カイロじじいのまゃみゅむゅめも

カイロプラクティック施療で出くわす患者さんとのやり取りのあれこれ。

懐かしい人たち

2008-10-14 15:43:00 | 本日の抜粋

     *************************

そのうち、向田さんが少し改まって、
「おかげで、『隣の女』がとても評判がよくて」
と、言った。
 私はそのテレビを見ていた。面白かったが、いくつか不満があった。いまでもその一つははっきり覚えていて、それは甘栗の場面である。
 テレビでは、男が繁華街の街角の甘栗屋で一袋買うのだが、その前の設定がいけない。
 根津甚八が桃井かおりに、
「おなか、すいてる」
 と、訊ねてから、すこし引返して甘栗屋に歩み寄る。
 ここが、いけない。
 女の腹がすいていようがどうであろうが、それはどうでもいい。
 根津甚八もべつに空腹でなくてもいい。ちょっと、甘栗を幾粒か口に入れてみたいことがあるものだ。根津甚八は自分のために甘栗を買い、しばらくは自分のために皮を剥いて食べなくてはいけない。
 そのうち、ふと、という感じで、その一粒を街を並んで歩いている桃井かおりの唇のところに当てる。
 そのことによって、男のいくぶん行儀が悪くて無造作な態度の奥のやさしさと、唇をかるく開いて受け入れる女とのあいだに、エロチックな空間ができ上がる。
 男に口説く下ごころがない場合でも、その一粒が、じわじわと女の芯に届いてゆく。
 ところが、画面ではつぎつぎと男が女の口の中に甘栗を押し込む。五、六粒は入ったろうか。ここも困る。

吉行 淳之介 『懐かしい人たち』所収 「向田邦子に御馳走になった経緯」より ちくま文庫

       **************************

これにより向田邦子は吉行に男女の機微にやや疎いと思われてしまう。
作家は辛い。
しかし、吉行は生前の向田にこの事を伝えていない。
これは人と人の機微なのか。

吉行淳之介は男女の機微ということであれば大蛇級の人であったのだろう。
向田邦子は青大将級というところか。
徳さんなどは蛇にもなれず、糸ミミズのごとく水にたゆたうばかりだ。

街角を歩きながら、女の口に甘栗を入れてみたい。
その時は、女に「おなか、すいてる」と聞いてもいいし、甘栗が何個でも贅沢を言う気はない。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿