親と子という関係

「親子」とは何だろう。帰省のたびにこのことを考えてしまう。

僕も決して親父との関係がうまくいっているわけではないし、中学～高校の頃は「克服すべき存在」「敵対する存在」としていたわけで、今どきの「友達パパ」「友達親子」的な感覚は全くない。それでも年老いた親父の姿を見れば放っておくわけにはいかないと思ってしまう。

親が子供に対し「無償の愛」を与えるというのはわかる。それは対価を求めてのものではないし、どちらかといえば親から子への一方的なものだろう。では子から親への愛情とはどのような種類のものなのか。

男性にとっては成長の過程で切り離すことのできないテーマとして「父殺し」がある。父とは子供にとっては「力」や「権力」の象徴であり、「(性的)欲求」を抑圧する存在である。子供が母親の愛情を独り占めしたいと思っても、そこには父親が存在し、力によって(フロイト流にいうなら「ペニスを切り取るぞ」と脅すことによって)母親から引き離される。母親の愛を独占する(欲求を満たす)ためには、父親と同様に「力」を手に入れ(同一化)、父親から母を奪い取らねばならない。そのためには父親を殺さねばならない。

しかしここに呪いがかけられる。力や権力の象徴としての父への憧れとその父に対する憎悪・敵意といったアンビバレンツな感情。そして父への憎悪や敵意/殺意といったものは、「贖罪」の意識を内面化し、規律や道徳といったものを生み出していく。ある意味、父親はこのエディプス・コンプレックスを通じて、僕らの深い意識の中で支配続けることになる。

仮に僕らが自立を果たし、表面的には、「父殺し」を行ったとしても、僕らが本当の意味でその呪縛から自由になるのは必ずしも簡単な事ではない。

以前、斉藤環さんの「母は娘の人生を支配母する―なぜ「母殺し」は難しいのか」を読んだ。その中で(父息子の関係に比べ)母娘関係の困難さは「心理的な距離の近さ」があると語られていた。

例えば20代～30代の女性で、結婚せずに実家暮らしをしているとしよう。「女性は家庭を持たねばならない」という「世間体」があり、家族からもそう望まれているとしよう。その一方で、母親が娘の世話をせっせと行い、自立を妨げる場合がある。こういう場合に、しばしば娘が母親から母性的に奉仕されることで「申し訳ない」と感じてしまい、結果的に母親によって支配されるのだという。こうした自己犠牲的な奉仕による支配のことを「マゾヒスティック・コントロール」という。

男性の場合は「父殺し」という明確な対立関係があるため自立もしやすいが、女性の場合、母親の自己犠牲的な奉仕によって依存関係がつくられ、母親からの自立が困難になるのだという。

しかしこれら両方の関係とも、子供の親への愛情が前提となっている。赤の他人であれば、尊敬だったり、羨望や嫉妬だったり、憎悪だったりといった感情はあったとしても、「父子」ほどアンビバレントな感情を持ちはしないだろう。どんなに面倒見のいい女友達でも、嫌いになれば離れて終わりにすればいい。それに比べ、僕らが父殺しや母殺しを実現したとしても、親を親だと見なさないということは難しい(もちろん、「ない」とは言わないが)。

この親と子を結び付けている「感情」はどこから来るのだろうか。

もちろん「子供が親の世話をするのは当然」という道徳観が内面化している部分もあるだろうが、それを超えた何かが存在すると考えたほうが自然だろう。

例えば、意識さえも存在しないときから育てられ、注がれてきた「愛情」や「庇護」の感覚、過ごした時間とそれに対して「感謝の念」なのか、それともそもそも生んでくれたことに対する無意識的な「感謝の念」なのか。それとも「愛されている」ことで生じている「愛情」なのか。あるいはそれら全部なのか。

しかしその注がれる「情」は必ずしも、素直な形の「愛情」として表現されるわけではない。強い引力を感じながらも、「憎」や「怨」の感情へと形を変えることもある。「情」はある。それは注ぎ方の問題なのか。

どんな関係を築くべきなのか、どんな関係がありうるのか。あと何度、顔を見ることができるのかはわからないが、もう少し素直に「情」を表現できればと思う。


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