休日に聴きたいクラシック ベートーヴェンと「魂のカンタービレ」
2019.02.10(liverty web)
画像は、Ferenc Szelepcsenyi / Shutterstock.com。
《本記事のポイント》
- ベートーヴェンは恋愛を糧にした名曲をたくさん生み出すも、生涯独身
- 傑作とされる「交響曲第9番第3楽章」は、天国的な音楽
- 弦楽四重奏曲第15番第3楽章には「病が癒えた者の神への聖なる感謝の歌」との書き込み
休日に家でのんびり過ごす時に、音楽を聴き、癒しを求めることがあるだろう。そうした人も、映画を観る派の人も、たまにはクラシックを聴いてみるのはいかが。
本欄では、世界を代表する作曲家ベートーヴェンの作詞にかける思いを取り上げ、ベートーヴェンの曲の深みに迫りたい(2007年1月号記事の再掲)。
恋愛の名曲を量産
ドアの向こうでピアノが鳴り、少し調子外れの男の声が朗々と歌っている。「諸人よ抱き合え。このキスを全世界に!」と。
訪ねてきた若い女性がドアをノックすると、隣人の老婆が出てきてこう教える。
「彼は耳が聞こえないわ。そのまま入って」
部屋の中では初老の男がピアノに向かい、前代未聞の合唱つき交響曲を作曲していた──。
映画「敬愛なるベートーヴェン」の冒頭に近いシーンである。ベートーヴェン晩年の3年間を描いたこの作品は、しかし、ただの伝記映画ではない。「交響曲第9番」の初演シーンを中心にベートーヴェンの名曲を散りばめつつ、作曲家を志すアンナという架空の女性を登場させ、二人の魂の交流をドラマに仕立て上げているのだ。
実際のベートーヴェンは恋愛を糧にした名曲もたくさん生み出したが、一生独身だった。難聴で孤独な作曲家の晩年に、こんな優しくて聡明な女性がいたら──。クラシックファンならずとも想像力を刺激される。
晩年のカンタービレな名曲
さて、日本では、音大生を主人公にした人気マンガがテレビドラマ化されて「カンタービレ」という音楽用語が知れわたった。実はこのカンタービレ、ベートーヴェン晩年の名曲にも、ちゃんとある。
そもそもカンタービレとはイタリア語の「カンターレ(歌う)」から派生した形容詞で、「歌うように」という意味。楽器やオーケストラの曲を、心から流れ出す歌声のように演奏せよと指定する言葉だ。「運命」(ジャジャジャジャーン)に代表される男性的な曲で有名なベートーヴェンも、カンタービレと名づけた名品をいくつか書いている。
なかでも傑作は、ほかならぬ第9の第3楽章だろう。題して「アダージョ・モルト・エ・カンタービレ」(非常に緩やかに、そして歌うように)。多くの人に天国的と評された音楽であり、映画ではベートーヴェンが緑の森を独り散策するシーンで効果的に使われている。
ちなみに、ベートーヴェンの交響曲全9曲(計37楽章)のうちカンタービレの指定があるのは、ほかには第1番の第2楽章だけだ。生涯の最初と最後の交響曲でオーケストラに「歌」を求めたわけだが、やはり晩年の第9のほうが、はるかに深い。
年末はドラマの話題と第9シーズンに合わせて、この第3楽章に耳を浸してみてはいかが。
神の言葉を聴いた人
そしてもう一つ、カンタービレという指定はないが、ベートーヴェン晩年の「魂の歌」と呼ぶにふさわしい曲がある。弦楽四重奏曲第15番の第3楽章だ。その楽譜の冒頭に彼が記した言葉は、「病が癒えた者の神への聖なる感謝の歌」。
第9初演の翌年、亡くなる2年前のベートーヴェン(54歳)は重病で数カ月静養した。病から立ち直ったころ書いたのがこの楽章で、彼が遺した16曲の弦楽四重奏曲のなかでも比類ない静謐さと新生の気を有している。映画のラスト近く、病み上がりのベートーヴェンはベッドでアンナにこの曲を口述しながら、いつの日か自分の魂が神の手によって肉体から解放されるイメージを、夢のように語る。
実際に手紙や手記に遺っている言葉から見て、映画のなかのベートーヴェンがアンナに語るこんなセリフも十分に真実味がある。
「音楽は神の息吹、神の言葉だ。神を称える作品を生み出さなければ、音楽家は無に等しい」
ベートーヴェン晩年の作品のなかに響いているのは、彼が生涯の苦闘の果てに心の耳で聴き取った「神の言葉」なのか。それを確かめるには私たち自身の耳で、そこに鳴っているものを体験してみるしかない。
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