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安倍内閣発足、かつて放り出した数々の政策(まず一からはじめよ)

2012-12-30 | Weblog

:2度目の総理登板を果たした安倍晋三。この新総理大臣は、5年前の退陣後から「政策的には間違ったことはしていない」(文藝春秋2008年2月号掲載の手記)と自己正当化し、退陣が国民生活にどんな影響を与えたかに頬被りしてきた。再登板で真っ先に問われるのは安保や憲法ではなく、安倍がかつて放り出した数々の政策をどうするかであると、「NEWSポスト」は安倍に説教している。

:以下に記事の一部を引用、

 1番のテーマは年金問題だ。前回の安倍政権当時、消えた年金問題が発覚し、年金制度を根底から揺るがした。安倍氏は国民の批判を浴びると、

「最後の1人まで年金記録を照合し、皆さんの年金をきっちり支払う」

 そう約束したうえで、「強い経済成長によって税収を増やすことは可能だ。消費税を上げなくて済む可能性はある」と増税なしで年金財源(国庫負担)をまかなう姿勢を示していた。

 しかし、何もしないまま投げ出すと、その後の福田、麻生両政権も、民主党政権も年金の抜本改革に手をつけないまま、自公民3党は年金の国庫負担引き上げなど社会保障財源を名目に消費税大増税を決めた。国民は増税によって5年前の安倍政権当時の年金問題の尻ぬぐいをさせられている。(引用終わり)

:今回の自民党の総選挙公約には、消えた年金記録も、年金制度の抜本改革もなかった。


[差別社会] イソップ物語、アリを美化した日本人(キリギリスに学べ)

2012-12-30 | Weblog

本ブログ管理人の一言、

東京新聞の記事によると、「働きアリの集団の中には常に2割程度の働かないアリがいて、働くアリだけのグループを作っても必ず働かないアリが出る」そうだ。これを長谷川英祐・北海道大大学院准教授(進化生物学)らが証明したという。そして、「働かないアリがいれば、別の仕事が生じた時にすぐに対応できる。仕事の効率は下がるが、集団を維持する巧妙な仕組みではないか」と推測している。

:以下に記事を引用、

働きアリ、2割程度は「働かず」 集団維持の仕組みか

 

 日本動物行動学会の「ジャーナル・オブ・エソロジー」1月号に発表した。長谷川准教授らは、体が大きいなどの理由で観察しやすいシワクシケアリを北大の苫小牧研究林(北海道苫小牧市)で採取し、働きアリ150匹と女王アリ1匹のコロニー(一族)を八つ作り、人工の巣で飼育。色を付けて識別した各個体の動きを観察した。

 その結果、卵の世話をするなどの仕事量にばらつきがあり、どのコロニーにもほとんど働かないアリが約2割いた。働かないアリだけ30匹集めると、うち約2割が働かないままだが、残りはよく働くようになった。よく働くアリだけを集めて新たなグループを作っても一部は働かなくなった。仕事の熱心さに年齢などは関係なかった。

 人間社会のように集団に指示するボスはいない、自然と働くものと働かないものが出る。長谷川准教授は「働かない『働きアリ』が集団維持にどのように貢献しているのか今後明らかにしたい」と話している

 

 :イソップ物語「アリとキリギリス(The Ant and the Grasshopper)」。この物語には二つの寓意がある.

アリとキリギリス―イソップ物語 (にいるぶっくす すまいるママめいさくステッチ)

日本では、キリギリスのように将来の危機への備えを怠ると、その将来が訪れた時に非常に困ることになるので、アリのように将来の危機の事を常に考え、行動し準備をしておくのが良いと教える。 

ところが西洋では違う。アリのように夏にせこせこと溜め込んでいる者というのは餓死寸前の困窮者にさえ助けの手を差し伸べないほど冷酷で独善的な吝嗇(けち)であるのが常だと説いて聞かせる。そして生き物である以上最終的に死は避けられないので、食料蓄積のみで生を終えたアリより、自らの快楽を追及し生を謳歌したキリギリスの方が善とされる。

:日本人は子どもの頃から、前者の教えにそった生き方を叩き込まれる。そのためか、ホームレス生活者や生活保護受給者らの社会的弱者にはきわめて冷淡だ。彼らを怠け者と烙印し、社会の隅へと追いやっていく。欧米社会のように、困った隣人を助ける博愛の精神がない。

そういえば、欧州連合構想の先駆けとして「EUの父」と呼ばれる日本生まれのオーストリア政治家リヒャルト・クーデンホーフ・カレルギーは博愛(友愛)を思想信条としたが、この日本人になじまない信条をぱくった政治家がいた。結局、普天間基地問題で自滅したが、確か名前は鳩山由紀夫とかいった。

:いずれにしろ、日本人と西欧人が子どもの頃に叩き込まれた寓意の違いは、大人になってからの「競争や格差に関する意識の違い」となっているようだ。参考に、本ブログに以前載せた経済学者大竹文雄の記事を引用しておきます。

  

 

「競争」も「平等」も大嫌いな不思議な日本人
 

米国では格差が急拡大しているが、日本はどうなっているのだろう? また、競争や格差に関する意識は、日米でどのように違うのだろうか? 格差社会に詳しい経済学者の大竹文雄氏に聞いた。
 

そもそも日本は、世界的に見て格差が大きい不平等な社会なのでしょうか。あるいは格差の小さい平等な社会なのでしょうか。

世界中の国と比較するならば、格差の小さい国だといえます。ほとんどの新興国に比べれば先進国の格差はずっと小さいからです。

では、他の先進諸国と比較した場合はどうでしょう? 

>>高所得者1%の所得占有率は??

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一言で「格差」といっても、それを測る方法はさまざまです。代表的な指標の一つに所得の不平等さを測るジニ係数というものがあります。ジニ係数でみると日本はだいたい中くらいの格差国です。

一方で、富の独占という意味で上位1%の人が所得全体の何%を稼いでいるかという指標(所得占有率)があります。表1を見れば、日本ではアングロサクソン諸国に見られるような上位1%に富が集中する現象は生じていないといえます。

>>所得格差への意識が異なる!?

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もう一つ、社会の格差を測る指標として相対的貧困率というものがあります。日本の値は15.7%(2006年)でOECD諸国の中でもメキシコ、トルコ、米国に次ぐ高いものでした(西欧諸国はほぼ10%以下)。日本人の7人に1人が貧困層であるという結果は、「一億総中流が崩壊した」として話題になりました。

米国のほうが、日本に比べて速いスピードで所得格差が拡大しています。しかし、所得格差を問題視している人の数は米国より日本のほうが多いのが現実です。表2を見ると、米国人よりも日本人のほうが、「格差が拡大した」「これから格差が拡大する」と考えている人が多いことがわかります。

>>所得は何で決まるべきか?

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その理由として考えられるのは、日本人と米国人では所得格差に関する意識が異なっているということです。表3は「所得は何で決まるべきか?」という質問に対するアンケートの結果です。日米ともに「選択や努力」で所得が決まるべきだと考える人がいちばん多いようです。ところが、「学歴」や「才能」によって所得が決まるべきだと考える人の数は、米国では50%を超えているのに対して、日本では10~15%に過ぎません。

つまり、日本人は「努力した結果、高い給料をもらう人がいてもいい」と考える一方で、生まれながらの才能や、教育環境などによって所得が左右されることに対して否定的なのです。一方、学歴格差や才能による格差を容認し、「成功するチャンスは誰にでもある」という信念が尊ばれる米国では、実際に所得格差が拡大していても日本人ほどの格差感は抱きません。

>>日本人は市場競争が嫌い!

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日本人の価値観の特殊性として、「市場競争が嫌い」という点があります。米国の調査機関ピュー研究所は、世界各国で「市場経済」に関する意識調査を行いました(表4)。その結果、日本は主要国の中で最も市場経済に対する不信感が強い国だということが明らかになりました。西欧諸国のみならず、旧社会主義国である中国やロシアと比べても市場経済に対する信頼が低かったのです。

>>弱者救済策も嫌いな日本人?

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弱者救済策も嫌い
それでは、市場経済に信頼を置かない日本人は、政府の役割や社会保障を重視しているのでしょうか。同調査では「自立できない非常に貧しい人たちの面倒をみるのは国の責任である」という考えかたに対するアンケートも行いました(表5)。

すると、この数字も日本がきわだって低いことがわかりました。ほとんどの国では、80%以上の人が貧しい人の面倒は国が見るべきだと考えているのに対して、日本人でそう考える人は60%にも満たなかったのです。

「市場競争によって効率性を高め、その結果生まれてしまった格差は政府が所得の再分配を通じて是正する」というのが経済学の標準的なモデルです。例えば、手厚い福祉国家で知られるスウェーデンやデンマークなどの北欧諸国にしても、自由な市場経済のメリットは理解しているので、規制は取り払いつつ、所得再分配を強化することで平等な社会を実現しています。

>>経済状況とともに価値観も変化

日本人が大きな政府を嫌う理由として考えられるのは、日本人の公共心が、家族や職場、地域社会など狭い範囲にしか及ばないということが考えられます。見知った者同士であれば助け合いの心があるのに、国という大きな単位では互助的な精神が生まれにくいのかもしれません。

ただし、日本人の国民性がもともと競争嫌いで、貧しい人に冷たいということではないと思います。高度成長期に形成された価値観が、低成長や少子高齢化にうまく対応できていないということではないでしょうか。

格差や競争に関する価値観も今後、時間をかけて変わっていくでしょう。価値観が経済システムを規定するように、経済状況が変われば価値観もまた変化するのです。ただし、社会の変化に価値観の変化が追いつかず、ギャップが生じる時期が生じます。そういう時期には制度もうまく改革できないので、さまざまな社会問題が生じてくるでしょう。

 


 



 


 


 

 

 

 

 

 



 



 



 


安倍内閣発足、一言で名付けると(著名人に聞きました)

2012-12-30 | Weblog

 ◇コラムニスト・小田嶋隆さん「プルサーマル内閣」

 再登板の安倍首相をはじめ、一度トップとして燃え尽きたはずの人が目立つ。まるで使用済み核燃料を集めて再処理し発電するプルサーマルのようだ。かつて「夢のエネルギー」と言われていた代物も、実際はトラブル続きで「絵に描いた餅」に過ぎなかった。新政権は原発の再稼働に前向きと言われ、賛否が分かれる物価目標を景気対策の切り札にしようとしている。右傾化の懸念もあり、その危なっかしさもプルサーマル級ではないか。

 ◇政治評論家・浅川博忠さん「必勝堅実内閣」

 前回の安倍内閣で「参院選堅実内閣」と名付けたが、想定外の事務所費問題が出て「お友達内閣」と批判され参院選に敗れた。今回は学習してさらに地味にし、あえて「必勝堅実内閣」と名付ける。来年の参院選に向け、民主党と違って安定した国会答弁ができる人選だ。「お友達ナンバー1」の塩崎恭久元官房長官を外し、批判をかわす狙いもある。ただ当選3回の稲田朋美氏らの抜てきに、党内に不協和音が出る恐れがある。

 ◇漫画家・しりあがり寿さん「三年寝太郎内閣」

 政権を離れていた3年間で自民党がどう変わったのかよく分からなかった。民話の寝太郎は起きてから大きなことを成し遂げる。同じ期待をしたいが「本当にただ寝ていただけじゃないのか」という不安はある。どこかで見た顔ぶれが並ぶので「デジャブ内閣」も考えた。ひ弱な印象だった「お友達内閣」より多少は重量感がある。外交や国防で強く出てほしいという期待もあるだろうが、そうしたらどうなっちゃうんだろうという不安も残る。

 ◇教育評論家・尾木直樹さん「同窓会内閣」

 顔ぶれをみると、自民党総裁の経験者が3人で、うち2人が首相の経験者。党の要職や大臣の経験者も多く、重鎮が久しぶりに顔を合わせた印象だ。「お友達内閣」と言われた前回の安倍内閣よりそつがなく、来年の参院選に向け「ミスを出せない」という思いもあるのだろう。衆院選で自民党は議席数で大勝したが、得票率はそれほど高くなく、支持者が圧倒的に多かったわけでないことを忘れないでいただきたい。おごれば必ず凋落(ちょうらく)する。