子どもらには、常々本物を見せたいと思ってきた。ディズニーリゾートやバーチャルな世界にあるような偽物の感動ではなく、実物の経験である。しかし、そう意気込んでみたものの、子育てはそう簡単にはいかない。言い訳になってしまうが、都市生活者は本物を経験するためにはかなりの時間とコストをかけなければならないからだ。案の定、我が家の子どもらはディズニーリゾート大好きな子に育ってしまった。
いくら、食卓で肉や魚について、自分らは命を頂いて生きていると教えても、魚や豚や牛が身近におらず、ましてやの現場も見たことのないのだから、リアリティなどない。
では、どうすればいいか。
やはり、自然のある場所に行くべきなのである。自然の中で、人間なんて、この世界の中のちっぽけな一部でしかないことを身をもって知るべきなのである。
そう思って、子どもら2人をキャンプに連れていった。それが5年前である。以来、毎年1度はキャンプに連れていこうと考えた。しかし、キャンプはそれきりになった。結局、自分がぐうたらな都市生活者だったのだ。今回、息子の方からキャンプに行きたいと誘われなかったら、もしかすると二度と息子とキャンプに行くチャンスはなかったかもしれない。つまり、教えられているのは自分だった。
5年前のキャンプは秩父のオートキャンプ場に行った。自分は忘れてしまっていたが、その時スイカ割りをしたらしい。その時の記憶がまだ5歳だった息子の記憶の中に強烈に残っているらしい。自分はヘキサゴンタープを上手く張れずに、ついイライラして子どもらに八つ当たりした覚えがある。あの後もしばらく、八つ当たりしたことを悔やんだが、息子はそのことを忘れていた。子どもの頃の記憶は不思議である。自分もそうだが、何故そんな細かいことを覚えているのかというものがある。息子が覚えていたスイカ割りや川遊びもきっと大人になっても忘れないだろう。結局、そうした経験が彼らにとってのリアリティになるのだろう。経験するというのは、その積み重ねなのだ。
キャンプ場は東京のあきる野市、大岳キャンプ場を選んだ。最近、ソロキャンプにはまっている友人Mっちゃんから紹介してもらった。このキャンプ場、東京とは思えない環境だった。秋川渓谷から林道を上がった大岳キャンプ場は、一応オートキャンプ場ではありながらも、街灯のない完全な山の中だった。夜は満天の星が見え、この季節は蛍も飛び交うという秘境は、残念ながら大雨が降り、難儀なキャンプを強いられた。
キャンプといえばカレーである。簡単にできるし、お腹いっぱいになる。カレーづくりは料理の基本を全て踏襲できる。切って、炒めて、煮込む作業は、料理の要素のほとんどがあると言っていい。今回は、息子にカレーづくりをしてもらった。
米を鍋で炊き、カレーはシングルバーナーで炒めた。豚肉は赤みがなくなるまで炒め、玉ねぎがしんなりしたら水をくわえて煮込む。
「やってみると簡単だね」。
息子はそう言った。
普段、自動的に食卓に上がる料理がどのような過程で息子の眼前に出てくるか。多分、そんなことを深く追及する機会はないだろう。しかしながら、自分が作った料理であれば、自ずとそのカレーに愛着は生まれるし、食べることの意味が生まれてくる。
最終的に市販のカレー粉をぶちこむだけのカレーだが、最後まで作り、一応カレーとして完成したときの息子の顔は嬉しそうだった。鍋で炊いたご飯も絶妙だった。だから、息子が、「おいしいね」と言ったときは自分も嬉しくなった。
強い雨が降っていたので、我々はご飯を食べた後、片付けをしてテントに横になった。
息子はすぐさま寝てしまったが、自分はなかなか寝付けなかった。
周囲には数組のキャンパーがいたが、やはり自然というものの恐怖があった。すぐ横に流れている川が、この強い雨のために猛威をふるったら。或いは、夜中に動物が現れ、襲われないだろうか。
かつての人間は、こうした自然に畏れを抱きながら、暮らしていたはずである。それがいつしか、自然をコントロールしているような勘違いをしはじめ、世界の支配者のように振る舞うようになった。
それを身をもって感じさせてくれたのが、今回のキャンプだった。
今秋も息子を連れて、どこかに出かけようと思う。
ジャガイモ、ニンジン、タマネギ・・・。
まぁキャンプに限らず、日常からの脱却ですよね。いい想い出になったのではないでしょうか。
私はBBBより焼肉屋、ビヤガーデンより居酒屋に行く人間なので、もうキャンプなんてとてもとても。
天変地異が起きてインフラがブッ壊れたら生きていけるかどうか。
何事も無い変わらぬ日常が何よりですね。
安心のジャパニーズカレーです。
写真家、星野道夫氏に憧れ、キャンプ道具を買ったりしましたが、キャンプ生活が日常になったら、
果たして耐えられるかどうか。
定年したら、バックパッカーに戻ろうと思ったりしてますが、不衛生なものに耐えられなくなりつつあり、すっかりへなちょこな都市生活者になっている自分に愕然としたりしています。
災害が多くなっていますので、インフラがぶっ壊れるリスクは高まっています。