小寄道

日々生あるもの、魂が孕むものにまなざしをそそぐ。凡愚なれど、ここに一服の憩をとどけんかなと想う。

フジタをすごく好きになった

2018年10月06日 | 芸術(映画・写真等含)

 

東京都美術館の『没後50年 藤田嗣治展』に行ってから、もうだいぶ経った。今日、明日で終わるころだ。いろいろ書いたのだが、まともな文章にならない。で、切り口をかえて、シンプルに書くことにする。

フジタという画家を、小生は好きでも嫌いでもなかった。今回の初期から晩年までの、フジタの画業を代表する絵画ではないが、とても好きになった画が何点かある。

▲1936年 四谷左門町の日本家屋でくつろぐフジタ。麹町に新居ができるまでの仮住まいらしい。芸術の都・パリに住んでいた人にはみえない、日本のふつーのおじさんだ。図録には「猫を懐にいれた彼の周囲は角火鉢、裁縫箱や櫃のような『下町の江戸趣味』を感じさせる品で満たされる」とある。ちゃぶ台の食べ残しのアジの干物やお新香もいい。「私は世界に日本人として生きたいと願う。」と、リーフレットに印刷されていたが、まさにこの絵がフジタのそれを代弁している。

▲「乳白色の裸婦」の作品群を描きフジタがもっとも輝いていた1920年代の終り、世界恐慌が席巻して彼の画業・暮らしも行き詰まった。1931年から約2年間の中南米旅行に出かける。この時期は水彩画が多く、フジタならではの繊細な描線に「日本画」の特長を生かした非凡な才能を感じる。

『ラパスの老婆』と題されたこの作品は、無駄のないスケッチで、着色もシンプル。しかも、老いたインディオの婦人の人間性を見事に写しきっている。フジタの天才的な描写力を垣間見るようで、ちょっと凄みを感じてしまった。

 

▲1952年『二人の祈り』という作品。フジタがキリスト教の洗礼をうけたのは1959年だから、その7年前だ。その時期に聖母子像をテーマにした宗教画を描いていた。「下界の闇には怪物がうごめき、天上の世界では子どもたちに囲まれた藤田夫妻が聖母子に祈りを捧げる。自室に飾るため制作され、君代が最期まで手放さなかった」と解説されている。

1950年にパリにもどったとき、フジタは64歳だった。彼もまた戦争で傷つき、何かを失った男だった。「私は世界に日本人として生きたいと願う。」という思いを断ち切ったのであろう。

全盛期のフジタの作品からすれば、乳白色の下地の油彩画にみられる迫力、秀麗で美しい存在感などはまったく感じられない。だが、キリスト教に帰依しようとする弱く脆い男の姿、内面の敬虔なる心情、妻とのささやかな幸せを願う思いが、肩の力をぬいて描かれている。

不遜な書きようかもしれないが「フジタさん、良かったじゃないですか」と声をかけたい気持ちになった。

 

当初、フジタの戦争画が当時の日本人の戦意をほんとうに発揚させるものだったか、それを確かめるために『没後50年 藤田嗣治展』に行ったのだ。それがいちばんの動機だった。そして、20年代にフジタがもっとも輝いていた「乳白色の裸婦」の作品群をこの目で視たかった。前述したが、彼の画を好きでも嫌いでもなかったのだが、やはりフジタは「世界に日本人として生きた」、類まれなる男として好きになった。

最後に彼の戦争画について書く。

展覧に供されたのは『サイパン島の「玉砕」』、『アッツ島玉砕』の2つの大作だけだった。これを観たかぎりでは、戦死者たちへの鎮魂の画として見えた。累々と重なる屍体のうえで銃剣や日本刀を振りかざす日本兵とアメリカ兵との肉弾戦は、その凄惨な場面にしてはただ暗く重苦しいだけで、観念的なイメージが胸に迫るだけだった。

今回、図録を買い求め、他の資料も読んだが、彼の父親が軍医の最高位である軍医総監(森鴎外の後継)であったことに関係しているからではないかと、あれこれ推量した。戦時中に戦争画を描いたこと、陸軍美術協会理事長に就任したことは、たぶん父親とのしがらみがあったからではないか・・。

画家としては天才であったが、いわゆるお人好しのぼんぼんであり、けっこう付和雷同する性質があった。残念ながら哲学を欠いた生き方をしたのだと思う。そのように、小生がおもった時、フジタがとても魅力的な人間になった。特にフランスに帰化してからの晩年まで、彼が老いていくなかで絵筆を握る姿を想像すると、なぜか神々しさが感じられるから不思議だ。

また、別のフジタにふれてみたいのだが、いつかの機会に譲ることにする。



▲久々に展覧会の図録を買った。人気の『カフェ』ではなく、『舞踏会の前』のバージョンを求めた。乳白色の下地が何で描かれていたのか、その方法、素材もはっきりと分った。「ありゃ歯磨き粉らしいですよ」と、自慢げに語っていた年配者がいたが・・(もちろん違います)。


▲会場出口のところ、記念撮影用のスペースにて。こういう可愛いポップを作りたい意図はわかるんですが・・。


 


最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。