昨日MAKIKYUは近場を動き回っており、その際には京急電鉄(この呼び方は少々違和感を感じますが、最近は略称でこの呼び名が多用されています)にも乗車したのですが、その際には今まで何度か遠巻きに走る姿は目撃していたものの、乗車する機会がなかった「ありがとうギャラリー号」と呼ばれる編成に乗車する事が出来ましたので、今日はこの車両に関して取り上げたいと思います。
「ありがとうギャラリー号」とは、かつては主力車両として活躍し、大分勢力を減らしつつもまだ走り続けている1000形車両の6両1編成を、京急電鉄110周年を記念して昭和20~30年代にかけて京急で採用していた朱色と黄色の塗装(個人的にこの色は、どちらも辛子を連想させられる気がしてならないのですが…)に装いを改めたリバイバル塗装列車です。
リバイバル塗装はラッピングで再現しているのが特徴で、塗装に比べると簡便な反面、下にある塗装の塗り分けなどが…という問題がありますが、それでもこの編成のリバイバル塗装は割合出来栄えも良いのでは…と感じさせられました。
「ありがとうギャラリー号」と名乗るだけあって、外観の装いを改めただけでなく、車内も広告枠を用いて一般公募で選ばれた絵などを展示したギャラリー列車となっているのが特徴で、ギャラリーとなっている車内の様は、昨年80周年を迎えた小田急線のラッピングトレインに乗車した際の事を連想させられました。
この列車は一般乗客に広く京急電鉄110周年を告知する観点でも大いに評価できるもので、6両編成で主に本線普通車に用いられる事から、この車両の運行で普通車の魅力を向上させ、普通車に乗り通す乗客を増やす事で、快特偏重に手を焼く状況(普通車の魅力を取り上げ、普通車への乗車を訴える広告を見かけた事もあります)が少しでも改善される事にも期待したいものです。
またこの編成に乗車して少々驚かされたのは、この編成の両端先頭車の車両更新年を表すプレートの年次表記が「昭和64年」(中間車は別年次)となっており、長かった昭和時代を締めくくる昭和64年は僅か1週間で終わってしまった事から、様々な場面でこの年次表記は注目(小銭などが代表格で、MAKIKYUは電車でも以前、京急とは別の私鉄で昭和64年武庫川車両製という車両(乗車した車両は現在残念ながら廃車になっていますが…)に遭遇した事があります)されますが、この事もあって敢えてこの編成を「ありがとうギャラリー号」に抜擢したのか否かも気になる所です。
あと他形式も含めて多数が普通車で走り回る6両編成の中で、1編成しか存在しないこの「ありがとうギャラリー号」に乗車した後には、某駅(JR某駅とも徒歩3~4分程度しか離れていない駅で、京急に詳しい方は写真を見ただけで何処か分かるかと思います)で折り返して来るこの列車を待ち構えて撮影したのですが、その後走り去って行く際には、偶然にも並行して走るJR線で今かなり注目を浴びている列車が走っており、狙ってもなかなか遭遇できないであろう珍車同士の併走劇を目撃する事(昨日は知人1名が同行していましたが、これには知人も驚いていました)も出来ましたので、こちらは慌てて撮影した事もあって架線柱などが邪魔して見難いものの、このシーンも一緒に取り上げておきます。
「昭和64年」を見かけたら私も反応すると思います。
普通車を乗り通すようお願いするって……
京急の場合,普通車が空いているとはいえ,かなり遅い(追い越しが多い)から無理なお願いですよねぇ。
この「ありがとうギャラリー号」ですが、昭和64年改造とは想像もせずに実車に乗車しましたので、プレートを見た際には少々驚いたものです。
また車内の広告枠も特別なギャラリーになっていますが、この内容に関しては、「110年の歴史ギャラリー号」の方が楽しめるかと思います。
あと普通車乗り通しのお願いは、今も時折…といった所ですが、普通車の中にも4両編成が混入しており、ここに600形クロスシート編成でも入ると、ドア付近だけが凄まじい状況になりますので、退避の問題に加え、この問題車両のドア間ロングシート化を早急に完了させるなど、車両面での対策も必須かと思います。