前回は珈琲卓に離俗の聖域を設える話をした。
それに続いて今回は如何にして茶時の夢幻を深めるか、いくつか隠者流のやり方を紹介しよう。
過ぎゆく季をしみじみ味わうためには、野に出て自然の中での珈琲をお薦めする。
(黄瀬戸旅茶碗 江戸時代)
鞄にちょっと入れて持ち歩くには、野点用の小服茶碗や旅茶碗だ。
野外でも古陶を使えれば、気分だけでも古の遊子となれる。
近くの野辺で暮色に浸りながらの温かい珈琲と古器は、詩情もまた一段と深めてくれるだろう。
上級者はいわゆる虚実皮膜、現実世界と夢幻界の間に居て茶時を楽しむ物だ。
幽境から両世界を眺めながらの茶は、古詩などでもこぞって賞賛している。
(昭和戦前頃のレトロ調のコーヒーセット)
室内の珈琲でも野の物をちょっと添えて山野を思い描けば、芭蕉の言う「虚に居て実を行へ」となる。
写真は我が荒庭の蜜柑を栗鼠が齧って落ちたのを拾ってきて並べた。
鎌倉の山々の自然林は団栗や椎の実も豊富で、鳥や小動物の楽園でもある。
齧られた蜜柑からそんな山中を観想しつつ、珈琲を啜る訳だ。
小春日和なら山茶花の下でガーデンコーヒーにしよう。
(ファイアーキング キンバリーマグ アメリカ1950年代)
本は薄田泣菫の白羊宮。
この詩集にかの名作「望郷の歌」が載っている。
この詩さえあれば宇津田姫(冬の女神)を客席に招き、夢幻界の至福の茶時を過ごせるだろう。
山茶花は薄紅の方が隠者の好みなのだが、冬の珈琲には玲瓏な真紅が似合う。
また常緑樹が多い鎌倉の戸外ではキンバリーマグの秋冬色が効く。
来週は先師有馬朗人の一周忌をやるので珈琲道覚醒の3はその次になる。
乞うご期待。
©️甲士三郎