ウダイプルは静かな町だった。
アーグラーやジャイプルといった喧騒の街を通りすぎてきた者にとっては、物足りないほど静かだった。しかも、街はインドとは思えぬほどに美しい。ゴミがあちこちに捨てられているデリーやアーグラーとは全く違っていたし、湖面の風が爽やかなのか、気温もそれほど高くなかった。それでも35℃は越えていたと思うのだが、十分に涼しかった。
バザールを通りすぎ、ピチョラー湖に出た。湖の真ん中に建つタージレイクパレスホテルは圧倒的な存在感だった。湖を臨むシティパレスは豪荘な建物だったが、既にインドで3週間を過ごしアーグラー、ジャイプルの建造物をいやというほど見てきた自分には、既に食傷気味でもあった。ウダイプルには英気を養う意味もあったが、いざ来てみると物足りなさを感じた。強烈なインド人の波とあらゆるものから発せられる臭気とパワーがウダイプルにはなかったのである。
唯一、ハートを熱くさせてくれたのが、チャッパル屋さんでの買い物だった。チャッパルとはインドの皮サンダルである。平べったいシルエットと本皮仕様はとても魅力的で、以前から欲しかったアイテムだった。
実はインドに入国して、すぐわたしはサンダルを購入した。その15ルピーのサンダルは、僅か3日間で壊れてしまったのだ。まさに安物買いの銭失いである。以来、日本から履いてきたローカットのスニーカーを使っていたが、とにかく暑くて辛かった。早いうちにサンダルを買わなければと思っていたところ、インド人の多くはチャッパルを履いていることが分かった。そのチャッパル屋がウダイプルにあり、品定めをしていたのだが、いかんせん高価だった。店のおやじは一足150ルピーをふっかけてきた。日本円にして約450円、わたしにとってはインドでの1週間分の食費である。
その日は買うそぶりを見せずに宿に戻り、ベッドに寝転んで考えていると、チャッパルの値段は案外安いのではないかと思った。とにかく本皮だし、手作りである。法外というわけでもなさそうだ。
翌日、再びチャッパルを見に、店に行くと昨日と同じようにおやじがいて、わたしの顔を見るなり、少し意地悪そうに笑った。どうやらわたしのことを覚えているようだ。
わたしはかまをかけるように、昨日と同じチャッパルを指さし、「これいくらだっけ」と尋ねると、彼は鼻を鳴らしながら、「150 ルピー」と断固たる威厳を持って言った。言外に、「昨日も言ったろ」という様子がありありだった。それを見て、わたしはつい、価格交渉を始めるのだった。昨夜、あれほど考えて、150ルピーで妥当じゃないかと落ち着いたにも関わらず。
150ルピーから、ディスカウントする積もりはない。彼はとにかく、その一点張りだった。
あぁ、また長い格闘が始まるのか。うんざりもしたけれど、心のどこかでそれを楽しむ気持ちもあった。やっぱり、インドはこうでなくちゃ。
交渉すること30分。チャッパルは115ルピーで購入した。
前も書いたかもしれないけど、俺がそれなりに値切って5ルピーで買ったサモサを、現地の女の子が直後に2ルピーで買ってて、「おっさん、2ルピーじゃねーの?」って言ったら、「お前は外国人だし。」みたいなことを言われたこともあるし。
日本では基本根切り交渉とかがないから、インドでもなれてない観光客とかはバンバン言い値(俺達にとってはボッタクリプライス(笑))で買ってたし、まあ、日本人と見ればそうなるのも、しょうがないっちゃーしょうがないよね。
ボッタクリプライスでも日本に比べれば、断然安いわけだし・・・。本革のサンダル、日本では絶対450円では買えないもんねえ・・・。
今思えば、言い値で買うというのも、「短い旅行期間において、自分の時間を買っている。(長い交渉の時間を省く。)」と考えれば、全然安いもんだとも思うよ。
外国人プライスはあったよ。もっと正確にいえば、お金持ちプライスと言ったほうがいいかも。これはボブネッシュから聞いたから、間違いないよ。
金持ちからは多めに料金をとるというのが、インドの不文律のようだ。お金持ちからしてみれば、それが社会への施しなんだろうし、ステイタスなのかもね。そんなことも知らずに遮二無二値切っていたというのも、自分らは若かったんだなって、今にして思うよ。
ヒンドゥー教的な思想として、「金持ちはそのお金を社会に提供するべし。それにより徳が積まれる。」という考えがあるらしいから、金持ちだからいっぱい払えっていうのは彼らから言わせれば至極当たり前のことなんだろうね。
でも、ケチケチとしては納得いかないよ。(笑)
家の近所がムスリムタウンになってきているんだけど、生活水準は高いよ。日本人の方がみすぼらしい感じ。
今、インドに行ったら、自分らはもうローカルプライスに近かったりね。
3年前のインド、ビールは現地の人と変わらない値段で売ってくれたよ。