小寄道

日々生あるもの、魂が孕むものにまなざしをそそぐ。凡愚なれど、ここに一服の憩をとどけんかなと想う。

『象を洗う』を読みはじめた

2017年08月19日 | エッセイ・コラム

 

 

佐藤正午の『象を洗う』というエッセイ集を図書館で借りた。

苦節何十余年にして直木賞を受賞。洒脱かつ手練れの書き手で、期待を裏切らないという上々の評判。近頃、自分より年下の作家の小説はとんと読まなくなったのだが・・。手はじめにエッセイを読んで、佐藤正午の人となりを含味させていただくことにした。

と、偉そうに書くのが私の癖だが、『象を洗う』というタイトルに今どきの言葉でいうところの「キュン」となったわけだ。出版社は岩波だからか、装丁がシンプルで品があった。(イラスト部分は箔押しか?最近の図書館本はすべてビニール(?)包装で手触りが楽しめない)

象のイラストが思わせぶりで、この奇妙でキャッチーな題名にふさわしい。扉にも象を洗う別のイラストが使われてい、出版社推しの作家だろうと推測される。

『象を洗う』をまず読もうと頁をめくると、それは第4章にあたるサブタイトルであった。

そのなかに原稿用紙10枚ほどのエッセイ「象を洗う毎日」があり、タイトルはそれから採られたのである。つまり『象を洗う』というエッセイそのものはない。なおかつ「象を洗う毎日」の話も出てこなかった。(編集子が苦吟した証か)

何かといえば「アリナミンを飲めば象が洗える」というコマーシャルのコピーから生まれた婉曲なタイトルだった。ある意味、落とし穴にはめられた気分だが、さにあらず期待通りの筋書き、タイトルとオチが不思議にマッチングしたのである。

全体の構成は小説を書くことの辛さを基調に、一読者からの「さよなら宣言」、作者が叔母さんに自著を送ったら、お返しにそうめん一箱をもらったという内輪話なのだが・・。

作者は夜食の後に、必ずアリナミンを飲んでいるという。(今も飲んでいるか知らない)象を洗えるほどの効果があれば、小説を書くことぐらいなんでもないと息巻く。

「そうめんを食べては象を洗い、象を洗ってはそうめんを食べる。今はその繰り返しだが、そうめんをたいらげる頃には、象を一頭洗い終える予定である。」と、しめくくられる。

爽やかな裏切りであり、タイトル通りに「象」を外さないオチで終わる。気楽に読めながら、作家という職業の辛さがじんわりと伝わってくる。まだ読みかけなのに、ブログに書き記しておきたいと思う、その自分のプチ興奮も嬉しい。

▲扉のイラスト そのものずばりの絵柄だから、なんとも。

ネットで佐藤正午を検索したら1955年生まれとある。5歳下だから既に還暦を超えているではないか! いつデビューしたかと思いきや1984年に「永遠の1/2」とあった(多少、記憶あるが、それ以降に話題作はあったのか)。
著書一覧を見るかぎり、多作とはいえないがコンスタントに仕事をされてきた。この『象を洗う』にしても出版は2001年だが、ほとんどが90年代中頃に雑誌に発表したものを纏めたもの。すなわち著者の40歳前後のころに書かれたエッセイで、脂ののった時期の作品といえようか。

これを書いているとき、佐藤正午は故郷の佐世保で一人暮らしをしながら作家専業の生活をおくっている(現在は?)。

全体の三分の一ほどしか読んでいないが、「男の一人暮らし」と「愛することと、世話をすること」について書いてみたい衝動を覚えた。同郷の野呂邦暢の影響が大きかったらしいが、作家として忸怩たるものも相当あったと思われる。

地元の所縁(ゆかり)といえるのか、佐世保競輪に通いつめる日々もあったらしい。こんな私も若い一時期に競輪にはまったことがあり、ケイリン独特の愉しみは知っている。
佐藤正午はどうやら高いところから物を書く人ではない。日常の何気ないところを見つめながら、書くべき素材を彼流の方法で育てる、或いは発酵を待つ。それを手間暇かけて料理してから読者に提供する、そんな作家であると確信した。

一冊も読み通していないが、なんとなく彼の文章から奥行きと味がわかる。
まあ、もう一冊ぐらいエッセイ本を読んで、小説を読んでみよう。


追記:「象を洗う」という言葉が、作品を書くことの苦痛・難儀さを表すことの符牒になった? 少なくとも、出版業界の一部、編集者たちの間では・・。『象を洗う』はその後、光文社の文庫本になったらしい。それを読んだ方の感想がネットにあった。その文庫本のあとがきであろうか、佐藤正午が次のようなことを語っているらしい。「作家が手がける作品を一頭の象になぞらえ、その作品を完成させるまでの悪戦苦闘の様子を洗うという平凡な一語に表している」。「一日に、せっせと書いて、二枚である」、「結局のところ、象を洗うという表現は、作家が毎日まいにち仕事場で机に向かっている、昨日の続きを今日も書き、今日の続きを明日も書く、そのようにして作家としてあるべき姿を体現している・・」。

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