鎌倉の隠者

日本画家、詩人、鎌倉の鬼門守護職、甲士三郎の隠者生活

311 舞人と舞姫

2023-08-24 12:49:00 | 日記

節季は処暑となり昔は暑さも収まる頃だったが、予報ではあと1ヶ月は猛暑が続くようだ。

俳人は皆従来の秋の季語が使えず困っているだろう。

暦の立秋から秋彼岸までは過去の秋には無かった季節として新しい季語でも作り、この時期の暮しを少しでも美しくする心構えが必要だと思う。


近所の鎌倉宮の盆踊りが3年振りに復活したが、その3年間各種の行事行楽を自粛させられた子供達は可哀想だった。



その分今年は嘗て無かったほどの賑わいで、多くの家が子供達に可愛い浴衣法被を着せて集まった。

夏祭りも盆踊りも無かったこの数年間の空疎感は酷い物で、隠者は立秋過ぎていても秋らしく澄んだ気分にはなれず、近所の子供達にも夏休みの開放感はあまり感じられなかった。

ーーー丈足らぬ法被で踊上手な子ーーー

夏が1ヶ月以上伸びた今後は、盆踊りはもう真夏の季語と思った方が良い。


古来から踊は暑さの中の数少ない娯楽で、絵や句歌の良い題材になって来た。



(句画讃 蕪村 茶器 清水六兵衛 江戸時代)

「ひたと犬の啼く町過ぎてをどりかな」蕪村。

我家の盆恒例の掛軸で、踊に浮立つ京の町屋の旦那衆を描いている。

蕪村の句では「四五人に月落ちかかる踊かな」が有名で、彼に取っても踊は好きな題材だったようだ。

この軸は書が読めずに作者不詳で出品されていた物を、例によって格安で入手出来た。

ネットオークションでは手元の印譜集や画集の筆跡を綿密に調べられる所が大きな利点だ。


今日の最後は与謝野晶子の多分これ1枚しか残存しない貴重な短冊。



(直筆短冊 乱れ髪 舞ひ姫 与謝野晶子)

「夏まつりよき帯むすび舞姫の 出でし花野の夕月夜かな」与謝野晶子。

現代では失われた自然と人の聖性を感じさせるファンタジックな歌だ。

この歌は彼女のどの歌集にも無く、おそらく「舞ひ姫」収録の「夏祭り良き帯むすび舞姫に 似しやを思ふ日のうれしさよ」と、「乱れ髪」の「何となく君に待たるるここちして 出でし花野の夕月夜かな」の不出来な部分を削除して2首を合わせた結果、途轍も無く美麗な歌が出来てしまったのだろう。

座興に書かれたとは思えない綺麗な料紙と書なので、作者自身も歌集とは別に世に残したかったのだと思う。

目眩くほど絢爛たるこの詞華は、こうして奇跡のように書き残されアーティファクトとなった。

晶子の見ていた寂光天地の神話的な美しさを、私も毎年夏祭の来る度に想い起こせるのは幸いだ。


今週は私の周りでも酷暑で体調を崩す人が続出しており、諸賢もせめて心境だけは涼しく保たれたい。

ーーー星涼し白砂の庭はほの明りーーー


©️甲士三郎