鎌倉の隠者

日本画家、詩人、鎌倉の鬼門守護職、甲士三郎の隠者生活

256 文人画の釣人

2022-08-04 12:59:00 | 日記

ーーー釣人は瀧音の中虹の中ーーー

江戸時代の文人画には釣人がよく出て来る。

大雅蕪村合作の国宝十便十宜図などは、山居の窓から釣りをしている。

中国でも漁樵問答や太公望の故事など、漁夫釣人の絵は沢山描かれて来た。


京都は昔から暑かったから、水辺で涼しげな釣の絵は床飾りにも好まれたに違いない。



(秋江独釣図 田能村竹田 古唐津水差 古瀬戸碗皿 江戸時代)

この極暑の中でも品位ある精神生活を送るには、清浄な山水画でも掛けてその画中で過ごすのが良い。

田能村竹田は文人達の楽園を描いてどの詩画も高雅で明るく、独特のユーモアもあって楽しませてくれる。

古い水差に冷たい麦茶を用意し、俗世を離れた涼しく明るく清らかな世界に移転しよう。

楽園には水面を吹き渡る風と漣に煌めく光に加えて、多弦琴かハープの音曲が微かに鳴っているべきだろう。

器楽の音色は、春にはピアノ、夏にはハープ、秋にはフルート、冬にはチェロが合うと思う。

我が夢幻界のBGM用に琴や竜笛などの和楽器でラヴェル、ドビュッシー、フォーレあたりのCDがあれば良いのだが、邦楽界は伝統墨守の業界なので中々難しいようだ。


絵の中の太公望は必ず一人静かに釣っている。

釣っていると言うより実は思索に耽っているのだから、余人が居ては不味いだろう。

その清閑な画趣が後世の文人陰士に好まれ、また更に数多くの絵が描かれた。



(古九谷変形皿 杯 江戸時代)

明治大正の文人達の宴には大変珍重された古九谷の太公望の絵皿だ。

同じ古九谷の茶杯の絵は深山訪友図で絵皿の趣向と合わせている。

幽居での風雅の友との宴には、こんな絵皿がぴったりだろう。

茶酒を楽しみ古詩を語り合い、筆をとっては書画に興じる宴だ。


以前から夏の夜には灯明で幻想的に見える絵が欲しいと思っていたところ、お誂え向きの竹田の画軸が先月ネットオークションにぽろっと出てきた。



(月下漁夫図 田能村竹田 江戸時代)

オークションの延長に次ぐ延長の激闘の末に(価格としては低目の戦い)何とか落札出来て、家蔵の竹田の中でも一際気に入った絵だ。

隠者にとって9月末までの長く暑い夜を夢幻に過ごすには、この涼しげな月光夜漁の図はもはや必需品となっている。

二人の漁夫の語らいは鴨川畔山紫水明処の竹田と頼山陽の友誼を思わせる。

竹田や山陽には渓流や湖江の詩が沢山あり、彼等が如何に清涼感を求めていたか良くわかる。

絵の上部に自題七絶があり、「水鳥聲昏月隔煙 菰蒲叢裏小漁船 深宮此夜非熊夢 落否釣竿三尺前」と中々にファンタジックな詩だ。

この竹田の詩画世界に逃げ込んで居れば、長い酷暑も清閑の内に過ぎ去ってくれるだろう。


©️甲士三郎