小寄道

日々生あるもの、魂が孕むものにまなざしをそそぐ。凡愚なれど、ここに一服の憩をとどけんかなと想う。

原一男監督の『れいわ一揆』公開迫る

2019年10月06日 | 芸術(映画・写真等含)

日本ドキュメンタリー映画の傑作『ゆきゆきて、神軍』(1987)を観た方は、どれほどいるだろうか?

昭和天皇に対して、首謀者としての戦争責任を迫る。そのことを悲願というか異様に思い込み、実際に皇居でパチンコを撃ちこんだ過激なアナキスト奥崎謙三にとことん追った、衝撃のドキュメンタリー映画だ。(初公開は当時、渋谷桜ケ丘にあったユーロスペース。そこで2回観、その後ビデオで数回観たほど、影響を受けた)

太平洋戦争におけるニューギニア戦線の数少ない生き残りでもある奥崎は、かつて所属した部隊の戦友たちを訪ね歩き、ついに部隊長の生存をも確認するに至った。何かに憑りつかれたような、怖ろしく眼光鋭い奥崎の、一心不乱の風貌は今になっても忘れられない。

その奥崎は全身全霊をかけて、過去をほぼ忘却したように見せる部隊長に対峙する。人間性を否定し、尊厳さえも無視するそら恐ろしいまでの、奥崎の追及は容赦がない。遂には、生き残るために必須の命令、人肉食の非道さえも暴きだし、糾す。

その執拗な迫り方は暴力的な過激さに満ち、最終的には部隊長の息子を、銃で撃つという暴挙に達した(この場面は、もちろん奥崎の単独行動で、映画には映っているはずもない)。

それらの一連の映像は、観ている私たちの心臓を脈打たせ、呼吸が苦しくなるほどの迫真力があった。原監督はまさに、奥崎謙三という男のモンスター性を見事に浮かび上がらせた。(映画に垣間見える監督は、いつもおどおどして低姿勢に見えるが、奥崎をなだめすかしながら愚直に撮影を継続している。カメラマンと二人だけの制作だ)。

原一男監督の仕事は寡作ではあるが、今日のドキュメンタリー映画界において、『ゆきゆきて、神軍』の監督として世界のマニアからリスペクトされている。

映画学校等においても、彼は後進の監督志望の若者たちを育て、優れたドキュメンタリー作法を伝授。さらに自らの制作意欲もいまだに衰えをみせない。(10年以上にもわたる水俣病患者をテーマにした作品は、すでに仕上がっているのか・・?)

去年、大阪泉南のアスベスト訴訟を扱った『ニッポン国VS泉南石綿村』を、7,8年かけてやっと公表したばかりの原監督。令和になったばかりの今年、先の参院選で話題となった政党「れいわ新撰組」の候補者たちを題材にした、『れいわ一揆』を完成させたそうである。近々公開するというニュースとともに、以下の予告編が発表された。

 

▲原一男監督最新作『れいわ一揆』予告編 第32回東京国際映画祭「日本映画スプラッシュ」部門特別上映作品   ワールドプレミア(11月3日)

人間性の本質をえぐるような冷徹な作風。その原一男監督自身の外見はたいへん柔和で、心優しい人柄の持ち主にみえる。母子家庭で育ったせいか、語り口は女性のように丁寧で、笑顔を絶やさない(小学校時代のあだ名は「おかま」だったそうな)。現在74歳になる風貌も、年齢を感じさせないほど若々しく、誰にもフレンドリーな印象を与える。

とはいえ、興味を抱いたものにはスッポンのように喰らいついたら離さない、目標を達成するための根気、執着心に充ちみちた映画人だ。

 

さて、新人の映画監督から大御所までを対象にした、原監督がインタビューするネット番組がある。映画監督として訊いてほしくない質問を敢えてぶつけ、監督らの人間像や制作秘話をあぶりだす、原監督ならではのユニークな対談番組だ。一年前だったか、そのネット番組に映画とは全く関係のない、小生がずっと関心を抱く安冨歩さんが登場した。

女装する東大教授として脚光を浴び、さらにサイタマの東松山市長選に立候補した時期だった。原一男は何を思ったのか、その安冨をゲストとして招き、市長選出馬の目的や理由、その他政治思想、信条などを問う、2時間にわたる対談を公開した(下のYou Tube参照)

▲原一男のネットde「CINEMA塾」#011 ゲスト:安冨歩さん (2時間余りの長尺ゆえに、時間の余裕がある方にお勧め。)

安富はそこで、なぜ「女性装」に至ったのかの経緯と内実、そして独特の哲学思想や人間観を披歴している。その安冨に共感した原一男は、その対面のときに長期間にわたる撮影許可を申し込んでいた。記憶が定かではないのだが、参院選に安冨が出馬することを告白したのではなかったか・・。

その後、安冨歩(あゆみ)は、山本太郎が起ち上げた政党「れいわ新撰組」に参加することになる。この時点で安冨は、政治家としての当選を目標にするのでなく、ガンジーのような伝道者として振舞うことを決めていた。

彼の政治的イシューは、「子供を守ること」それのみに集約される。その選挙活動は理屈をこえて、音楽と馬がいつも伴走(伴奏する)というユニークなものだ。

原一男は当然のごとく、全国を街宣活動する安冨歩の一挙手一投足をカメラにおさめたようだ。安冨歩と原一男、それぞれに深い関心を寄せていた小生は、二人のSNSをチェックするのは楽しみであった。(沖縄辺野古でのゲート前の演説は素晴らしかった)

▲安冨歩の演説 at 堺市役所前 堺市は安冨さんの故郷で、感慨深いものがあったようだ。感極まった彼を見たのは初めて。原監督が撮影している様子が確認できる。(50分)

『れいわ一揆』というドキュメンタリー映画は、その安冨に密着した映像を核にして生まれた、と小生は確信している。

今回、ALS及びCPを患っている二人を政治家として送り出した「れいわ新撰組」は、国際政治上において先駆的なアジェンダを実現したといえる。障碍者の基本的人権を守るという以上に、彼らが一個の人間として自由に意見を述べ、政治的な活動を下支えするプラットフォームを、世界に先駆けて築いたのだ。

国会運営の妨げとなるだけの存在として快く思わない人もいるようだ。しかし、この度の船後、木村の両氏の国会議員としてのスタートは、障碍者であっても政治的・社会的活動を公的に保障されたものといえる。このことの政治的な意味はたいへん重く、かつ素晴らしいエポックメーキングな事柄だ。すべての日本人が(安倍首相ふくめて)、世界に向けて誇っていいものだと思う。

 

そういえば、原一男監督の処女作は、『さようならCP』(1972年)だった。CPとは脳性まひ(Cerebral Palsy)のことで、発表当時は、社会の片隅でこっそり生きるしかない存在。彼らは見ること、考えることにおいて健常者とは変わりない。むしろ、普通のヒトより優れた人もいる。しかし、自力で歩行できない、上手にものをつかむことができない、そして何よりも言語障害によって、正確に言いたいことを伝えられないなど複合した障害をもつ。人によって障害の度合いが異なるが、やはり社会において普通に生活することは困難だ。彼らを主題にしたドキュメンタリー映画を撮るというのは、やはり画期的であり鮮烈であった。70年安保を越した時代状況もあろうが、原監督の着眼点の非凡さは、この処女作に如実に表れている。

映画では、自分の存在を多くの人に知らしめたいという、ひとり青年が中心となる。たぶん新宿駅だろうと思われる場所で、彼の訴えは届けられるのか。だが、道行く人にとっては、憐みの対象であり、見世物となってしまう。気の毒で痛々しい存在でしかない。

言語障害もある彼の言っている内容は、断片的にしか伝わらない。これは全編にわたっており、彼をとりまく多くの脳性まひの方たちの言葉もききづらい。半分も理解できなかった。字幕を用いなかったのは、原監督が意図したものだったとしても、このドキュメンタリー映画の魅力、表現性を半減していると言わざるを得ない。

(最近、この映画をきちんと見る機会があった。この映画がつくられた70年代前後は、まだ車椅子が普及していなかったのか? 健常者におんぶしてもらって外出する、それが日常だったのか?)(※注)

 

『ゆきゆきて、神軍』に次ぐ、原監督の第4の作品は、作家井上光晴に焦点をあてた『全身小説家』だった。これもまた結果的に、井上の経歴詐称、さらに虚言癖を実証するかのような映像作品となった。ある意味では、井上光晴の作家性、その本質を雄弁に語るものともいえ、極めてインパクトある映画である。

ともあれ、井上光晴という一人の「男」としての魅力が余すところなく満ち溢れている。彼を慕う作家志望の市井人が多く出てくるが、特に女性たちのそれは、愛人を語るような情感と敬意がこもっていて、なぜかこちらが恥ずかしくなる。

後半は、末期癌と闘う井上の姿が映し出されるが、病に一歩も引かない姿勢、一日でも多く生き切るという覚悟が凄い。

井上光晴、彼の家族、身辺の情報に関しては、古書店「木菟」のご主人にいろいろとご教示をうけ、井上にまつわる面白い本を紹介され、かつ貸していただいた。話がいろいろと発展しかねないので、そろそろこの辺で筆をおくことにする。

 

※追記:数か所、字句を訂正した。2019・10.8、記 

(※注)『さようならCP』を最近見直したので大幅に修正した。正直書くと、昔見たとき途中で抜け出したのだ。ある種の衝撃をうけたこと、彼らのコトバが理解できなかったこと、それが何かしらの居たたまれなさを感じた。この記事を書いたものの『れいわ一揆』もまだ未見だ。映画祭では、プレミア上映だったはずだが・・。一般者もOKだったんだろうか。『全身小説家』についても若干補筆した。(2019 11/23 )

 

 


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