単なナレーターのみとなっていき、さらに今では主画面から消えてリモコン操作でやっとあらすじを読む程度となりはてている。なんだか、寂しいと感じる人も多いのではないだろうか。
(続く)
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