ほとほと通信

89歳の母と二人暮らしの61歳男性の日記。老人ホームでケアマネジャーをしています。

正念場の朝の祈り

2013-11-20 | 祈り
今日から四日間勤務。

毎日大事な仕事がある。

今月の正念場だ。

昨日、更年期障害のホルモン療法を受けた。

どんな治療にも副作用があるが、この治療を受けた後の二、三日間は頭痛や動悸、火照りとかが出る。

昨日の夜からそれが出てあまり眠れなかった。

でも、大丈夫だ。

去年おととしの自分とは違う。

家族や友人たちと繋がっているし、今の職場には私を頭ごなしに否定するスタッフはいない。

強い気持ちでまず今日一日を乗り切ろう。


神様。
今日一日が穏やかなものでありますように。
家族が皆、健康で暮らせますように。
友人たちが無事に仕事を終えますように。
お祈り致します。



ヤヨイちゃんの話

2013-11-19 | 家族
今日は、母と姉が月に一回私のうちに来る日。

朝早く来て、掃除がひと段落ついて、昼食に出かけるまでのちょっとの時間。

母が自分の兄弟姉妹の話を始めた。

母は六人兄弟の第二子長女であるが、実は七番目に、もう一人妹がいたのである。

彼女の名前はヤヨイちゃんという。

私は子供の頃からこの話を何十回と聞かされてきたのだが、今日もまた初めてのような顔をして聞いていた。



ヤヨイちゃんは太平洋戦争が終わって間もないころに生まれた。

母の生家は北海道の田舎で工場を営んでいた。

内地に比べると空襲なども少なく、戦争中も物々交換などであまり食べ物に困ることはなかったという。

四十才に達していた母の母(私の祖母)は、すでに乳が出なくなっている。

そこで近所の農家から牛乳などを分けてもらっては乳飲み子のヤヨイちゃんに与えていた。

夏のある日、近所からヤギの乳をもらった。

ちょっとにおいが…とも思ったが、欲しがる子には勝てず、祖母はヤヨイちゃんにその乳を飲ませた。

しばらくするとヤヨイちゃんはひどくむずかり、茶色がった液を嘔吐した。

すぐに近所の医院に連れて行ったが、ヤヨイちゃんは亡くなった。

祖母は身も世もないほど慟哭しながら、「可哀想なことをした…」と悔やみ続けていた、という。

そのとき十六歳の母は、むろん亡くなった幼い妹は可哀想で仕方がなかったが、それ以上に、祖母の悲しむ様子が強く心に刻印されているようだった。



私も母からヤヨイちゃんの話を聞くたびに、悲しみにくれる祖母の姿に深い感銘を受ける。

子を慈しむ親の原初的な光景に。

祖母は私が四歳のときに亡くなって、全く記憶はない。

でも、物心ついた頃から私が「家族イメージ」に強い親和感を抱き続けている理由のひとつに、この「祖母とヤヨイちゃんの話」があることは確かだと思う。




オスの生き方

2013-11-18 | 独居中高年
昨日の仕事から帰って来て「ダーウィンが来た!」という動物番組を見た。

アフリカのサバンナで暮らすライオンが取り上げられていたが、いつものように身につまされた。

強いオスのみがメスから選ばれ、群れをもつことができ、自分の血統を残していく。

動物番組で必ず出てくる自然の摂理が描かれていた。

メスはオスを選ぶ際、タテガミの色が濃い個体に向かうという。

何故なら、男性ホルモンであるテストステロンの分泌が強いほどタテガミの色が濃くなるからだ。

そうやって、闘いに勝つことができる強いオスのみが繁殖することができる。

更年期治療を受けている私はつくづく身に応えた。

ただ、ホッとする場面もあった。

群れを作ることができないオスたちは、単独でなく、必ず二、三頭の同じ境遇のオスといっしょに行動し、助け合って生きていくのだ。

エサを狩る訓練を受けていないオスたちは単独では生きていけないからだ。

番組ではその姿を「オス同士の絆」と言っていたが、まさにそういう印象だった。

動物番組は本質を伝えてくれるといつも思う。


神様。
今日一日が穏やかなものでありますように。
家族が皆、健康で暮らせますように。
友人たちが無事に仕事を終えますように。
お祈り致します。



良い怖がり

2013-11-17 | ほとほと日記
昨夜九時頃、関東地方でちょっと大きな地震がありました。

私は少し怖く感じました。

子供の頃から、地震には怖がりでした。

ところが、ここ数年は怖さを感じなくなっていました。

職場の人間関係にとても恐怖がありましたし、しばらくはたくさんの精神薬を飲んでいましたので、地震に怖さを感じることが出来なくなっていたのかもしれません。

昨日の地震に怖さを感じたのは、ですから他の面で落ち着いてきたゆえ…と思うことにしましょう。


今月はこれから忙しい。

頑張らないと。


神様。
今日一日が穏やかなものでありますように。
家族が皆、健康で暮らせますように。
友人たちが実りある休日を過ごせますように。
お祈り致します。

待合室

2013-11-16 | 精神医療
今日は仕事は休みで、約二ヶ月ぶりに心療内科に行って来ました。

以前は毎月行っていたのですが、このところずっと安定していることもあり「薬がなくなったら行く」ということにしています。

午後二時過ぎ、久しぶりに行って驚いたのは、待っている人の多さでした。

クリニックですが、カウンセリングも盛んにやっていることもあり、待合室には30脚ほどの座席があります。その八割程度が埋まっていました。

私は何とか座りましたが、しばらく待っているうちに、ついに満席になりました。

以前から繁盛しているクリニックでしたが、満席は初めてです。

そして客層?もまた変わりました。

もともと椅子などの調度品がお洒落な感じで、若い女性にしてもビジネスマン風の人にしても「普通風」の人が多かったのですが、いよいよその傾向が強まりました。

仮に待合室の風景写真を見せたとしたら、それが心療内科のものだとは誰も思わないでしょう。

私は仕事の機会もあってもう二十年以上色々な病院の精神科やクリニックに行く機会がありました。

以前ならそういった病院の待合室には「いかにも」という感じの、身なりをかまうことができなくなったり、ボンヤリした表情だったり…という人がたくさんいました。

それが次第に変わってきて(症状が軽度化しているというお医者さんが多いですが)、心療内科に係る抵抗が軽くなったここ数年は、街中と変わらぬ身なり表情の人ばかりになったなあ…と感じていました。

今日の待合室は、その「世間一般化」もここまで来たか…と思わせるものがありました。

皆、お洒落で小綺麗にして、待っている間スマホを盛んにいじっていました。

まあ、世間一般の方では「この人おかしくない?」と思える人が増えていますから、よけいに全然ふつうじゃん…と感じるのでしょうが。


次の受診は、今年の最後の土曜を予約しました。