ーーー花底に空色呼ばひ露の玉ーーー
10月に入り今週は衣更と同時に部屋も什器類も秋冬用に模様替えだ。
秋にふさわしい床飾りや花入に詩歌書や音楽は酷暑期とは段違いに豊富に選べ、毎週それらの取合わせを考えるだけでも心が浮立つ。
夏が長くなったせいで年に4〜5回も無くなった真に秋麗なる日は、滔々と流れる管弦の中にピアノの音色が細波のように煌めく音楽の中で過ごしたい。
(ハーミットレリーフ 20世紀初頭 古美濃花入 江戸時代)
ピアノと管弦の曲の中では最も隠者好みのラフマニノフ「パガニーニの主題による狂詩曲」は、天地の澄み切った秋晴れの日にこそ聴くべき名曲だ。
卓には庭や野の草花を摘んで我が聖なるハーミットレリーフを飾り、普段より少し上等な珈琲を淹れ、我が残生でもそう多くは無さそうな秋の好日をしみじみと味わうのだ。
また音楽その物も時節に適った良き設えの座で聴けば、更なる美しさや情趣を感じられよう。
(茜富士 奥村土牛 青磁花入 元時代)
協奏曲では大抵第2楽章がどれも落ち着いた曲調で秋には良く似合う。
反対に第1楽章は大時代的な大音響や速弾きで聴衆を驚かすのが通例だったので、今聴くとやや煩く思えるのだ。
大音量の迫力ならもっと後世のビートが効いたロックミュージックの方が迫力がある。
そう言う訳で穏やかな秋の陽射しには、先ずショパンのピアノコンチェルト1番と2番のいずれも第2楽章が適っている。
ベートーヴェンでは唯一協奏曲5番の第2楽章が良いだろう。
他にはスクリャービンのコンチェルトも流麗な曲調で秋向きだ。
彼岸過ぎればようやくヴァイオリンの音もしっとりと聴こえて来る気がする。
(木彫猫神像 江戸時代)
初秋にはのどかなブルッフやメンデルスゾーンのヴァイオリンコンチェルトが良いが、晩秋になればどの曲を選んでもチェロやヴァイオリンの音色が身に染み渡る。
更に先月にはシークレット・ガーデンのニューアルバムが出て、秋に丁度良い曲が何曲も入っていた。
秋意も深きヴァイオリンの音色や初冬の小春日のように暖かなオーボエなどが、幽陰の暮しにひたと寄り添ってくれる。
彼等の演奏は美しき自然と共に暮らし、素朴な旋律でも十分に天上の妙音に聴こえていた100年200年前の人々の気持ちになって聴くと、その有難味がしみじみと伝わって来るだろう。
我家の猫神様も秋陽の中の音楽は事の他お気に召したようだ。
暮しに音楽が欠かせない人ならそれぞれの季節に合った曲を選りすぐり、また取っておきの楽曲はそれぞれ最もふさわしい時と場を選んで聴きたい。
それが人生をより美しく過ごす結構重大な秘訣なのだと、この酷暑地獄の日々の中でやっと気が付いた。
©️甲士三郎