印刷屋さんの選択肢を増やしたくて、昔付き合いのあったS栄印刷のM崎さんに電話をした。快く、会ってくれるという。
M崎さんと会うのは退職後、初めて。自分が会社に退職願いを出す丁度一週間前、上野の「赤提灯」で酒を飲んだ。3回目の緊急事態宣言が出る直前というタイミングで、それが最後のチャンスだった。会計をする時、「会社辞めますから」とM崎さんに言った覚えがある。でも、あの時まだ自分の中でははっきり決断できていなかった。
退職願いを出したのはそれから一週間後の4月28日。昨日がその記念日だった。この2年間で、自分の人生は大きく変わった。ところが、変わったのは自分だけではなかった。M崎さんは、その後少しして、S栄印刷の社長になったのだ。それは驚きの人事だった。
S栄印刷とは随分長い付き合いになるが、会社にお邪魔するのは初めてだった。本社は荒川区町屋にある。MAPを頼りに3年ぶりに町屋に行った。一通り打ち合わせをしたところで、「飲みに行きましょう」となった。どうしようか。この雰囲気は、どうも接待っぽい。奢ってもらうのいうのはどうも萎縮してしまう。
町屋の、M崎さんがよく行く店に向かったが、その店舗は見つからず。「ならば、町屋で一番有名な店に行きましょう」となった。
それが、焼肉の殿堂、「正泰苑」である。「食べログ」の100名店2022の一角。更に緊張感は増す。
「正泰苑」の外観はぼろっちい昭和な雰囲気だった。はげた看板、古い一軒家を改造した店舗。内観も何度かリニューアルした感じはあるが、雰囲気は古かった。だが、それがかえって味がある。通常、予約なしでは入れない店だが、この日ダメ元で飛び込んだところ、入れたのである。
しかし、このお店、単なる焼肉屋でないことは明白だった。町焼肉ではあるが、その雰囲気は別格だった。それはオーラとも言えた。小上がりに座ると、割烹着のような制服を着た、女性がオーダーを取りにきた。
メニュー表の表紙は木で、そこからもう演出が始まっている。まずは、飲み物ということで「生ビール」からスタート。M崎さんは、手慣れた感じでオーダーした。そして、「適当に頼みますね」と、「上ロース」と「塩上カルビ」を2人前ずつ頼んだ。一人前1,800円という肉である。
圧巻は「黒毛和牛 熟成タン」。高級和牛のアゴ肉、中タン、タン元の3種類が楽しめるという。それが1セット3,000円だった。M崎さんは店員さんに勧められるままにオーダーした。しかし、まさかこんなに高いお店だったとは。
ロースもカルビも肉質の違いは自分のようなバカ舌でも明確だった。焼肉も焼き鳥もホルモンも、その生命線は仕入れである。肉の違いで圧倒できるものを、「正泰苑」は持っているのである。霜降りのサシは、それほど多くはなく、適度な割合で分布していた。カルビの下味はシンプルで、肉本来の味を引き出している。タレは3種類のものが提供され、それぞれ楽しむことができる。それぞれ試したが、本当においしい。
「生ビール」を飲み干し、M崎さんは、「レモン玉」(500円)と呼ばれるものをオーダーした。レモンサワーらしい。自分も同じものを頼んだ。その飲みものは、酎ハイにレモンシャーベットを沈めたもので、初めてみる酒だった。
むむむ、なかなかやるじゃないか。焼肉だけでなく、酒場としての機能も充実している。ちなみに「レモン玉」にはノンアルも設定されていた。
そしていよいよクライマックスのタンが出てくるのだが、そのセットはなんと桐の箱のようなもので出てきた。完全な演出はもはや一つのショータイムだった。
アゴ肉はともかく、タン中とタン元で、肉質が全く違うのをしっかり体感できたし、それぞれ旨かった。
M崎さんから、「もっと肉いきますか?」と勧められたが、どういう訳か、お腹は満たされつつあった。若い頃なら、まだまだ余裕のはずなのに。
一体、肉の違いにどんなものがあるのか。それとも、このショータイムと雰囲気にうまく乗せられているのか。ただ、これだけは言える。「正泰苑」はアメイジングな焼肉屋だ。
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