今日は朝から比較的好い天気だったが、事務所で片付けなければならない用事がいくつか残っていたし、工房へ機材を引き取りに行かねばならなくなってもいたところに、ビルオーナー氏から防火管理者講習の案内をいただいたところで勝負あったというかなんと言うか、ともあれ撮影はあきらめてあちらこちらへ出かけていた。意外と時間を食ったのが実は消防署で、署まで直接出向かないと講習の申し込みも出来ないやら、さっさと申し込まないとすぐ定員に達するやら、なんちゅうか昭和の役所臭とかいった感じののんびり加減に、志村喬ならずともゴンドラの歌を口ずさみたくなったよ(いや、菅井きんならずとも陳情のひとつでもしたくなった、が正解か)。
用事のついでに工房へ立ち寄り、機材を受け取ったのだが、微妙なお願いにもかかわらず、本当にすばらしい仕上がりで、年甲斐も無くわくわくしてしまう。
早速、明日にでも撮影に出かけたいところだが、こっちは天候しだいのところもあるし、さてどうなることやら…
夕方には事務所へ戻り、いつものように打ち合わせ。
話によると、ライトノベルセクターでは相変わらずエピックというかなんと言うか、叙事詩的というよりは物語世界の規模が大きいという意味でエピックな作品も受容されているらしいが、ことエロゲともなるとそんなことは全然なくって、エピックな作品というのは、叙事詩的という意味にせよ物語世界の規模が大きいという意味にせよ、制作されること自体まれといってもよいし、それがユーザに受け入れられる、ましてやヒット作となるなどというのは、まぁ穏当に言っても見果てぬ夢といってよいだろうねぇ~
(エロゲ界の大菩薩峠はまぁ別としておきましょうよ)
自分自身はウォーゲームセクターの出身でもあるし、いつかはシド・マイヤーのように文明そのものをコントロールするような作品をデザインしてもみたいものだが、まぁ穏当に言っても寝言は寝て言えってトコロだろう。
そういえば、シド・マイヤーの代表作として名高いシヴィライゼーションでは、パンと見世物(パンとサーカス)がシステムに組み込まれていて、市民の不満を抑える手段のひとつとしてエンターテイナーが登場する。ちなみに、ほかに不満を抑える手段として存在するのは減税、宗教、娯楽施設、特殊建造物(まぁ、アイテムみたいなもんですよ)、そして都市に駐留する軍隊w)というところ。
ただ、文明の進化系統と特殊建造物などとの絡みから、シヴィライゼーションにおいては芸術家もエンターテイナー扱いらしいところが興味深く、同時に社会的な意味における芸術の存在意義ってぇのも垣間見えてくるね。
まぁ、ほとんどのべつ幕なしに「アートの癒し」だの、あるいは「アートで元気になろう」だのといったキャッチが垂れ流され、ほとんどパンと見世物(パンとサーカス)そのままといってもよいような現在の美術を取り巻く状況は、シヴィライゼーションのエンターテイナー以外の何者でもないし、少しサヨ臭い言い方をするなら「合法的なアヘンとして人民を眠らせる道具」と化したとさえ言えよう。
個人的には、それでも「現実を新たな角度から再認識する方法論としての美術」に、まだ多少は期待し続けたいところも無くはないけど、まぁ受け手がどう取るかは別問題だからねぇ~
せめて、自分は見世物を見物している自己と、そうでないときの自己の区別をつけようと思うし、また自分自身が制作する作品についても、そういう区別がつけられる観客がひとりでも増えるようななにかを練りこみたいと、そう心から思っているよ。