今週もまだ夏だ。断じて秋では無い。
そしてこの何週間も涼しげな季語を探して句作に励んでいるのに、一向に涼しげな良作は出来ない。
せめて涼しげな物を飾ろうと思い、いろいろ工夫してみた。
かなり以前に紹介したハープ曲集は古典的なエーゲ海の情景を思わせて実に涼しげな物だったが、今回は中国の琴の奏楽天娘だ。
中国では琴と呼ぶが、形は日本の琵琶に近く撥を使って弾く。
日本で同じような物は宇治平等院の長押に掛かっている一連の雲中供養菩薩像だろう。
木彫のレリーフで雲に乗りこれと似た琵琶や笛太鼓を奏でている天女達だ。
夕べの野に持ち出して飾ると、野や山に人には聴こえぬ天界の音楽が響き出す気がする。
8月31日は今年最も月が大きく明るく見える日だそうで、涼みがてら夕月の散歩に出よう。
我が谷戸は山際なので月の出は遅く、夕月の散歩のはずが完全に日暮れになってしまった。
満月には1日早いのでまだ少し欠けていが、なる程かなり明るく黄金色に輝いている。
雲が丁度良い感じに掛かり、月光の五彩を見せている。
このブログを更新した後の今宵が本番なので、もう少し山の低い場所を選んで撮影に行きたい。
高浜虚子には月の句が沢山あり、我家にも掛軸短冊など幾つかある。
その中で丁度上の写真の雲を詠んだような句があった。
(直筆短冊 高浜虚子 弥七田織部湯呑 寄木菓子皿 山籠 江戸時代)
「はなやぎて月の面にかかる雲」高浜虚子
私も月の句歌はよく作るが、なかなか満足の行く作は得難い。
だがまあ、小一時間の月の散歩はいつの季節も楽しく、句歌に出来なくとも悔しく思った事は無い。
多くの人は夜に何かしている中でちょっと月を見る程度だろうが、時間に余裕のある人は是非外に出て、2〜30分でも月を友に連れて散歩でもしてみよう。
何と言っても月の良いところは、山中だろうが大都会だろうが何処からでも見える親しみ易さだ。
飾りは実物の黄菊と和菓子の黄菊が、青っぽい月明りにちょっと華やいで見えるよう設えた。
暑さも収まる月下の散歩は全ての人に是非お薦めする。
文芸美術などが好きな人には尚更だ。
©️甲士三郎