同僚T根が競艇に行こうと言った。
なんかの漫画に触発されたらしい。
ボクはボクで東京新聞に掲載されていた苅部山本氏の記事に興味を持っていた。
苅部氏曰く、公営競技場は「ここは大人の空き地だ」と。彼は公営競技場のグルメを食べ歩くライターである。
昔、大井競馬場のトゥインクルレースに何度か行ったことがある。
ビールに煮込み、焼鳥、祭りの屋台みたいで楽しかった覚えがある。
今でも強烈に覚えているのが、「バナナ=時価」。
どんなんバナナだよ!と思った覚えがある。
さて、T根が誘った競艇にボクは行くことになり、休日の朝、戸田公園駅に集合した。
駅から無料で出ているバスには、ボクより年上の人たちばかりが乗って、まるで護送バスのような静けさで競艇場に運ばれた。
競艇場は思ったよりもひと気がなかった。
ボクは競馬場のような殺気立った雰囲気を想定していたのだが、それに反して長閑ともいえる場内の雰囲気にボクらは少しだけ白けた。
ボクはもっぱら飲食に興味があったが、T根は無料の新聞で予想に熱中した。
場内のあちこちに座るところがあり、ボクらはとりあえず腰かけて、新聞に対峙した。
椅子の広場の前には店があった。
「ドルフィン」という名の店で、居酒屋よろしく短冊メニューが貼られている。
「もつ煮」320円。「ハムカツ」140円というラインナップである。その他、各種定食があり、カレーもある。
ビールはスーパードライとクリアアサヒ。前者の値段は分からないが、後者は400円だったか。
ボクはそれを見て、心が躍った。
店の看板も洒落ている。
ドルフィンのドの文字がデフォルメされたイルカになっている。ベタだけど優れたデザインだ。
ドルフィンの店名の前にサブネームがある。「コーヒー&焼きそば」。だけど、焼きそばの文字は黄色い紙に書かれ訂正されている。その下にある文字は何なのか。何故「焼きそば」なのだろうか。
ボクは「クリアアサヒ」と「もつ煮」、そして「メンチパン」300円を買った。
店のお姉さんにメニューを告げると、彼女は少し笑ったように見えた。
何がおかしいのだろうか。ボクのチョイスが普通ではなかったのだろうか。
財布から小銭を探すふりで、彼女の顔を眺めた。まだ若い女性だった。偏見かもしれないが、ギャンブル場で働く人はおばさんばかりで、しょーもない人なのだとばかり思っていた。けれども、ドルフィンの女性はそうでもなさそうだった。
多分、パートなのだろう。それも近所に住んでいる普通の主婦なのだろう。もしかすると、昔はヤンキーでならしていたのかもしれない。でも、ほほ笑みで対応してくれる彼女はこの不毛なギャンブル場の女神であった。いや、もうひとつのボートニャーと呼んでいいかもしれない。
「もつ煮」はスープがやや赤かった。
唐辛子を入れているらしい。若干辛い。もしかすると、上野の「たきおか」のように辣油が入っているかもしれない。
発泡スチロールのカップに入っているが、「もつ煮」は実においしかった。
だが、圧巻だったのは、「メンチパン」だった。コールスローのようなキャベツがメンチを包み、食パンに挟まっている。
そのキャベツが格段にうまい。ボクは思わず無我夢中で食べてしまった。
キャベツまじまじと眺めると、それが機械で切ったものでないことは容易に分かった。しかもパンを包んでいたラップの様子などを加味すると、もしかしてこれは手作りではないかという結論に至った。
え?ボートニャーの手作りパン?
300円という値付け。十分にあり得るが、コンビニパンより十分おいしい。
ボクらはドルフィンをベースキャンプにして、船券を買っては据え付けのテレビでレースを見て一喜一憂した。
競艇場の長閑な空気は恐らくローリスクローリターンの競艇ならではの仕組みにあるのではないだろうか。
だから、ギャンブラーは誰も殺気立っていない。近所のおじさんがちょっと寄って、船券を買って1レースか2レースで帰るという光景があちこちに見られる。
この雰囲気が実にいい。
競艇場はひとつのサンクチュアリだ。
何故ならば、「食べログ」にお店が公開されていない。それだけで、十分である。
「食べログ」の得点だけを基準にして集まってくる輩がここにはいない。その点では、確かに苅部氏がいうようにここは「大人の空き地」なのかもしれない。
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