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まこちの風来坊日記

湘南ベルマーレ応援記を中心に、時には旅の記録や菜園記録など
明るく元気な風来坊の生活スタイルを綴っていきたい。

貴船川床は最高でした。

2012年09月07日 | お出かけ

9月3日、湘南ベルマーレvs京都サンガ戦応援の翌日、京都の奥座敷に行ってきました。

主たる目的は昼食を貴船の川床で味わう事でした。

同行して頂いたM氏夫人が手配してくれたお店は川床老舗旅館「ひろや」。

京都駅から地下鉄で国際会館まで行きそこからタクシーで鞍馬山へ。

一時間ほどの鞍馬寺散策後、電話したらワゴン車でここまで迎えに来てくれました。

 

風情のある門をくぐり旅館内を抜けていくとそこに川床が。

さて、どこのテーブルに座らせて頂けるのか?が一つの大きなポイント。

案内されるままに着くとそこは「ひろや」川床で一番良い場所のテーブルでした。(と我々は思っている!?)

このひろやさん、もの凄く長い川床をお持ちで写真のここが中段で8テーブルあり、

その上段と下段にもテーブルがセットされています。

何故、我々の席が一番良かったのか?と言うと、それはこの風情が楽しめるから。

この画像の右下が我々のテーブル。

M氏御夫妻は背にしてますがまこち夫婦は目の前の小さな滝を眺めながら食事を楽しめる場所でした。

(目の前がこの流れです  )

月曜日のお昼時とあって混みあってはいないものの、ここのテーブルに着けたのはラッキーでした。

気温はと言うと、鴨川源流に近いとの事で昼間でも涼しい。

気温は市内から比べると4~5度は低いらしく、この日は26度前後と最適。

ここで気になるのが床下を流れる水温だ。

M氏は靴下を脱ぎズボンの裾を上げて片足を入れてみた。

一分も経たない内に、「ヒヤー、冷めてー。」と言いながら足をあげると、

浸かっていた所までがそれまでの肌色から薄赤色に変色していましたっけ^^

 

さて、ここでのお食事です。

川魚な山菜物が中心の懐石料理で約二時間の間に8~10品位が出されたのではないでしょうか。

特に印象深い料理を二つだけ掲載しておきます。

鱧の湯上げを梅肉で、と言ったお造りや、⇓⇓

鮎の塩焼きがまるで泳いでいるかのような盛り方でした。⇓⇓

そのほかに出された料理、どれをとっても「見て楽し食して旨い」ものばかりでした。

 

風情豊かな京の奥座敷で美味しいものを頂いたのは、まこちにとって至福の一時でした。

帰り際に高齢のおかみからお店のお話を伺うことができ、

別れ際に、「また、おこしやす。」って言われてしまいました。

(んっ?来年も西京極に来るんかナ!?)って思いましたが・・・、

 貴船に行くなら、「ひろやの川床が最高で~す」。

 

ベルマーレが勝って美味な川床を味わった思い出深い京都ミニ旅行でした。

 

 


本場の讃岐うどん

2012年08月24日 | お出かけ

湘南vs徳島戦の翌日、うどん県高松市まで足を延ばしました。

本場の讃岐うどんを一度は試しておきたい、だけの事。

徳島駅から特急うずしおで約一時間で高松駅に到着。

初めての高松、四国の玄関口だけあって大きな街だ。

早速、観光案内所に行って「二時間コース」の名所と美味しい店を聞く。

栗林公園付近の専門店「上原屋本店」を紹介されたので、教えられた通り、

バスに乗るところから行動にうつす。

下車して数分歩いても見当たらないので、通り掛かりの人に尋ねてようやく発見。

駐車場には地元ナンバーの他に他県の車も数多く止めてあった。

12時半頃の昼時とあって、のれんをくぐると多くの客が並んでいる。

(時間がかかるのかな?)と思いきや、待ち行列は前に前にと進む。

セルフ方式なので前の人のマネをしながらトレイと小皿を持つ。

最初に、数多く並べられたかやく類から食べたいものをピックアック。

どれもこれも安くて旨そうなので悩んでしまうが後ろの人が迫っているので早目にチョイス。

次は、メインのうどんだ。

悩んでいたら、愚妻が「温かいぶっかけ」を注文したものだから自分は「冷たいぶっかけ」を。

つぎは、ご飯類があってお結びや稲荷寿司などがチョイスできる。

あとは、薬味と天カスをお好みで載せて終了。

入店から、出来上がりまでわずか10分足らずでテーブルに着く。

自分のトレーはこれだ。(いも天は愚妻のもの)

麺はしっかりと歯ごたえがあり多少濃い目のだし汁が絡み合って旨かった。

更に大好物のかき揚げ天を入れて一緒に食べたら、「まいう~」。

やはり本場で食べる名物は美味しいね。(ハズレもあるけど、ネ)

会計も二人分で800円強だったのでお得~。

ちなみに、食べログで「香川うどんランキング100」を調べてみたらこの店は15位でした。

もっと人気の高いお店があったんですね 

でも早くて安くて旨かったので満足×2、でした。

 

食後の散歩に栗林公園を歩いてみました。

ちょうど一時でお日様が真上にあり気温は34か5度と猛暑。

なので人数は滅法少なく、一人占め状態だったんですが、5分も歩いていると汗だく。

60分コースを速足で30分で廻ったものだから噴き出す汗は半端ない。

下着は勿論、ポロシャツまで滲み出て散々の思いでした。

こんな暑い日に気楽に散歩しよう、なんて思わない方が良い。

と思った2時間の高松ミニ旅行でした。

 

 

 


ニンスタの疲れを癒すプチ旅行

2012年05月02日 | お出かけ

30日、湘南ベルマーレvs愛媛FC戦は雨に打たれ、そして敗戦

身も心も冷え切った我らを迎えてくれたのは道後温泉でした

本館入口には「現在大変混雑しています。」の立て看があったので

今晩の宿に直接入ることに。

オールドイングランド「道後山の手ホテル」は道後温泉本館から5分程登った所にあった

和風の旅館が立ち並ぶ温泉街にあっては洋風の建物は目を見張るものがある

大浴場は、勿論100%源泉のかけ流しで

サウナや露天風呂もあって洗面所もすごく清潔感溢れて気持ち良い。

一風呂浴びた後は街に出て夕食だ

ニンスタで共に応援したH氏からの情報で「すし丸」道後温泉店に入った

愛媛に来たら食べとかなって言うんで

自分は「松山鮓」(もぶりすし)、愚妻は「鯛めし」をビールと共に頂いた

名物に旨いものなし、って言うがそんな事はない

どちらも互いに食べ比べしたが、お替りしたくなる程の旨さだった。

食後の散歩に商店街を歩いていると「坊っちゃん団子」が目についた

1個100円の個売りがあったので2個だけ買って食べてみた

抹茶・黄身・小豆餡の柔らかくて上品な味は、別腹にすんなりと入っていった。

敗戦でズタズタになった身体は、温泉と食事で十分に癒されました。

 

翌日の5月1日、朝風呂にゆっくり入った後、帰りの便まで5時間ほどある。

路面電車に乗り、大街道で降りて、リフトに乗って松山城に。

松山市中心部の小高い山頂に立つ天守閣は日本を代表する連立式のお城で

門や櫓など含めて21棟が重要文化財の指定を受けているらしい

城郭の美しさと威厳ある名城に見入ってしまった。

 

ここからJR松山駅に行き、特急宇和島行きに乗って内子に向かった

これも昨日、H氏から情報を得たものだった

30分程で内子駅に到着

観光客は少なくて静かでのんびりとする町を歩いた

江戸末期から大正時代に栄えた商店や家並みが立ち並び歩いているだけで心が癒される

最も感動したのが、内子座だ

大正5年に建てられ昭和60年に復元されたと聞いたが

威厳がありその存在感には心を奪われた。

館内も自由に見学でき、舞台や客席は勿論、

廻り舞台や花道の地下(奈落と言うらしい)まで見て廻れたのは興味深かった。

平成18年には、現在の中村勘三郎襲名披露公演が行われたり

平成6年には坂東玉三郎らも来られて歌舞伎を行ったりしたらしい。

ここを案内してくれた方は

「これらの公演を見させて頂いた時には、鳥肌が立つほどの思いをしました。」

役者と観客とが一体になれる小屋って素晴らしい事だと感じました。

昨日の敗戦で疲れた心はここに来てすっ飛んでしまいました。

 

プチ旅行の最後は、ここの舞台に上がらせてもらい、見栄を張って幕を閉じました。

 

ニンスタでの疲れを癒やし、

愛媛県松山を堪能できたプチ旅行でした。

 

 


エジプトへの旅 【その4】

2011年02月02日 | お出かけ
【ナイル川クルーズ】

エジプトの旅、五つ目の楽しみはこれでした。
1月15日~18日の3泊4日は5つ星クルーズ船「ソネスタ・ムーン・ゴッデス号」でナイルの船旅を楽しみました。
世界最長(6、650km)のナイル川のほんの一部、ルクソールからアスワンまで約200kmを上流に向かっていくクルーズでした。

     SONESTA MOON GODDESS号


全長:72m、全幅:14m、高さ:11mの4階立て。
キャビン数は53部屋で我々の部屋は2階の15番。
通常のホテルにひけを取らない部屋を紹介しよう。

寝室、ガラス戸の向こうは・・・


バルコニー付き、ここで美味しいタバコが吸える^^


洗面ルーム、ドライヤー・バスローブなど完備


シャワールーム、一年程前に改装され清潔でした。


【1月15日】
ルクソール西側観光から帰ってきてチェックイン。
船内で遅い昼食後はゆっくりと横になって夕刻出掛けるまで間、のんびりと過ごす。
夕刻からの観光後、船に戻り夕食を取ったあとは4階ラウンジでベリーダンスショーを楽しみました。


昔は綺麗だった?奥様達は子供に帰ったようにはしゃいでいました、ネ^^


タンヌーラという伝統的な踊りも見学できました。

【1月16日】
朝、起きてみると昨晩と同じ風景。まだ船は停泊したままでした。
朝食は、嬉しい×2「日本食」が準備されてました。


ご飯に味噌汁・卵焼き・焼き魚・漬物と十分過ぎるほどの料理で我々の胃袋をホッとさせてくれました。聞いてみると、ツアー11人の為だけにエジプト人のコックが船に乗ってくれ毎朝、暖かい朝食を準備してくれたという事。
皆で「ごちそうさまでした。」と合掌です 
彼にボールペンを渡したら「日本製?」と聞いて来て、「そうです。」と答えるとホント、嬉しそうな顔して喜んでいました。

午前中は前述した「カルナック神殿」見学後に戻ると、船はエドフの向け出航。
こんな風景を楽しみながら


昼食はサンデッキでエジプト料理のバイキングでした。    
    
そして気温も上がってきたのでここぞとばかり、Tシャツ・半ズボン・ビーチサンダルに履き替えてデッキのプールで水遊び、です。


欧州系の子供達が遊んでいたので一緒に遊ぼう、と誘ったら逃げられてしまいました^^
(実はこれがきっかけでガラベーヤパーティーでは一緒に遊べたのですけど・・・。)

ビギニ姿で日光浴してる外人や日焼け対策して静かに本を読む日本人など、過ごし方は様々でした。

3時ごろになるとティーパーティー。

コーヒーやクッキーが食べ放題なのですが、食べてばかりであまり食は進みませんが、
気分爽快で話は盛り上がりっ放し。

すると、やってきました。クルーズ名物の小船が次から次へと。

この人達、ビニール袋に入ったガラベーヤパーティー用の民族衣装やカーペットなどをクルーズ船の甲板めがけて投げつけてくるのです。
中味を確認して気に入らなければそのまま、袋に入れて投げ返す。
でも、どの人が投げてきたのか?わからなくなるし、わかったとしてもその人の小船に戻らないで川に落ちたりする。

気に入ったガラベーヤを愚妻が見つけると次は値段交渉だ。
相手は50$からスタート。こちらは10$以上では買うつもりない。
なんどもなんども交渉をしていると、今度は「まこち」用の衣装を投げつけてきた。
「2つで30$だ。」と言う。(ん?だんだんと近づいてくるな!)
こちらは2つで20$で押し通して、ビニール袋に20$入れて投げ返す。
相手は金額を確認してOKサイン。こちらも笑顔でサンキュー。
ナイル川ならではの光景でしょうか?とても楽しかった一時でした。

このガラベーヤ、最終日の夜に着ましたので後ほどご覧ください。

そうこうしている内に、エスナの水門を通過します。
川の高低差をここの水門で船が通過できるようにする施設。
高さ7mのロックに入ると水かさが徐々に増え船が上がり上流に向かって進む事ができるのです。

エスナのロックとも言われるらしいです。

この日の夜は、カクテルパーティー。
船員と乗客がラウンジに集合しカクテルなどをサービスして頂き交流を深めるパーティです。

ここは少しだけお洒落して参加してみました。


船長からの挨拶は全て英語なので我々の現地ガイド「サラムさん」が通訳してくれてます。
どうでしょう、お客さんは全部で40人位だったでしょうか?
日本人は我々以外にイタリアへの仕事帰りに立ち寄ったというご家族三名も参加されてました。
あとは欧州系の人達が多かったようです。

30分位で終り夕食でした。
船は走っているのですが、揺れることはなく、エンジン音も聞こえず地上にいるのとなんら変わらないので良かったです。

【1月17日】
朝起きるとエドフに停まっていました。
甲板に出てみるとナイル川から昇る朝日を見る事ができました。


今日はホルス神殿観光とエドフを出航してコムオンボへ。
ここでも神殿を観光してアスワンに向け航行するスケジュールでした。

観光は後述する予定です。

この日の夜はクルーズ最後のガラベーヤパーティでした。
我々が「二つで20$」でゲットした衣装です。


この衣装は地味な方で外人の客達は思い思いのユニークな物を身に着けて参加していました。
ここで欧州系の子供達と仲良くなり一緒にゲームなどして楽しみました。

ホントに可愛い子供達でした。

ゲームの一つで勝ち残った外人とツアー仲間の女性。

綺麗な衣装で美しかったです、ハイ。

一時間位、踊ったりゲームしたりで笑いっ放し。
愚妻は頑張って準決勝まで残りましたが決勝進出まではいかず賞品ゲットできませんでした。

この夜はほど良い疲れと酔いでぐっすり眠れました。

【1月18日】
朝起きると終着地、アスワンに着いてました。

朝食後、楽しかったクルーズ船に別れを告げ次の目的地へ出発しました。


短い期間でしたが、生まれて初めての船旅は楽しくのんびりできて最高の一時でした。

次は機会とお金があれば・・・、地中海クルーズなどしたいものだと思ってます。


さて、エジプトの旅も終盤に入るのですが、これからちょっぴり忙しくなるので
アップできるのは後日となります。

その時までお楽しみに。。。







エジプトへの旅 【その3】

2011年02月01日 | お出かけ
【1月15日】

気球を楽しんだ後、遅い朝食を取り、10時頃からルクソールの西岸観光へ。

「メムノンの巨像」で写真を撮り


四つ目の楽しみだった「王家の谷」へ。

3,500年~3,000年前の新王朝・新王国時代、王様達は盗掘から逃れようとルクソール西側の奥深い谷間に死後の安住の地を求めたと言う。「王家の谷」はそんな大きな岩窟墓が沢山あると言う場所。全部で60以上の墓が発見されており、吉村先生率いる早稲田の研究所も今でも発掘作業が行われているらしい。

我々が入場できたお墓は、ラムセス4世・ラムセス9世・ツカンカーメン・メリンピタフの四か所だった。
どこの墓も巨大な石棺や美しい壁画がみられ更には小さなミイラもそのままの形で残っているのは感動的でした。
ここもカメラ持込み禁止で、残念ながら画像は一つも残っていません。

その後、バスで数分戻り「ハトシェプスト女王葬祭殿」へ。


中央の坂道を登っていくと大きな女王の像と


女王生誕などのレリーフが今でも綺麗に残っている。


壮大なファラオたちの安眠の地に別れを告げ東側に戻ると、
今晩から3連泊する楽しみなクルーズ船にチェックインしました。


ここから船中に入り4つの船を通り過ぎたら我々の5つ星クルーズ船「ソネスタ・ムーン・ゴッデス号」にたどり着きました。

ナイル川クルーズの様子は後述したいと思います。

夕刻から停泊中の船を下りて「カルトゥーシュ」のお店に。


「カルトゥーシュ」とは王の名を彫った文字を囲む楕円形の装飾枠の事、らしい。
ここで自分の名前を象形文字でつけてもらい世界に一つだけのペンダントとして売っているとの事。
自分は殆ど興味無いが奥様方は目の色を変えて物色している。愚妻も他の奥様方と同様、純金の重そうなペンダントから離れようとしない。娘への土産だけかと思っていたら「私の名前はどのように書くの?」と言いだし、大きいのを2つも買ってしまう破目に。
「サインはお父さん、やっておいてネ。」・・・(こりゃあ!いくらだと思ってるか!!)
この時は少々腹立たしかったが、後日、娘が喜んでいるのを見たら救われました、ハイ。

その後、ライトアップされた「ルクソール神殿」へ。


正面にはオベリスクが左右2本あったそうだが、現在は左側の一本だけ。
右側のもう1本はパリのコンコルド広場に聳え立っているんだって。
「去年見たアレだよね、こりゃぁ驚きだ~。」

列柱廊も光に照らされてとても神秘的でした。


【1月16日】

ルクソールに停泊中のクルーズ船に一泊後、エジプトで最大規模を誇る「カルナック神殿」を見て歩きました。


(スフィンクス参道と塔門)

国家最高の神=アメン・ラーを祀る巨大な建物群は壮大だ。


(ビネジェムの像)


(あまりの大きさに圧倒された列柱群)



一時間半位、神殿の中を歩いたでしょうか?
疲労は溜っているのでしょうが、感動の連続で気分は最高のまこちでした。

次回は、ナイル川クルーズの様子をアップしましょうか、ネ。





エジプトへの旅 【その2】

2011年01月31日 | お出かけ
【1月15日】

今回のツアーの楽しみ三つ目は、気球に乗ってナイル川や王家の谷などを空から楽しむ事。

30~40分ほどの空の旅の予定が・・・!?

早朝5:20ホテル集合し、



こんなカワイイ船と



こんなバスに運ばれて西側の気球乗場に到着したのが、6時頃。
あたりはまだ真っ暗だ。
服装は日本の真冬と同じで良かった。
寒がりの自分はオーバーパンツまで着込んで対策十分。



約10個の気球にガスが入れられ



我々が乗り込んだのが6:30頃。

気球は順調に地上から離れ下界の家々が段々と小さくなってくる。
東からはお日様が昇りはじめハトシェプスト葬祭殿に日が当たりとても神秘的。





気球は気持ち良くゆっくりと進み我々を大いに楽しませてくれる。
下にはカルナック神殿が見えその大きさにまたもや圧倒されてしまった。

このまましばらく乗り続けたいなぁ~、と思うや否な・・・、

アレ!?、何だかおかしいな? 

もう40分以上乗っているぞ!!
こちらは東側ではないのか? コースは西側上空を飛ぶと聞いていたが 

そうです、風に流され全ての気球が東側に飛ばされてきちゃったのです。

それでもこの気球⇓は、上手にサトウキビ畑の収穫跡地に軟着陸成功です。



しかし我々の乗っている気球は着地地点を探しながら飛行を続ける。

そして着地態勢に入ったのが7:30頃、約一時間乗っていたことになる。

だが・・・・・、



着地した場所はサトウキビ畑のど真ん中だ~

後ろを振り向くと10m位引きずってしまった跡がハッキリと残っているぞ~。



どうした!どうした!?、大丈夫か~!??

近くに住む子供達が救助にきてくれるも、ここで降りても仕方なくもう一度上空に上がり適当な場所を見つけてはトライして失敗し、3回目にしてようやく下船できる場所に軟着陸してくれた。時計は8:30を指していた。

近くまでバスが迎えに来てくれていたので朝食の待つホテルへと帰っていった。

一時はどうなることかと心配したがこのような事はよくある事だと言う。
王家の谷は上空から見られなかったがこのようなハプニングに遭遇できたので楽しい思い出として深く記憶に刻まれましたヨ。

ルクソール気球体験、最高でした。







エジプトへの旅 【その1】

2011年01月30日 | お出かけ
12日から22日まで永年の夢であったエジプトへ旅してきました。
良い時期に帰国してよかったです。25日から反政府デモが勃発し29日にはカイロの考古学博物館やギザの三大ピラミッドも閉鎖されJTBやその他の旅行会社ではツアーそのものが中止になるなど混乱しているようで・・・。

「遥かなるナイルの船旅と神秘のエジプト11日間」のツアーでした。
カイロを中心に北はアレキサンドリアから南はアブシンベルまで約1、000kmを往復した旅の様子を記録に留めておきたいと思います。

【1月12日】



成田空港13:30発のエジプト航空でカイロまでの直行便で出発。

この飛行機のウリは180度リクライニングできるビジネスシート。



飛行時間が約14時間と長丁場なのでゆったりと横になって過ごせたのは快適でした。
ただし、エジプト航空には一切アルコール類のサービスが無いので、乗る寸前に数本GETして乗り込みました。



カイロ空港に到着したのは現地時間20時30分頃。(時差:-7時間)
ここで現地通貨であるエジプトポンドを少々両替。
50US$出したら289E£を貰えた。
US$を84円で交換していったから1E£は15円を切る位の計算になる。
この辺で少しは円高メリットの恩恵に授からないとネ^^

空港からバスに乗り一時間、ギザの街に22時30分頃、到着。
今晩の宿はピラミッドが見えるメナハウス・オベロイと言うホテル。



ここはフロントやレストランのある建物で我々の部屋は3~4分程歩いて行った所にあった。
4階のベランダからピラミッドが二つ見える部屋だったのでご機嫌でした^^
が、時差の関係で横になってもなかなか寝られずこの日の睡眠時間は2時間程度でした 


【1月13日】

今日はハイライトの一つであるピラミッド観光と言うのにドンよりとした曇り空。
ホテルからバスで5分程で到着、入口を抜けると目の前にドーーンと聳え立つ大ピラミッド。



4,500年程前に建てられたという「クフ王」の大ピラミッド。
本来の高さは146mあったそうだが現在では頂上部がなくなって137mだと言う。
テッペンに避雷針の様な棒が立てられていてそれが本来の高さを示しているらしい。


(クフ王ピラミッドの内部入口:写真中央)

「皆さんの為に私朝早くから並んで一日限定300人しか入れないチケット準備しましたので探検してきて下さい。ただし、内部はカメラ持ち込み禁止です。」
と、現地ガイドのサラムさん。

全長50m位の道のりだが通路は非常に狭く急な登りもあって腰をだいぶ屈めて進んでいく。廻りをゆっくりと見学する余裕もなくひたすら頑張って歩いた記憶位しか残っていない。
でも、途中、通路がいくつか別れる個所がありこの先には何があったのだろう?と考えさせられる個所もあった。
到着した所はひんやりとした広い空間。
何も置かれていないただの広場。いったいここは何の為に作られた空間なのだろう?
大きな石が整然と積み上げられているのに驚くばかりだった。



このツアーならではのパノラマポイントへ。
途中、多くの旅行者が立ち寄る一般のパノラマポイントを横目に見てさらに10分程バスで走ってここまで連れてきてくれた。
我々11人以外に他の旅行者は誰もいない。大小9つのピラミッドを占領でき?感激です。



その後、一般のポイントまで戻り定番のラクダを乗る事に。10分間で10$でした。
馬より高くキリンより低いが乗って見ると意外と怖かった。余裕こいて片手を離しているが一瞬のポーズをラクダ先導さんが写してくれたもの。下半身は内股に力入れて落ちないよう踏ん張っているんです、ハイ。



スフィンクスと河岸神殿にやってきた頃は快晴で気分最高です。
古代エジプトで多く造られたスフィンクスの中でも最大にして最古とのこと。
顔の一部を修復中でしたがこの圧倒される風景は何時間見ていても飽きない所でした。




その後、パピルスのお店で実演見たりお土産買ったりで・・・、
一日目だけでエジプト満喫できました 


【1月14日】

同じホテルに連泊した今日はカイロ考古学博物館の見学して空路、ルクソールへ向かう行程です。


(カイロ考古学博物館正面)

ツタンカーメンの黄金のマスクやファラオのミイラなどを一目見たく欧米やアジアなど各地からの旅行者でごった返し状態。

ここもカメラの持込み禁止。
二つ目の楽しみだったので、記憶にしっかりと留めておきたいと思ってます。

約二時間見学して昼食後、カイロ空港へ向かった。
すると、珍しく雨が降ってきた。
「恵みの雨です。」とガイドさんは言っていたが雨に慣れていない市内ではあちこちで水が溜って大渋滞でした。


(強い雨ではないのに水はけ悪くこの車、立ち往生でした)


カイロ空港15時20分⇒ルクソール空港までフライト、約一時間。



到着後、ホテルへ向かいゆっくりと休憩。

明日は三つ目の楽しみだった気球に乗り上空からのナイル川観光です。

【その2】をお楽しみに。






ソウルへの旅~韓国娘との再会~

2010年10月18日 | お出かけ
韓国娘との再会

4年前、我が家に一週間ほどホームステイしたのがきっかけで、
日本での両親・韓国での娘として付き合いが始まった。

その時は片言の日本語をしゃべるのが精一杯だった彼女は次の年、
筑波大の留学生として一年間日本で勉学に勤しみ、今年大学院を卒業した。

その妹も日本が大好きで姉の留学中に数回遊びにやってきて、
我が家に寝泊まりしているうちに仲が深まり親子関係のような形までに至っている。

姉は韓国でも有名な女子大卒。今では日本語・英語は流暢に話せ中国語も勉強している。
そんな彼女でも現在、折からの就職難で苦しんでいる様子だった。

妹も優秀な大学の二年生。来年は姉同様に日本のある大学へ留学する予定だと言う。

昨年の話だが、彼女らのご両親が感謝の意を込めてという事で、我々と娘二人とをヘラン号の旅(一泊二日)をプレゼントしてくれた。


(ソウルからモッポまで向かう豪華ブルートレイン)


(展望ラウンジでくつろぐ四人)


それから、ちょうど一年が過ぎた先週13日。

就活中で大変な姉が時間を作ってくれ我々が滞在中のホテルにやってきた。
一年振りの再会に飛び上がって喜ぶ姉と愚妻。小生が右手を差し伸べると韓国流の年上を敬う握手をしてくれた。

しばらく色々な話をしてから昼食と市内散策と兼ねてテハンロ(大学路)へ連れて行ってくれた。
「おじさんとおばさんはソウルの観光名所は殆ど行かれてるので何処行っていいか?迷ってしまいます。」
地下鉄テハンロ駅から駱山(ラクサン)公園まで歩いていく途中には古い家や塀などに様々なアートが描かれ装飾されてそれらを楽しみながら約二時間の散歩。
ここでも急な坂道を登ったり降りたりで足腰に負担はかかったが一つ一つのアートが面白いので疲れを感じないで歩く事ができた。

妹の授業は5時頃終るとの連絡が入り彼女の学校まで行く事に。

満面の笑みで喜びを表す陽気な妹はキャンパス内を日本語で案内してくれた。




立派な大学に感動。まるでギリシャやイタリアに来たような感じ。
創立61年目、12,000人位の生徒数とのこと。
図書室の中に案内されてここでもビックリ。三階まで吹き抜けの中央から見上げると二階・三階が円形になっていてその中で学生達が勉強できるようになっていた。

「よく映画やドラマの撮影に使われています。」
と、広くてきれいなキャンパスに誇らしげでした。


その後、近くで夕飯タイム。



「ここは面白いものがあるんですが私達にはできませんのでおばさん作って下さい。」

何かと思ったら「おにぎり」を自分たちで握って食べるんです。
ここは愚妻の腕の見せどころ。
「ほら、こうして廻しながら握れば上手くできるでしょ。」

「わぁ~、きれいキレイ!!」と天真爛漫な妹は拍手しながら喜んでいました。

いろいろと楽しい話をしているとアッと言う間に時間が過ぎ

「来春、日本へ留学に行く予定ですのでまた会ってくださいね。」

ほんとに二人とも日本語がうまくなっているのにビックリしました。

お互い、次の再会を約してそれぞれ手を振りながら別れて行きました。









ソウルへの旅~日韓戦~

2010年10月17日 | お出かけ


先週11日~14日まで年間行事?となっている韓国ソウルへ行ってきました。

5年連続7回目の訪問、今回は主に日韓戦の応援・韓国娘二人との再会でした。

記憶が薄れない内に記録しておきます。


【日韓戦応援】


10月12日、ソウルワールドカップスタジアムに立つ自分

日本代表チームのゲームを生観戦すること自体少ないまこちですが、今回は国際親善試合がソウルで行われるとの事で事前にチケットを国内で手配し応援に行ってきました。

滞在したホテルから地下鉄2本乗り継いで到着。
サッカー専用なので日産スタジアムと比べると陸上トラックが無い分コンパクトに見える。
が、ピッチが眼下に見えるのでサッカーを楽しむには申し分ない。

自分らの座席はAブロック31列の1・2番。
「おっ、通路側でいいじゃん!」と喜んでいたら・・・

なんと、その通路に警備員がズラッと並び始めた。
すなわち、すぐ右側の席からはホームチームを応援する韓国人の席だったという訳。
(面白いじゃないか!、大声で声援送ってやろう!)と燃えてきた一幕もありました。



ウルトラスのリードで国歌斉唱からチャントまで出来る限り応援しましたが、初老のまこち夫婦は適当に座りながら、でも気持ちは精一杯込めて頑張りました。
大声で歌っていると隣りの韓国女性ファンが笑顔で振り向いてくれ、お互い理解し合いながら観戦できたのは嬉しかったです。
それと、例の「テーハミング」の大合唱は素晴らしいの一言。スタジアム全体から何度となく聞かされていると自分も一緒になって口ずさんでしまうかのようでした。




試合開始です、欧州・南米並みの発煙筒です。
否が応でも心から燃えてきます^^

両チームとも海外でプレーする選手が多くワンプレーワンプレーの巧さに目が点になってしまいました。お互いに高い集中力で早いプレスのかけ合いで身体を張ったコンパクトなプレーはホントにハイレベルな内容でアッと言う間の90分でした。


(何度もチャンスメイクし果敢に攻める本田圭佑)


(あたりの強い相手に負けずシュートまでいく松井大輔)

結果は、スコアレスドローでしたが、本田を中心にボールを繋ぎ右から松井、左から香川、トップの前田などスペースを見つけてはシュートまで行った日本の方が優勢勝ち^^でした、ね。
それと、ハンドの判定とってくれませんでしたし・・・。

ザック監督のアウェイ初戦、永遠のライバル相手に上々の出来。
個の能力・チームの連携など存分に見せてもらったナイスゲームでした。
もっともっと成長してアジアで断トツ一位を構築してもらいたい、と思いながら帰ってきました。

オマケですが・・・

隣りの席で観戦してた横浜から来た浦和レッズサポの女性。

「平塚競技場、今年初めて行きましたけど、見やすくてとても気に入りました。来年も是非行きたいので同じカテゴリーにいられるよう頑張って下さいね。」

と励まされた事も記録に留めておきます。




いざ、ソウルへ!!

2010年10月11日 | お出かけ
羽田から一時間後ソウルへ飛び立つ

ちょうど一年ぶりだ

今回の目的は…
◎日本代表vs韓国代表戦(10/12)の応援
◎韓国の娘?二人と再会
◎美味しいジャージャー麺をいつものお店で食べること、
などなど

サッカーのゲームを海外で観戦するのは初めて
更に連敗中の韓国相手にザック監督が・代表選手達がどのように戦い勝利するのか、もの凄く楽しみだ

満員の真っ赤なアウェイのW杯スタジアムで日本の応援ができる事を思うと今からワクワクする

おっと…
搭乗の時間だ

一年ぶりの韓国をしっかり楽しんできま~す^^